第五十四章 学生の仕事はお勉強 後編
いつもありがとうございます!
今回は、みんなのお勉強事情が明らかになります。
お楽しみいただけましたら幸いです。
羽鳥家のサロンは、さすが日本トップのメディア財閥というべきか、ハイテクかつ物々しい空間だった。
盗聴防止の電波ジャミングが張り巡らされた静寂の中、机を並べて勉強会がスタートする。
しかし、そのお勉強事情はあまりにも格差が激しかった。
「あれ? 麗華様、まだその問題やってるのー? 」
千歳凪が、飛び級レベルの頭脳でサラサラと数式を解き進めながら、無邪気なマウントを仕掛ける。
失恋の傷に塩を塗られた麗華は「ピキキ……」と美しく額に青筋を立て、シャープペンの芯をへし折った。
麗華と雛子が絶望しているのは「数学の証明問題」だ。
「……なぜ、この私がこのような数式を証明せねばならないの?」
と高貴にフリーズする麗華と、数式を見た時点で目がグルグル回っている雛子。
それを、文武両道の塊であり、法律や校則といった「ルール系」に滅法強い綜一郎が、「ふむ、ここはな……」と長男力を遺憾なく発揮して優しく教えている。
麗華は綜一郎の解説を必死に聞きつつも、絶対に透亜の方に視線を向けまいと、不自然なほど横を向いたまま固まっていた。
一方、理数系や情報処理なら神がかっているハッカー・律と、ホスト役の晃の二人は、「国語(作者の気持ちを答えよ)」という非論理的な問題に直面し、メディア強者ゆえのシステムバグを起こしていた。
「作者の心理なんて、その当時の社会的状況と媒体のバイアスを計算すれば一択でしょ。
なんでこれが不正解なの……」
「……行間が非論理的。バグってる」
歪んだ深読みをする二人の横で、九条家の護衛兼執事の晋は、
「赤点さえ回避できれば仕事に支障はない」
という超合理的スタンスの元、ノートの端にぴったり「60点」を取るための配分だけを計算し、あとは優雅に紅茶を飲んでいた。
そんな中、神城の主従だけは独特な空間を形成していた。
翡翠は、理屈っぽい文法は苦手だが、国語の「物語」自体は面白いと感じていた。
暗記物は慣れていないはずなのだが、透亜は翡翠のある特殊な性質に気づいていた。
「翡翠、お前は文字を追うな。そのページを画像として脳内に保存リザルトしろ」
「えっ……? 画像、ですか?」
「そうだ。お前は教科書を『視覚的カメラアイ』にスキャンして覚えるタイプだ。
文字の羅列ではなく、この配置のまま記憶しろ」
透亜は翡翠の野生の勘と驚異的な映像記憶能力を見抜き、視覚的に分かりやすいように要点をパパッとチャート化して差し出す。
世界で唯一、透亜にしかできない完璧な効率的指導。
それを見た翡翠は、瞳を輝かせた。
「おおぉー、すごいです、さすが透亜様……!
頭の中に、すうっと絵が入ってくるみたいです!」
「ふん、当然だ。僕の計算に狂いは――」
感動してグッと顔を近づけてくる翡翠の甘い匂いに、ドームでの事を思い出し、言葉をつまらせる透亜。
そこへ、退屈そうにしていた晋が、ニヤニヤとした笑みを浮かべながら滑り込んできた。
「へえ、さすが神城の坊ちゃん。
でも、その教え方だと、応用問題が出た時に翡翠の処理能力が追いつかないんじゃないですか?
あ、そこの問題、ちょっと違いますよ」
「……」
透亜の目が一瞬で温度を失う。
自分の聖域(計算)に茶々を入れられた絶対王者は、青い火花を散らしながら晋を睨みつけた。
(このやろう……)
とお互い言わんばかりの、静かな、しかし苛烈なキャットファイトが裏で勃発する。
その時だった。
ジャミング装置の警告灯が一瞬、赤く明滅した。
羽鳥家の敷地内に、強引に侵入してくる不審な人影。
窓の外の異変(カメラのレンズの反射)にいち早く気づいた晃が、慣れた様子で、しかし少し悲しげに肩を落とした。
「またか……。
わりいな、みんな。
ウチ、親父の件とかメディアの裏側のことで、こういうの多くてさ」
悪質なパパラッチ。
晃の父親のスキャンダルを狙うハイエナ記者だ。
晃が諦めたように息を吐いた瞬間――天才と化け物たちの「プロのお掃除(防衛戦)」が、ノータイムで始動した。
「晃、お前が謝る必要はない。
——計算外の雑音は、排除するまでだ」
最初に動いたのは透亜だった。
ペンを置き、冷徹な足取りでサロンを飛び出し、庭園でカメラを構えていた記者の前に立ちはだかる。
突撃してきた記者が「おい、あれ神城家の——」と言いかけるより早く、透亜の唇がミリ秒の速度で言葉の銃弾を吐き出した。
「刑法第130条、不法侵入罪。
および憲法上の肖像権侵害。
さらに民事上の不法行為に基づく損害賠償請求。
君の所属社が過去3年間で起こしたコンプライアンス違反の統計データはすべて頭に入っている。
この件、一発で君の会社ごと社会的に即死させるだけの材料リザルトになるが、これ以上進むか?」
一切の予備動作のない、完璧な論理(正論)の暴力。
記者は透亜の放つ圧倒的な覇気とデータによる脅迫に、完全に精神的パニックを起こしてフリーズした。
そして、その記者が怯んだ一瞬の死角。
「ふむ、カメラを落としたようだ」
背後から、一切の気配を消して滑り込んできたのは橘綜一郎だった。
大柄な体躯からは想像もつかない無音のステップで記者の懐に入り込むと、綜一郎は満面の爽やかな笑顔のまま、記者の手首をがっちりと固定。
声を上げさせる間もなく、万力のような握力で、高級一眼レフカメラを力ずくで強奪した。
「律! 」
綜一郎がそのままカメラからSDカードを抜き取り、サロンの窓へ向かって放り投げる。
窓辺で待機していた律が、飛んできたカードを完璧なキャッチで受け止め、手元のノートPCに即座に接続した。
無表情のまま、超高速でキーボードを叩くタイピング音だけが響く。
「……全データ、復元不可能な領域まで物理フォーマット完了。
……デリート」
記者が我に返り、「あ、俺のカメラ……!」と叫んだ時には、彼が命懸けで盗撮した全ての証拠もデータも、この世から完全に消滅していた。
パパラッチが透亜たちの「正論と言葉の処刑」によって表で処理されているその裏。
どさくさに紛れて、以前から晃や凪を執拗に狙っていた、タチの悪い狂信的なストーカーが、別ルートから庭園の生垣を越えて侵入していた。
懐に隠された、異様な執念を感じさせるグッズや道具。
だが、その邪悪な気配(殺気)を、野生の勘によって「同時に」感知した影が二つあった。
勉強部屋の片隅で、翡翠と晋の視線がパチリと交差する。
翡翠の視線に、晋はやれやれといった顔をして答える。
二人は何食わぬ顔をして、ペンを置くとソッと部屋を抜け出した。
薄暗くなり始めた庭園の物陰。
ターゲットであるストーカーが建物に近づこうとした瞬間、彼の左右の視界が同時に塞がった。
「しまっ――」 声を上げる暇さえ与えない。
翡翠が、鍛え上げられた筋肉ロックによるホールドで、ストーカーの身体を武器ごとガチッと完全固定する。
その刹那、晋が無表情のまま、しかし唇だけは飄々とした笑みを浮かべた状態で前に出た。
「そこ、俺たちの主人の友達の家なんだけど。
不法侵入はいけないよねぇ?」
ボカッ、と鈍い音が響く。
晋の手首から放たれた、寸勁を乗せた正確無比な一撃がストーカーの顎を撃ち抜いた。
脳震盪を起こし、白目を剥いて一瞬で崩れ落ちる男。
「お掃除完了」
二人は衣服の乱れ一つなく、まるでお手洗いにでも行っていたかのような涼しい顔で、何事もなかったかのように勉強部屋の席へと戻っていくのだった。
「ふ、あははっ! ……あはははは!」
嵐のような防衛戦が終わり、ポカンとしていた雛子たちの前で、晃が突然お腹を抱えて笑い出した。
いつも飄々とした仮面を被っているメディア王の息子が、涙を浮かべて心から笑っている。
「いや、まさか……ウチの警備システムより君たちの方が遥かに容赦なくて、さ。
……ありがとな、みんな」
晃のその言葉に、麗華もフッと小さく微笑んだ。
気まずくて、プライドが邪魔をして、本当はここに来るのも億劫だった。
だけど、この濃すぎる、そして温かい仲間たちの破天荒な絆と、目の前で繰り広げられたハチャメチャなチームワークを見ているうちに――
胸の奥に澱んでいた失恋のどんよりした空気が、いつの間にか綺麗に晴れていることに気づく。
「さあ、掃除は終わった。
計算通り、あと2時間でこの範囲を終わらせるぞ」
透亜がパチンとペンを回し、再び冷徹な家庭教師の顔に戻る。
その隣で、翡翠が
「はい! ハロウィンのために、私も全力で暗記します!」
と、嬉しそうに拳を握って微笑んだ。
パパラッチもストーカーも完璧にリザルトし、テスト勉強は順調そのもの。
――しかし、このテストの後に待ち受ける豪華絢爛なハロウィンパーティーで、神城透亜の前にさらなる「最大の受難(爆弾)」が待ち受けているということを、今はまだ誰も知らない。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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