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第五十二章 暗殺者達のワルツと甘いご褒美

いつもありがとうございます!


今回もコメディーに張り切っております!


お楽しみいただけましたら幸いです。


「第6プログラム、全学年合同――応援ダンス大会! 各クラス、位置につけ!」


アナウンスが響き、全校生徒がグラウンドの所定の位置へと散らばっていく。


閉会式直前の誰もが油断するこの瞬間、しかし、グラウンドの空気は一般生徒の知らないところで、一気に張り詰めていた。


他校のジャージで紛れ込んだ不審者たち――その懐に隠された刃と、放たれる特有の血生臭い殺気。


彼らの目的は、この学園に集う財界・政界の「ご子息、ご令嬢」の無差別襲撃。


獲物を値踏みするような下卑た視線が、A組の橘綜一郎や千歳凪、J組の九条麗華たちへと向けられる。


だが、彼らは致命的に知らなかった。


この学園には、その牙を遥かに凌駕する「本物の化け物たち」が潜んでいることを。


ピリ、と肌を刺す微微たる大気の震え。


それを、グラウンドの各所に散っていたカリア、アザミ、牡丹、陣内、そして晋と翡翠は、「同時に」感知していた。


狐狸たちの野生の勘が、敵の配置、人数、そしてその邪悪な意図を瞬時に、かつ完璧に掌握する。


「うーん、なんとまぁ、命知らずだなぁ」


「わたくし達に気付けない時点で三流以下ねぇ…。


少し稽古でもつけてあげようかしらね?」


陣内と牡丹が目線は動かさずに呟く隣で、カリアとアザミが身震いする。


「おぉ…こわ〜。


師匠の稽古はもういいわよぅ…。」


「同感…。」


晋と翡翠は、ほかの生徒達と共にグラウンドに散り、すれ違いざまに襲撃者を哀れんだ。


「…あーあ、かわいそうに」


「…そだね」


音楽のスタートと同時に、不審者たちが初動に移ろうと一歩を踏み出す。


――だが、それよりも早く、グラウンドに「異常な速度のステップ」が刻まれた。


一般生徒にはただの『キレッキレのダンス』にしか見えない、しかし裏社会の人間が見れば絶望するほどに洗練された、狐狸たちの処刑劇の幕開けだった。


まず動いたのは、ハニトラ一門の【カリア】だ。


標的の一人が懐のナイフに手をかけた瞬間、目の前に滑り込んできた大人の美女の、目も眩むような笑顔と香水の香りに視線を奪われる。


「あら、私と踊ってくださる?」


「あ? え――」


カリアがその男の手首を掴んだのは一瞬。


完璧なワルツのステップによる遠心力を利用し、男の巨体を軽々と振り回しながら、その手首を関節ごと逆に、ミリ単位の容赦なさでバキリとキメた。


男が悲鳴を上げる前に、カリアは優雅なターンの終わりの慣性を乗せて、男を校舎の影の植え込みへと弾丸のようにシュートする。


一般生徒の目には、ただ華麗にペアをチェンジしたようにしか見えなかった。


そのすぐ斜め後ろでは、【アザミ】が業務連絡のフリをして翡翠に近づき、遠くの透亜の独占欲メーターをピキピキと煽りながら、自身に近づいてきた別の襲撃者をエスコートの輪に巻き込んでいた。


ホスト風の甘いマスクで「ちょっとステップが乱れていますよ?」と囁きながら、相手の死角を突いて特殊警棒を持つ腕を掴む。


アザミはアザミの花言葉「触れないで」の通り、冷徹な手捌きで相手の顎を掌底で跳ね上げると、ダンスのフォーメーション移動の影を利用し、意識を失った男を流れるようにテント裏へと滑り込ませていった。


一方、本部テント近くの死角では、伝説の傾国【牡丹】がその圧倒的な風格を見せつけていた。


キセルを咥えたまま、華麗な衣服の翻りで周囲の一般生徒の視界を完璧にブラインド(目隠し)する。


次の瞬間、襲撃者の喉元へ、一切の予備動作のない鋭い打突(寸勁)を叩き込んだ。


声も出せずに膝から崩れ落ちる男。


それを、よれよれスーツの【陣内】が 「おっとっと、飲みすぎたかねぇ。


お父さん、ちょっとおトイレに連れていくよ」


と、泥酔した保護者のフリで優しく(しかし絶対に抜け出せない万力のような力で)抱きかかえ、そのままゴミ箱の裏へと引きずっていく。


陣内の衣服の隙間からのぞく無数の傷が、一瞬だけ夕日にギラリと光った。


そして、その大人たちの無双ぶりに負けじと、若い二人の狐狸も完璧な阿吽の呼吸を見せる。


翡翠と晋の二人は、すれ違うステップの刹那に視線だけで合図を交わすと、標的を左右から高速で挟み込んだ。


翡翠が鍛え上げられた筋肉ロックで相手の武器ごと腕をガチッと完全固定。


その刹那、晋が無表情のまま、ダンスの振り付けのパンチに見せかけた鋭い一撃を襲撃者の顎へ正確に叩き込む。


脳震盪を起こして白目を剥いた男を、二人は軽快なポルカのステップを踏みながら両脇から支え、そのまま一般生徒の視線から外れたテント裏へフェードアウトさせた。


「な、なんだあそこの一角……めちゃくちゃダンスのキレが異次元すぎるだろ……!」


周囲の一般生徒たちは、そのあまりの「美しすぎる身のこなし」に圧倒されてガタガタ震えていた。


わずか曲の一番が流れる間に、十数人のテロリストたちは誰一人として目的を果たせぬまま、全員笑顔の化け物たちの手によって植え込みや死角へと完璧に「収納」され、お掃除が完了した。








「――以上をもちまして、全競技が終了いたしました!


これより、総合結果の発表を行います!」


夕方に差し掛かり、赤く染まり始めたグラウンド。


全生徒が整列する中、スピーカーから響く教員の高らかな声が、体育祭の終わりを告げた。


「本年度、栄えある総合優勝は……


――A組!!」


ドォッ、とA組のテント周辺から割れんばかりの歓声と拍手が巻き起こる。


橘綜一郎が嬉しそうに笑い、千歳凪が「当然の結果だよね」と可愛らしく胸を張る中で、神城透亜はただ一人、至極当然の帰結だと言わんばかりに冷淡な表情で腕を組んでいた。


その喧騒から少し離れたJ組の列。


A組の優勝というリザルトボードを見上げながら、九条麗華の背後に控える晋は、冷えたドリンク缶を指先で弄んでいた。


「……チッ。あのぼっちゃんめ、本当にそつのないことで」


晋は喉の奥で小さく毒づくと、いつもの飄々とした穏やかな、しかし「苦々しい笑み」をその唇に浮かべた。


目の前で満足そうにしている神城透亜の横顔が、負けず嫌いの本能をピキピキと逆撫でしている。


そんな晋の視線に気づいているのかいないのか、A組の列の後方では、まだ頬に少し白い粉を残した翡翠が、雛子とハイタッチしながら、普通の女子高生のようにはしゃいでいた。









体育祭の熱気がまだ残る、放課後の無人の教室。


他のクラスメイト達は帰宅の途についたが、神城透亜は、狐狸の面々との話もあり、遅くまで学校に残っていた。


オレンジ色の夕日が差し込む室内で、透亜は椅子にどかっと深く身体を預け、ぐったりと天を仰いでいた。


他クラスの蹂躙、晋とのキャットファイト。


何より、最後のダンス大会でアザミが翡翠に近づいたことや、晋と翡翠が仲が良さそう(?)に踊っていたことで彼の脳内サーバーは完全にオーバーヒートを起こし、不機嫌の極みに達していた。


そこへ、パタンと扉が閉まる音。


現れたのは、自分の師匠達の見送りを終え、ずっと「うずうず」を我慢していた従者だった。


皆の前では自重していたものの、二人きりになった瞬間、限界を迎えたように瞳をキラキラと輝かせる。


「っ透亜様!!透亜様!やりましたね!勝ちましたね!優勝しましたね!」


翡翠のあまりの興奮ぶりに、透亜は薄く目を開け、ふんと鼻を鳴らした。


「……ああ。


僕が競技に参加していたんだ、当然だろ」


「はい!透亜様、すっごく格好よかったです!


……私、こういう『体育祭』というものに生まれて初めて参加できて、とっても、とってもとっても楽しかったです……!!」


白い粉が少し残ったまま、頬をぽっと林檎のように染めて、心の底から嬉しそうににっこりと笑う翡翠。


その純度100%の笑顔を見た瞬間、透亜の胸の奥のモヤモヤ(嫉妬と疲労)が、まるで嘘のように綺麗に霧散していく。


透亜の冷徹な口元が、自然と柔らかく綻んだ。


「……そうか。なら、良かったな」


「はい!透亜様のおかげです!!


全部、全部…!!」


感情が昂り、我慢の限界を迎えた翡翠は、理性のリミッターが外れた勢いのまま、座っている透亜の首元へと飛び込み、ぎゅっとその身体を抱きしめた。


だが、翡翠は立っており、透亜は椅子に座っている。


当然――透亜の端正な顔面は、翡翠の鍛えられた形のいい、柔らかい胸のど真ん中へと、深く埋め込まれる形になった。


「――っ!!?」


あまりの柔らかさと甘い匂いに、透亜の脳内計算速度ミリ秒の全全全回路が完全にフリーズ(強制シャットダウン)する。


心拍数は一瞬で臨界点を突破した。


しかし、当の翡翠は天然のチョロさを遺憾なく発揮しており、全くその事態に気づいていない(あるいは気に留めていない)。


ただ愛おしそうに、主君の柔らかい髪に自分の顔を埋めてすりすりと抱きついている。


(……っ、この、無防備なバカが……!)


思考はフリーズしているが、男子高校生としての本能は驚異的なキレを見せた。


透亜はこれ幸いにと冷徹な仮面をかなぐり捨て、翡翠がこの天国のような抱擁から絶対に離れられないよう、その細い腰へと、がっしりと大きな両手を回してホールドし、逃がさないように自分のほうへ強く引き寄せた。


腕の中に収まる、驚くほど柔らかい身体。


(……狐狸の襲来、晋の嫌がらせ、テロリストの乱入、今日の体育祭は最悪の計算(リザルト)だと思っていたが……)


翡翠の胸の圧倒的な柔らかさと温もりを全身で堪能しながら、絶対王者は内心で深く、至福の溜息をつく。


(――最高の日になったな)


放課後の静まり返った密室で、独占欲を爆発させる主君と、それに抱きしめ返されて「んふー」と幸せそうに目を細める従者の、ベタ甘な時間がゆっくりと流れていくのだった。



最後までお読みいただきありがとうございました。


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