第五十一章 突風の騎馬戦
いつもありがとうございます!
次は透亜達男子組の活躍をえがいてみました!
お楽しみいただけましたら幸いです!
「第5プログラム、男子全学年合同――騎馬戦! 各クラス、位置につけ!」
グラウンド中央。
白の鉢巻を額に締め直した神城透亜は、騎馬の頂点に君臨し、冷徹な双眸で周囲の状況をスキャンしていた。
彼を支える土台は、まさに名門校の権力と武力を凝縮したような難攻不落の要塞だ。
前方に絶対の盾・橘綜一郎、左右をメディア王の次男・羽鳥晃と、特別推薦枠の天才児・千歳凪が固める。
そして、後方から御子柴律がウェアラブル端末を介してリアルタイムの戦況データを透亜のイヤホンへ送り続けていた。
「おいおい、他クラスの奴ら、完全に俺たちを包囲する陣形組んでるぜ? 嫌われ者だなあ、透亜」
晃がニヤニヤしながら、四方から近づいてくる他クラスの騎馬の群れを顎で示す。
「当然の帰結だ。
僕たちを真っ先に潰さなければ、彼らに勝機は万に一つも存在しないからね」
透亜は冷ややかに微笑むと、インカムのスイッチを入れた。
「律、データリンクを」
『――了解。
他クラスの全32騎、脚力、重心バランス、過去の運動測定データから算出した全突進ルート、予測完了。
……僕のハッキングと情報網を舐めないでよね』
耳元で響く律の気だるげな声と同時に、透亜の脳内チェス盤に完璧な「勝利への解」が描かれる。
パーーーンッ!!
開始の号砲が鳴り響いた。
その瞬間、他クラスの連合騎馬5騎が、雄叫びを上げて一斉に透亜の騎馬へと突撃してくる。
一般生徒から見れば、逃げ場のない絶望的な包囲網。
だが、透亜の口元が、酷薄なまでに美しく釣り上がった。
「綜一郎、前衛右、12度。
凪、左のステップから35センチ後退。
晃、そのまま慣性を乗せて突っ込め」
「ラジャーッ!!」
透亜のミリ秒単位の精密な指示に、3人の腹心が寸分の狂いもなく連動する。
突っ込んできた他クラスの騎馬は、まるで透明な壁に阻まれたかのように、綜一郎の超人的な踏み込み(と、帯に差した木刀の威圧感)によって進路を強引に捻じ曲げられた。
「うわっ!? 身体が浮く――」
体勢を崩した哀れな敵の脳天へ、上空から透亜の美しい手が、容赦なく、そしてエレガントに伸びる。
サッ。
流れるような一連の所作で、敵の鉢巻が透亜の指先に吸い込まれていく。
一瞬。
わずか一瞬で、2騎が沈んだ。
「うそだろ!? 早すぎて見えねえ!!」
「次だ、囲め! 囲――」
「遅いよ」
凪が可愛らしい顔に似合わない冷酷な速度で地面を蹴り、騎馬ごと弾丸のように敵の死角へと回り込む。
透亜の手が、まるでチェスの駒を盤上からつまみ出すかのように、次々と敵の鉢巻を「収穫」していった。
その圧倒的な無双っぷりは、もはや競技ではなく、洗練された処刑劇。
その地獄のような戦場から遥か遠く、グラウンドの最果て(端っこ)で、必死に気配を消している騎馬がいた。
中等部の混成騎馬の頂点に立つ、九条聖夜である。
(よし、いいぞ……。
神城の魔王一派は今、中央の連中を蹂躙するのに忙しい。
このままグラウンドの隅っこで芋虫のように縮こまっていれば、関わらずに済む……!)
「姉さんのせいで毎日寿命が縮んでるんだ、せめて体育祭くらい平和に終えさせてくれ」と切実に祈りながら、徹底的な戦意喪失スタイルで逃げ回る聖夜。
しかし、その必死の逃亡劇も、透亜のインカムから流れる律のデータ解析には筒抜けだった。
『――透亜、座標E-4に九条(弟)を発見。
生存欲求からくる特有の不規則な回避ルートを展開中。
……鬱陶しいから、さっさと狩っちゃえば?』
「……了解した。
綜一郎、左へ15度。
凪、次のステップで一気に距離を詰めろ」
「了解」 「はーい!」
その瞬間、聖夜の視界の端で、神城の騎馬が恐ろしい角度で急旋回した。
「えっ、嘘、待って、こっち来た!? なんで!?」
絶叫する聖夜。
逃げようとするも、前方からは綜一郎が放つ「体操服に木刀常備」という謎の威圧感が立ち塞がり、左右からは晃と凪の一流の連携によって退路を完璧に塞がれる。
「いやあああああ! 来ないでええええ!!」
聖夜の必死の悲鳴(命乞い)が響き渡る中、上空から透亜の美しい手が、容赦なく、そして極めてエレガントに伸びてきた。
サッ。
「あ」
一瞬だった。
抵抗する隙すら与えられず、聖夜の頭から青い鉢巻が鮮やかに奪い去られる。
透亜は奪った鉢巻を一瞥することすらなく、次の獲物へと視線を移しながら、聖夜の横を暴風のように通り過ぎていった。
残されたのは、完全に魂の抜けた顔で土台の上にへたり込む聖夜の姿だけだった。
「……体育祭だよこれ……。
爽やかな男子高校生のスポーツのはずでしょ……何なんだよあの機動部隊……」
涙目でぶつぶつと愚痴る聖夜たちの姿を、A組のテントから翡翠は目を輝かせて見つめていた。
まだ頬にうっすらと小麦粉をつけたまま、両手をぎゅっと握りしめて大興奮している。
「凄いです……! さすが透亜様!
敵の逃走経路を完全に予期した無駄のない手の軌道……!
あの一流の暗殺者のような美しい首狩りの手捌き、さすがでございます……!!」
隣に立つ一般生徒たちが
「今、首狩りって言ったぞ……」
「九条の弟が秒殺された……」
とガタガタ震えて距離を置くのも気づかず、翡翠は心の底から主君の無双ぶりに狂信的な拍手を送り続けるのだった。
騎馬戦が終わり、競技の合間の短い休憩時間。
グラウンドの喧騒から少し離れた給水所で、透亜はタブレットを片手に冷たいスポーツドリンクを口に運んでいた。
その端正な横顔は、他クラスを文字通り秒殺・蹂躙した直後とは思えないほど、いつもの冷徹なポーカーフェイスに戻っている。
だが、その視線の先だけは、相変わらず分かりやすかった。
少し離れたA組のテント前で、クラスメイトの一ノ瀬雛子から
「神城、マジ大活躍じゃん!」
と差し出された高級アイス(凪の差し入れ)を、目を輝かせて「美味しいです!」と頬張っている翡翠の姿を、じっと見つめている。
「透亜様。
先程から、従者に目が釘付けですが。
……何かありましたか?」
不意に、底意地の悪い、聞き慣れた声音が鼓膜を叩いた。
見れば、冷えたドリンク缶を片手にした晋が、いつもの穏やか笑みを浮かべて隣に立っている。
その目には、明らかな愉悦の光が灯っていた。
透亜の手が、ピタリと止まる。
タブレットをゆっくりと下ろした主君は、冷たい、絶対零度のジト目で晋を真っ向から睨みつけた。
その瞳の奥には、グラウンド上の他クラスを怯えさせたものとは比較にならない、本物の殺気が宿っている。
「……お前、魄の時に完全に確信したが
……翡翠に対するその歪んだ執着、およそただの『兄弟子』の枠に収まっていないな」
ピキッ。
グラウンドの喧騒の裏で、晋の身体が物理的に硬直する音が聞こえたかのようだった。
いつも飄々と周囲を煙に巻く不気味な天敵の仮面が、一瞬パリィンと砕け散る。
「……なんのことでしょうか?」
声を低く潜め、必死にいつものポーカーフェイスを維持しようとする晋。
だが、わずかに引きつった眉根を、透亜のミリ秒の観察眼が見逃すはずもなかった。
透亜は一歩、晋へとジリッと足を進め、呪いのように冷酷なトーンで言葉を紡ぐ。
「……あの時、翡翠と正面から抱き合っていた事、僕は一生忘れないからな。
僕の記憶ストレージ(容量)の永続性を舐めるなよ」
「……あれは、翡翠から抱きついてきたんですよ。
翡・翠・か・ら」
晋は喉の奥で忌々しそうに舌を打つと、ドリンク缶を握る手に力を込めた。
晋の煽りスイッチが、負けず嫌いの本能によって完全に起動する。
「それに透亜様。
あの時、あいつが何て言ったか覚えてます?
『生きてたら、いい事あるかもしれない』って、私の胸で泣きそうになりながら、私に必死に訴えかけてたんですよ。
あいつがあそこまで感情を剥き出しにして、本音をぶつけられる男が、この世界に私以外にいると思います?」
フッと、底意地の悪い笑みを取り戻す晋。
『主君のあんたじゃなくて、この私(兄弟子)なんですよ?』
という、二人の歴史の深さを盾にした最悪のマウントだった。
だが、透亜の絶対王者のプライド(と、歪んだ独占欲)も一歩も引かない。
「理由はどうでもいい。
僕以外の男が翡翠と密着するのは、純粋な計算に合わないし極めて不愉快だ。
たとえ血の繋がらない、ただの、古い、兄弟子だとしてもな」
「いやいや、私と翡翠はそれこそ物心ついた時から一緒に泥をすすって生きてきたんですよ?
そりゃ抱きつきもするでしょう。
……あなたなんかよりも、ずっとね」
バチバチバチッ!!!
二人の視線が交錯した瞬間、給水所の気温が物理的に数度下がったかのような錯覚を覚えるほどの、凄まじい殺気が火花を散らした。
(このやろう……)
お互いに内心で全く同じ罵倒を吐き捨て、完全に目が据わっている二人の絶対強者。
そんな彼らの視線の先では、「これも美味しいです!」と幸せそうに高級アイスをほおばる翡翠が、
「あれ? 透亜様と晋が仲良くお話しされてる……? 太陽が西から昇る前触れでしょうか……」
と、少し警戒しながら小首を傾げているのだった。
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