第四十六章 雛子先生と晃先生の恋のレッスン 前半
いつもお読みいただきありがとうございます!
今回は、前回の「核爆弾級の告白」を食らった翡翠ちゃんのその後のお話です。
脳内データ処理が完全にキャパオーバーを起こした翡翠ちゃんが、雛子と晃に捕まって大取り調べ(?)を受けることに……。
テンパりすぎて普段の隠密口調すら保てなくなっていく翡翠ちゃんと、完全に面白がっている友人たちのワチャワチャ感を楽しんでいただけたら嬉しいです!
それでは、どうぞ!
「はぁ……」
昼休みの喧騒が遠くで鳴り響くサロンの片隅で、翡翠は深いため息をつきながら、自身のこめかみを両手で押さえていた。
朝一番に透亜から叩き込まれた『僕の恋人になってくれ』という超高出力の核爆弾。
その余波は凄まじく、昼を過ぎた今になっても脳内の全回路が熱暴走を起こしたままだ。
クラスの女子たちに王子様扱いされてタジタジになった疲れも手伝って、すでに精神的キャパシティは限界を迎えていた。
「――さっきからため息しかついてないじゃん。
昨日どっか怪我したの?」
不意に正面から声をかけられ、翡翠はハッと顔を上げた。
対面に座る晃が、怪訝そうな顔で紅茶のカップを傾けている。
その隣では、雛子がクッキーをサクサクと小気味よい音を立てて齧っていた。
「あ、いえ……!
体調に問題はありません。
ただ、少々……脳内のデータ処理が追いついていないだけで……」
「データ処理って……。
まぁ、朝から校長室に呼び出されてる透亜の愚痴なら、いくらでも聞いてやるけどさ」
晃が呆れたように肩をすくめる。
昨日の御堂・魄による暴動事件の後処理のため、その場に居合わせた透亜は今、強制的に校長室の長~い会議に拘束されていた。
翡翠は「お前は、ついてこなくていい」と冷徹(に見えるいつもの口調)に留守番を命じられ、こうしてサロンで待機しているのだが――。
「もー、晃は鈍いなぁ!」
突然、雛子がクッキーを置くと、ニヤニヤと意地の悪い、だけど好奇心に満ちた笑みを浮かべて翡翠に身を乗り出してきた。
「もしかして神城に告白でもされたの?(笑)」
ぎくーーーーん!!!
冗談半分の、ただのからかい。
いつもなら「そんな主従の序列を乱すような事態、万が一にもあり得ません」と一蹴するはずの問いかけだった。
しかし、今の翡翠にそれを華麗にスルーする余裕など皆無である。
翡翠の身体が、物理的に音を立てそうなほど真っ直ぐに硬直した。
紅茶のカップを持ったまま、まばたき一つせず、ロボットのように完全フリーズする。
「……え」
晃の手が止まる。
「……え?」
雛子の目が、みるみるうちに輝きを増していく。
「な、なぜ……っ!?
光学カモフラージュ機能を搭載した神城家の新型偵察ドローンですか!?
それともサロンの防犯カメラがハッキングを――!?」
「マジで当たったーーーーー!!!」
「ぶっっ!! ゲホッ、ゴホッ! おまっ…透亜のやつマジで言ったのか!?」
「わ、わあああ!
違います、これはその、守秘義務が、いえ隠密としての情報統制がっ!」
目を白黒させて大パニックに陥る翡翠。
完全に墓穴を掘った彼女の両腕を、雛子と晃がガシッと左右から掴み取った。
「よし、翡翠ちゃん。
ちょっとこっち来ようか。
お姉さんたちがじーーっくりお話聞いてあげるからね!」
「おい、俺も混ぜろ!
あの理屈っぽいのりがどうやって告白したのかめちゃくちゃ気になる!」
「か、かんべんしてくださいー! 」
抵抗も虚しく、翡翠はサロンの奥にある、今は使われていない空き部屋(臨時の作戦会議室)へと引きずり込まれていくのだった。
バタン、と勢いよくドアが閉められる。
「さあ、吐きなさい!」
机を挟んで、ガチガチに正座させられた翡翠の前に、講師面をした雛子と晃が立ちはだかる。
「……主君より、『僕の恋人になってくれ』との……その、要求が、あり、ました……」
消え入りそうな声で白状すると、雛子が「キャーーー!」と黄色い悲鳴を上げて机を叩いた。
「言ったあいつ!!
完全に開き直って攻めるモードに入ってるじゃん!
それで? 翡翠ちゃんは何て返事したの!?」
「返事……。
その、私があまりの衝撃にエラーを起こしていると、主君は『返事は急がない』と……。
ですが、あまりの恐れ多さに、またしても部屋から脱出してしまいました……」
「えぇーーー逃げたの?!」
晃がツッコミを入れるが、翡翠は大真面目な顔で首を横に振る。
「ですが…!私、透亜様が10歳の時から護衛だったのです!
想定外の事態すぎて頭が追いつかなかったのです。
……雛子様、晃様。
私はお世話係であり、神城の影です。
もし、その……『はい』などと言ってしまえば、主君としての序列が崩壊し、神城の規律が乱れます!」
「固い! 固すぎるよ翡翠ちゃん!
規律とか序列とか今は関係ないの!」
雛子が頭を抱え、ならばと腕を組んだ。
「じゃあさ、もしもう一回神城に真っ直ぐ目を見られて『恋人になって』って言われたら、なんて言う?
ほら、練習練習!」
「れ、練習ですか……?」
戸惑う翡翠に、雛子が可愛いお手本を見せる。
「両手をきゅっと胸の前で握って、上目遣いで『……はい、喜んで。透亜くん……っ』って言うの! ほら、やってみて!」
「……っ!?」
翡翠は想像しただけで顔を真っ赤にし、即座に喉を押さえた。
「む、む無理です! 喉の筋肉が強烈に痙攣して呼吸困難になります!
そもそも主君を『くん』付けなどしたら、神城の隠密としての本能が自己崩壊を起こします!」
「じゃあ俺が透亜の代役やってやるよ」
見かねた晃が、低めの声で透亜のモノマネ(再現度10%)を始めた。
「『ふん、僕の計算によると、君が僕の恋人になる確率は100%だ。
さあ、大人しく僕の隣に立て、翡翠』
……どうだ?」
ピキッ、と部屋の空気が凍りついた。
翡翠の瞳からすっと光が消え、凄まじい殺気が爆発する。
彼女の手元には、いつの間にかどこからか取り出した投擲用のナイフが握られていた。
「晃様。
……その不敬極まりない、かつ絶望的に似ていない口の筋肉を、今すぐ完全にロック(物理)させていただきます」
「ひえっっ!! ごめん! 冗談だからナイフしまって!!」
命の危機を感じて飛び退く晃を無視して、翡翠はナイフを収めると、ふぅ、と小さな、だけどどこか切ないため息をついた。
「冗談はさておき……私は、純粋にわからないのです。
私は透亜様を、お護りすべき大切な主君として、もちろん『好き』です。
ですが、それが皆様の言う『恋』という定義に当てはまるものなのか……。
私のような戦闘しか能のない者に、そんな感情が出力されているのか、判断がつきません」
ぽつりと漏らされた、翡翠のあまりにもピュアで、そして臆病な本音。
それを受け、雛子はふっと悪戯っぽい笑みを収め、人差し指を立てて翡翠の鼻先に近づけた。
「うーーん、じゃあ分かりやすい基準を一つ。
――『キス』したいかどうか、かな?」
「……ッ!?」
今度こそ、翡翠の脳内で「ガサササササササササン!!!」と、すべての電子基板がショートしたような大爆音の衝撃が走った。
「友達とか、ただのご主人様相手にはさ、自分から進んでキスしたくはならないでしょ?
でも、『男の子』として好きなら、触れたいな、キスしたいな、って思うものなんじゃなーい?」
雛子の直撃弾に、翡翠の思考は完全に混線する。
(し、仕事なら……!
任務や戦術的に必要とあれば、キスでも何でも躊躇なく執行します。
ですが、それは『必要だから』であって、己の欲求として『したいから』ではない。
……ではない、はず。
では、今の私は……透亜様と……っ!?)
湯気が立ちそうなほど赤くなってフリーズする翡翠の横で、晃が「あーー」と余計な口を挟んだ。
「でもさ、男側からすると、キスしたいかどうかで悩んでる女の子の顔って最高に可愛いっていうか、透亜のやつ絶対そこまで計算して――」
「晃」
雛子が満面の笑み(目は一切笑っていない)で、自身の左足を、晃の足の甲目掛けて思いきり振り下ろした。
ドンッ!
「いたあああああぁぁぁっっっっっ!!!???」
のたうち回る晃を一蹴し、雛子はふっと優しい真面目な顔になると、ガチガチになっている翡翠の前にそっとしゃがみ込んだ。
「まあ、キスも大事だけどさっ。
今までどれだけ神城が翡翠ちゃんの事を見てたか、思い出してあげたら?
それで、翡翠ちゃん自身はどう思ったのか」
足を押さえ、涙目になりながらも、晃も真剣なトーンで言葉を重ねる。
「……痛ぇ……っ。
まぁ、確かに……何とも思ってない女の子に対してさ、あんなに四六時中心配したり、あんな綺麗なドレスをわざわざ仕立てて贈ったり、普通はしないって。
男って、基本めんどくさがりだからさ。
……はたから見ててもすぐ分かるくらい、あれは透亜の『愛』でしょ」
うんうん、と深く頷く雛子。
「透亜様の……愛……」
ガーーーン、と、本日何度目か分からない衝撃が翡翠の胸を打つ。
翡翠にとって、愛と言う言葉は遠くにありすぎてよくわからないものだった。
しかし、これまでの透亜の姿を思い出してみる。
いつだって理詰めで、効率主義で、偏屈で。
だけど、自分が傷つくたびに誰よりも取り乱し、不器用な言葉で、世界中の誰よりも自分を最優先に守ろうとしてくれた、あの真っ直ぐな眼差し。
ワンピースを着た時に、肩の傷をお化粧で隠してくれたのも、髪の毛を綺麗に結ってくれたのも、高熱を出した自分を、一晩中看病してくれたのも、すべては自分への、一人の男としての、溢れんばかりの『愛』だったのだと
――今、完全に理解してしまった。
ドクン、と、胸の奥が熱く跳ね上がる。
顔が林檎のように真っ赤に染まっていくのを、自分でも止められなかった。
「……わ、わかりました。
ありがとうございます……!
私、もっと、よく思い出してきます……!」
胸の熱量が限界に達し、これ以上この部屋に居られなくなった翡翠は、勢いよく立ち上がってドアへと走ろうとした。
「しかし、透亜も思い切った事したなぁ。
あの神城家が使用人との恋愛なんて許さないだろうに。
まあ、あいつなら力技でどうにかするんだろうけどさ。
……その点、雛子は良いよな、結婚相手が律で。
あいつ、暗くて愛想はないけど、中身は良いやつじゃん。
実家同士の格もバッチリだし」
その言葉に、翡翠はふと足を止めて振り返った。
「え……?」
雛子が「あははー」と苦笑しながら頭をかく。
「あれ? 言ってなかったっけ?
うちの婚約者、律だよ。
まあ、完全な政略結婚だけどね」
「えええええーーーー??!?!
律様ですか!?!?」
本日二度目の大衝撃に、翡翠の顎が外れそうになる。
あの、ハッカーとしての腕は間違いないが、根暗でおとなしい律が、この破天荒な雛子の婚約者。
しかし、そんな驚きを頭の隅に追いやるほど、今の翡翠の胸にある「恋の定義」の炎は、熱く、激しく燃え上がっていた。
「し、失礼しますっ!!」
今度こそ、翡翠は爆速で部屋を飛び出していった。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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