第四十二章 チェックメイトと三匹の狐
追いつめられた御堂、そしてついに到着した「二人」。
放課後、隔離された教室で最高潮の決戦が始まります!
ぜひ最後までお楽しみください!
場所は変わり、再度私立蒼蘭学園の放課後。
夕日が教室の床を赤黒く染め上げる中、張り詰めた空気は極限に達していた。
「……いや、やはり気が変わったよ、神城」
「24時間待つ」と言って背を向けかけた御堂玲央が、不意に足を止め、歪んだ笑みを浮かべて振り返る。
「君のその余裕そうな面を、今すぐ剥ぎ取りたくなった。
……一馬さんから面白いデータをもらっていてね。
君のところの野良犬ども、どうやら故郷に帰って、四面楚歌で身動きが取れなくなっているらしいじゃないか」
御堂はスマートフォンの画面を透亜に向け、せせら笑う。
そこには、翡翠たちが圧倒的に不利な状況にあることを示す交戦データが表示されていた。
周囲を取り囲む野次馬や腹心たち、そして九条姉弟が「何だ何だ?」と不穏な空気を察してざわつき始める。
御堂はさらに顎をしゃくり、背後に佇む無機質な少女――『魄』に視線を送った。
魄の全身から、いつでも標的を肉片に変えられるような、人間離れした殺気が静かに立ち上る。
この場で実力行使に出て、綜一郎たちを力でねじ伏せ、透亜を屈服させる構えだ。
一触即発。
橘綜一郎がこっそりと木刀を握りしめ、いつでも動けるよう鋼の肉体を強張らせる。
しかし、神城透亜は椅子の背もたれにゆったりと身を預けたまま、ぴくりとも動じない。
彼はただ、片耳に身につけていたワイヤレスイヤホンに指先でそっと触れ、ゆっくりと耳から外すと、スマートな動作でポケットに収めた。
それが、神城透亜にとっての『処刑開始(本気)』の合図。
鉄壁のポーカーフェイスから、ゾッとするほど冷酷な笑みがこぼれ落ちる。
「言ったはずだ、御堂。
君をチェックメイトするのなら、24分でも長すぎるとね」
透亜は手元のスマートフォンを冷徹にタップした。
その指先一つで、狐狸の里にいる陣内が裏でぶっこ抜き、透亜のサーバーへ横流ししてくれたプロジェクト『アイギス』の生データと、御堂財閥が関与する裏社会の全汚濁が、律と凪のハッキングラインを経由して全世界のネットワークへと一斉に開帳された。
直後――。
御堂のポケットの中で、スマートフォンが血の出るようなけたたましい警告音を鳴らし始める。
慌てて画面を見た御堂の顔から、一瞬で血の気が引いた。
『御堂財閥、非道な人間兵器化計画が発覚』
『主要取引先、海外投資家からの即時契約解除通知』
『株価、ストップ安――大暴落』
「な、なんだこれは……!
何をした、神城ォォ!!」
すべてを失い、完全に破滅したことを理解した御堂は、狂乱して理性を失い、顔を真っ青にしながら絶叫した。
「殺せ……殺せ!
魄、ここにいる奴ら全員、肉片に変えろォォ!!」
命令を受けた瞬間、少女『魄』の瞳から完全にハイライトが消え、単なる殺人マシンへと変貌した。
床のコンクリートを蹴る速度は人間の領域を遥かに超越しており、肉眼では捉えきれない残像を残して透亜へと肉薄する。
「晃! 凪!聖夜!全員を連れてここから離れろ!!」
すかさず前に立ちはだかったのは橘綜一郎だった。
その怒号に弾かれたように、羽鳥晃が九条麗華の腕を引っ張り、九条聖夜もげっそりとした顔でメイドや残っていた一般生徒たちを凪と一緒に強引に廊下へと押し出す。
内側から鍵がかかったかのように重々しい音を立てて扉が閉められ、外からの叫び声すら遮断される。
夕暮れの放課後の校舎。
一般生徒たちが逃げ惑う足音が遠ざかり、一気に「裏社会の戦場」としての不気味な静寂が教室を支配する。
隔離は完了した。
綜一郎は近くにあった頑丈なスチール製の机を盾にして、突撃してくる『魄』の質量を受け止めようとした。
しかし次の瞬間、バリィィィン!! と凄まじい破壊音と共に、厚い机が『魄』の容赦ない回し蹴り一発で木っ端微塵に粉砕される。
「くっ……!?」
学園最強を誇る武闘派・綜一郎が、息をもつかせぬ『魄』の体術に完全に圧倒されていた。
それはかつて翡翠たちをも地獄で苦しめた、狐狸の暗殺術をベースに最適化された動き。
木刀と拳がぶつかり合うたび、綜一郎の腕の骨がきしむ。
(こいつ……痛覚がないのか……!?
技のすべてが、相手を『壊す』ためだけに無駄なく研ぎ澄まされている……!)
じわじわと体勢を崩され、ついに綜一郎が膝をつく。
絶体絶命。
『魄』の袖口から滑り出た、手鏡のような形状の暗殺刃が、透亜を庇う綜一郎の喉元へ向かって、一切の躊躇なく突き出された――。
――その時だった。
破壊された教室の中に、サァ……と奇妙に冷たい風が流れた。
直後、キィィィン!!! と、鼓膜を突き刺すような鋭い金属音が響き渡る。
『魄』の放った必殺の刃が、空間を切り裂いて飛来した『暗器』によって、完璧に軌道を変えられて弾き飛ばされたのだ。
「――っ!?」
殺人マシンであるはずの『魄』が、初めてその無機質なステップを狂わせ、後方へと跳んで警戒の構えをとる。
夕日を背に浴び、窓枠に足をかけ、風を纏ってそこいたのは、いつでも暗器を投げられるように構えたままの翡翠、そしてその横で楽しげに首を鳴らす晋の二人だった。
実は、御堂家を処刑する寸前、透亜がしていたイヤホンには、
『――透亜様!
現在、晋のバイクで学園に猛スピードで向かっています!
校門通過、到着まで――ーあと3分!』
翡翠のピアスからきたその声を聴いた瞬間、透亜の脳内で、保留されていた逆転の数式が一瞬で弾き出され、完璧な解を結んだのだ。
二人の五体を包んでいるのは、子供の時から袖を通してきた、狐狸の隠密集団の制服。
不気味なほどに妖しく、そして美しい、漆黒のチャンパオだった。
透亜は手元のスマートフォンの時計に視線を落とし、今日初めての、心からの不敵な笑みを浮かべた。
「……遅い。
あと3秒遅ければ、減給処分にするところだったよ、翡翠」
翡翠は『魄』の動きを一瞬たりとも見逃さないよう鋭く見つめたまま、透亜の前に静かに着地する。
「……申し訳ありません、透亜様。
ですが――約束通り、帰還いたしました」
翡翠はすっと低く、美しい戦闘体勢をとった。
その鋭い隠密の瞳が、自分たちと全く同じ『黒いチャンパオ』を纏いながらも、感情や自我という心を完全に壊され、ただの道具に成り下がっている最新兵器『魄』の姿を真っ向から捉える。
晋がチャンパオの長い裾を鮮やかに翻し、ふわり、と音も無く翡翠の隣に着地してから、ニヤリと不敵に口元を歪めた。
「へえ、制服は一緒なわけねぇ…」
心が無い、御堂の道具である『魄』。
陣内に信念を注ぎ込まれながら、地獄を生き抜いた『翡翠』と『晋』。
「なんか……むかつくんだよね」
夕闇が迫る、破壊し尽くされた教室の真ん中に、晋の呟きが響く。
同じ黒い裾をなびかせる三人の怪物が、ついにそれぞれの刃を構え、互いの視線を激しく交錯させた――。
お読みいただきありがとうございました!
心を殺された殺人マシン『魄』対、漆黒のチャンパオを纏う翡翠&晋。
果たして勝負の行方は――!?
最後までお読みいただきありがとうございました。
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