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第四十章 壊れた人形

最強の天才・神城透亜。

彼が「もし翡翠と出会わなかったら」という最悪の未来。


感情を壊された兵器「魄」を引き連れる御堂玲央との、一触即発の放課後が始まります。

緊迫の空気の中、あの姉弟も大暴れ……!?

私立蒼蘭学園の放課後。


いつも通りの喧騒に包まれた教室で、その一角だけが、まるで絶対零度の氷壁がそびえ立ったかのように静まり返っていた。


神城透亜は、自身の机に頬杖をつきながら、眼前に立つ男――御堂玲央を、感情の失せた瞳で見上げていた。


玲央の背後には、影のように寄り添う一人の少女――「魄(はく)」が立っている。


「……相変わらず、冴えない顔をしてるね、神城」


玲央がフッと傲慢な笑みを浮かべ、透亜の机を軽く指先で叩いた。


その仕草、その声、その視線。すべてが「圧倒的な天才である自分」を疑わない、底の浅い全能感に満ちている。


「僕から見れば、君のその無駄に肥大化した自尊心の方が、よほど見ていて脳のメモリを無駄遣いさせられるのだけれど。


何か御用かな、御堂。


僕の演算速度を1秒でも下げたいなら、その退屈な前置きは省いてほしい」


透亜の口から紡がれるのは、いつも通りの冷徹な正論。


しかし、透亜の視線は、玲央の言葉を肯定も否定もせず、ただただ後ろに佇む少女「魄」へと向けられていた。


(……おかしい)


透亜の脳内計算回路が、秒単位でその少女の挙動をスキャンし、エラーを弾き出す。


足の重心の置き方、呼吸の周期、視線の微動。


翡翠や晋と似たものを感じるが、違う。


すべてが「最適化」されすぎている。


だが、それは人間の洗練ではない。


まるで、プログラムされた通りにしか動かない精密機械。


(呼吸数が、こちらの威圧に対しても1分間に一桁の揺らぎすら見せない。


視線の動きに『自我』特有のランダム性がない。


……これは、人間ではないな。


命令を遂行するためだけに最適化された『兵器』だ)


その本質を看破した瞬間、透亜の胸の奥に、言葉にできない不快感がチリリと走る。


目の前にいる玲央は、この少女をただの便利な「道具」として誇らしげに引き連れている。


それは――もしも自分が翡翠と出会わず、他者をただの駒としてしか見なさなかった場合の、「最悪の未来の成れの果て」そのものだった。


「ふん、僕の新しい『影』が気になるかい?」


玲央は透亜の視線に気づき、勝ち誇ったように魄の肩に手を置いた。


「君のところの野良犬とは違ってね、これは僕の命令に絶対服従する、完全な最高傑作さ。


感情なんていう非合理なものを最初から排除してある。


どうだい、君のその自慢の頭脳でも、この美しさは理解できるだろう?」


「……美しい?」


透亜の声音から、完全に温度が消えた。


「これを美しいと表現する君の審美眼には、哀れみすら覚えるよ。


感情を排除したのではない。


ただ壊したんだろう。


君は自分が万能の神にでもなったつもりかもしれないが、僕から見れば、他者の心を壊さなければ誰も従えられない、ただの『孤独な無能』にしか見えないよ」


「……なんだと?」


玲央の額にピキリと青筋が浮かぶ。


逆上した御堂が、不気味に佇む魄へ冷酷な視線を送る。


「――魄。この不遜な口を叩く男の首を、今すぐ――」


怒りに任せ、玲央が背後の少女をけしかけようとした、まさにその時だった。


「――そこまでにしてもらおうか、御堂。


ここは学校だ。


物騒な気は、やめてもらおう」


野次馬を割って入り、透亜の前に鋼の壁のように立ちはだかったのは、堅物の規律男にして、腹心で一番の武闘派――橘 綜一郎だった。


その鋭い眼光と一切の隙がない構えが、玲央の殺気を物理的に遮断する。


さらに、その背後から飄々とした足取りで羽鳥 晃と、タブレットを抱えた千歳 凪が進み出てきた。


「ちょっとちょっと御堂く〜ん?


学校で兵器モドキを振り回すのは感心しないなぁ。


そんなことしたらさ……」


晃が楽しげにスマホを弄びながら、底意地の悪いメディア王の次男らしい笑みを浮かべる。


「御堂財閥が裏でコソコソやってる醜聞、今すぐ学園の掲示板とSNSに流しちゃおうかな?


拡散用のアカウントなら、もう凪が用意して待機してるし」


飛び級の天才少年・凪が、にこーっと天使の笑顔でタブレットを見せつける。


腹心たちの完璧な連携と、一切の迷いのない介入。一触即発の空気が流れた、その瞬間――。


「――透亜様! ご機嫌うるわしゅう!」


バーン!!! と、教室の扉がこれ以上ない勢いで弾け飛ぶように開いた。


圧倒的な女王のオーラを纏って乱入してきたのは、期待を裏切らない令嬢、九条 麗華だった。


「……って、なんですの? このむさ苦しい空気は。


あら、今日はあの、いつも斜め後ろにいる野暮ったい眼鏡のお世話係はいないんですのね?」


麗華は周囲の殺伐とした空気など1ミリも気にする様子なく、透亜だけを見つめて華やかに扇子を広げる。


その斜め後ろには、本日の限定付き人である九条家のメイド。


そして――そのお世話係の少女だけでは到底麗華を御しきれず、完全に巻き込まれる形でついてきた弟の九条 聖夜が、げっそりとした顔で立っていた。


(待て待て待て、何だこの地獄の満漢全席は!?


なんかみんな目に据わってるし、後ろの女の子は生気がないし、お姉様はいつも通り空気読まねえし! 助けてくれ!!)


聖夜が内心で頭を抱えて絶叫する中、麗華の登場によって、玲央が漂わせていた陰惨な空気は完全に霧散してしまっていた。


玲央はチッと忌々しげに舌打ちすると、向けられた腹心たちの鋭い視線と、九条家の乱入を冷酷に計算し、一歩退く。


そして、周囲に聞こえない低い声で、透亜にだけ聞こえるように囁いた。


「……24時間だ、神城。君がその傲慢な態度を崩さず、僕に屈しないというのなら……君の大切な『所有物』たちがどうなるか、楽しみにしているといい」


カウントダウンを告げ、玲央は無機質な魄を後ろに侍らせたまま、悠然と微笑んだ。


透亜が玲央に放った「孤独な無能」という容赦ない正論、そして後半の九条姉弟による空気のぶち壊しっぷり(聖夜の心の叫び)を楽しんでいただけたら嬉しいです。


最後までお読みいただきありがとうございました。


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