第三十七章 雛子プロデュース!嵐のバカンス計画 3
今回は、お出かけチームのリゾートモールでの一幕をお届けします。
13歳の少年らしい等身大の素顔を見せる凪と、相変わらず超人ピュアな翡翠。
二人の甘酸っぱくも、どこか「それ以上の何か」を感じさせる特別な距離感にぜひご注目ください。
そして後半、翡翠の男前すぎる大活躍の行方は──?
透亜が別荘で猛烈な勢いでスマホをタップしてる一方、地元の華やかなリゾートモール。
ヤシの木が並ぶお洒落なストリートを歩きながら、雛子、晃、律がそれぞれ買い物を楽しむ中、凪が嬉しそうな声をあげた。
「あ! 翡翠ちゃん、見て! クレープ屋さんがあるよ!」
「わあ、美味しそうですね!」
「前に約束したでしょ?
はい、これ翡翠ちゃんの分!」
凪はきらきらとした笑顔で、ストロベリーと生クリームがたっぷり乗ったクレープを翡翠に手渡した。
雛子たちもそれぞれ好きなスイーツを買い、賑やかに食べ歩きを楽しもうとした──その時だった。
「キャーッ! あれって、もしかして千歳凪くんじゃない!?」
「嘘、本物!? 晃くんもいる!!」
運悪く、モールの観光客に凪たちの正体がバレてしまった。
瞬く間に黄色い悲鳴が上がり、大勢のファンや野次馬が押し寄せてくる。
「うわ、マズい……! 囲まれる!」
「みんなこっち…!
裏路地からルートを迂回する…!」
律が瞬時に端末でモールのマップを広げ、的確なナビゲートを開始する。
「凪と翡翠ちゃんは右の通路、 僕たちは左に…!」
という律の指示で、一行は二手に分かれて路地裏へと駆け込んだ。
なんとか追っ手を振り切り、人通りのない静かな緑道まで逃げ延びた凪と翡翠。
しかし、急に足を止めた瞬間、凪が小さく声をあげた。
「わっ……!」
走った拍子に、手に持っていたクレープのクリームがボタッと凪の私服のシャツへと落ちてしまう。
クレープ自体も無惨に形を崩し、地面へと滑り落ちてしまった。
「あーあ、……ちぇっ。
また買いに行ったら捕まるだろうし……」
お気に入りのシャツを汚し、楽しみにしていたクレープも台無しにしてしまい、凪は眉を下げてちょっと落ち込んだように呟く。
完璧な王子様としての仮面が外れた、等身大の少年の悔しそうな顔だった。
そんな凪の前に、すっと淡いサクラ色のスカートが揺れた。
「はい、凪様。
半分こしましょ!」
驚いて顔を上げた凪の目の前に、翡翠の手から綺麗な形のクレープが差し出された。
あれだけの猛ダッシュと緊急回避を行ったというのに、翡翠は狐狸特有の完璧な体重移動と体幹コントロールにより、手元のクレープをなんと「完全体」のまま無傷で死守していたのだ。
「え……?」
呆然とする凪をよそに、翡翠は手際よくポケットからハンカチを取り出すと、凪のシャツに付いたクリームをトントンと優しく拭き取り始める。
「……かっこ悪いとこ見せちゃったなー」
ぽつりと自嘲気味に呟く凪。
女の子をリードするべきシチュエーションで、自分がヘマをしてしまったことが気恥ずかしかったのだ。
だが、翡翠はクリームを拭き終えると、不思議そうに首を傾げ、それから実にあっけらかんと、太陽のように眩しい笑顔を咲かせた。
「えっ? 何がですか?
半分こしたら、きっともっと美味しいですよ!」
屈託のない、計算も裏もない純粋な言葉。
差し出されたクレープと、彼女の真っ直ぐな瞳を見つめながら、凪の胸の奥に温かいものがじわりと広がっていく。
凪には、透亜の気持ちがよくわかっていたし、また逆もしかりだった。
いつも周囲の期待に応え、完璧でいなければならなかった凪にとって、その不器用な優しさは何よりも心地よかった。
(……かっこ悪い僕も受け入れてくれる存在がいることが、こんなに、嬉しいとはね……)
だからこそ、透亜があれほど彼女に執着する理由も、痛いほど理解できる。
凪はふっと柔らかく微笑み、「ありがとう」とクレープを受け取った。
その時、翡翠の耳がピクリと跳ねる。
角の向こうから、聞き慣れた賑やかな声と、何かがおびただしくバランスを崩す風切音が聞こえた。
「あ、凪様、私の分も持っててください!」
「え? わっ、ちょっと翡翠ちゃ──」
自分の分のクレープまで凪の手に押し付けるや否や、サクラ色のドレスが爆風のような速度で視界から消え去った。
一方、その頃。別の通りでは、雛子が血相を変えて叫んでいた。
「律! 翡翠ちゃんたちの位置わかった!?」
「えーーっと、透亜が僕のPCに強制同期させたGPSのログによると、この角を曲がって、えーーーっと……」
画面のドットが細かく動きすぎてはっきりしない律に、雛子が痺れを切らす。
「ちょーっと、はっきりしてよ! あの二人に何かあったら──きゃあぁっ?!?」
よそ見をしたまま勢いよく歩いていた雛子が、ストリートの脇にある装飾用の溝(段差)に足を踏み外し、派手にバランスを崩した。
「わぁっ?! 一ノ瀬!?」
隣にいた晃が驚いて手を伸ばすが、間に合わない。
雛子の体が宙に浮き、コンクリートの地面へと叩きつけられる──
シャッ!!
その瞬間、空を切る鋭い風の音が響いた。
誰もが目を見開いた次の刹那には、雛子の身体は宙でふわりと受け止められていた。
トッ……。
まるで羽毛が落ちるかのような、完全な無音の着地。
晃と律が呆然と視線を向けると、そこには淡いサクラ色のサマードレスをはためかせた翡翠が、雛子の身体を綺麗な「お姫様抱っこ」の形で完璧にホールドして立っていた。
「雛子様、お怪我はありませんか?」
息一つ乱さず、涼しい顔で覗き込んでくる最高にかっこいい少女。
お姫様抱っこされた状態でそのあまりの凛々しさを至近距離で浴びた雛子は、一瞬で顔を真っ赤にし、両手を頬に当てて目を完全にハート型にさせた。
「ひ、翡翠ちゃん……かっこよすぎなんだけどぉおおおお……!」
完全に王子様に救われたヒロインの顔になっている雛子。
その横で、晃が呆気にとられたように律を振り返る。
「律……、お前も、男ならあのくらいやってのけないと」
「む、むむむむ無理だよ! 人間業じゃないでしょ、今の!!」
律が頭を抱えて全力でツッコむ。
「翡翠ちゃんハヤスギーーー!!」
遠くから、半分こしたクレープの紙を両手に大事そうに持った凪が、全力で息を切らしながら追いかけてくるのが見えた。
こうして、お出かけチームの賑やかなショッピングは、翡翠の超人的な大活躍と共に幕を閉じる。
だが、彼らが別荘へ帰った先には──昼間から嫉妬と独占欲のゲージを極限まで溜め込んだ「あの魔王」が、静かに牙を剥いて待ち構えているのだった。
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