第三十三章 秘密の森の狐たち 3
【前回のあらすじ】
神城の本家が送り込んできた精鋭十四名の処分部隊。
絶体絶命かと思われたクローズドサークルで、牙を剥いたのは──かつて地獄を生き抜いた双璧、翡翠と晋。
そして裏で糸を引く、もう一人の「怪物」でした。
最強の護衛と天才の主君による、圧倒的な蹂躙劇が始まります!
白い霧がさらに色濃く立ち込め、鬱蒼とした木々の境界線を曖昧にしていく。
視界を完全に遮断されたそのクローズドサークルで、神城の本家が送り込んだ漆黒の処分部隊は、確実に「終わり」へと向かっていた。
「ひ、退くな! 陣形を維持しろ! 相手はたったの二人……」
指揮官らしき男の怒号は、霧の向こうから響いた「鈍い破壊音」によって無残に掻き消された。
それは、肉が裂ける音ではない。人間の骨が、容赦のない正確さで粉砕される音だ。
「あはは! そんなの組ませるわけないじゃん」
霧の奥から、踊るような足取りで滑り出てきたのは晋だった。
襲い来る暗殺者の刃を紙一重のステップでかわしたかと思えば、すれ違いざまに敵の肘関節を逆方向に叩き折る。
一切の躊躇もない、混沌とした暴力。
だが、真の絶望はその後ろから音もなく這い寄る。
(……右、死角からもう一人)
完璧な仕事モードに脳を切り替えた翡翠の瞳に、感情の光はない。
晋が派手に暴れ、敵の意識を完全に引きつけた秒の隙。
翡翠はその死角から幽霊のように出現し、手にした刃の背──すなわち峰の側で、襲い掛かろうとした男の鎖骨を正確に強打した。
「ガッ……!?」
凄まじい衝撃に男が息を詰まらせた瞬間、翡翠の容赦ない追撃が、その頸動脈を的確に圧迫する。
男はまともな反撃すら許されず、一瞬で意識を刈り取られて地面に頽れた。
言葉を交わす必要すらない。
かつて同じ場所で、同じ地獄の訓練を生き抜いた双璧。
その呪われた絆だけが、戦闘においてのみ「完璧なパズル」のように噛み合い、十四名のプロフェッショナルをただの『標的』へと変えていく。
右から死神が笑いながら襲いかかり、左からは気配すらなく意識を奪われる。
本家の処分部隊にとって、それは戦いではなく、ただの圧倒的な蹂躙だった。
数分もしないうちに、立ち塞がる者は誰もいなくなった。
地面には、一人も命を奪われることなく、しかし完璧に戦闘能力を奪われた男たちが、ピクリとも動けずに転がっている。
翡翠は静かに刃をジャージの袖へと収め、わずかに乱れた呼吸を整えた。
「さて、おーしまい」
ぱんぱん!と大袈裟に手をはたきながら、晋が翡翠の隣に降り立つ。
「……」
「?なに?あんなんじゃ疲れないでしょ」
動かない翡翠を晋が覗き込もうとすると
「晋………本当に、ほんとーーーーーに癪だけど……
助かった」
最後は消えそうな声だった。
完璧な仕事モードの張り詰めた態度を、不承不承ながらも軟化させて絞り出した、確かな感謝の言葉。
「……」
想定外の素直な言葉に、晋は意外そうに目をぱちくりとさせた。だが、すぐにその唇が歪んだ弧を描く。
「いいよ。面白かったし。──さて、お礼になにしてもらおうかなあ」
意地が悪そうな笑みを浮かべながら、両手を頭の後ろにまわし、何かを思案するふりをする。
「えっ?! 聞いてない!」
「タダでプロを雇えるわけないでしょう? そうだなぁ。
……神城透亜の命?」
その瞬間、明確な殺気が翡翠から立ち昇った。
「あはは!うそうそ、冗談。
そうだなあ…今度一日だけでいいから、翡翠を僕に貸してよ」
「っ……!?」
『一日貸す』──その不穏すぎる言葉に、翡翠の大きな瞳が激しい警戒で鋭く細められた。
だが、彼女はすぐに胸を張り、毅然と言い放つ。
「こ、断る! 私は透亜様の護衛……! 主の許可無しに勝手な真似はできない!」
「あはは! 本人に直接交渉しろって? 俺がそんな事言ったら君の主君、フリーズしちゃいそうだけどなぁ。
…それも面白いか」
晋はクスクスと喉を鳴らしながら、ひらひらと手を振って霧の奥へと後ろ歩きに遠ざかっていく。
「ま、貸してもらう日は俺が勝手に決めるからさ。
じゃあね、俺の可愛い妹弟子。
主人(飼い主)の元へお帰り」
今度こそ完全に気配を消し去った晋の去り際を見届け、翡翠は顔を真っ赤にして拳を握りしめた。
(むっむかつく……! あいつ完全に面白がってる!
もう!もう!あんなやつに借りをつくるなんて!)
少し地団駄を踏んだ後、翡翠は乱れたジャージの襟を正し、一刻も早く安心したい一心で、透亜の待つ静かな山道へと猛ダッシュで駆け出した。
同じ頃、霧に包まれた山岳エリアの外──神城の本家。
「何……!? 通信が繋がらない!? 全員全滅したというのか!?」
デスクを叩き、驚愕に顔を歪ませているのは本家当主・一馬だった。
精鋭十四名が、誰も殺されることなく、しかし「同時に完璧に無力化された」という異常な報告。さらに、手元の端末に一通の暗号メッセージが滑り込んでくる。
画面に表示されたのは、一馬自身の個人資産の隠し口座、そして他家との違法な裏取引の全ルートを網羅したデータ。
そして、その最後に添えられた冷徹な一言。
『これ以上動けば、明日の朝、神城の本家は消滅します。お引き取りを、一馬兄さん』
「透、亜……っ! お前は、最初からすべて……!」
画面に並ぶのは、言い逃れのできない本物の破滅データ。
さらに、精鋭十四名が「一人も殺されず、同時に完璧に無力化された」という事実。
自分の足元が完全に崩されている。
その事実を前にして──一馬の口元が、歪に釣り上がった。
「……クク、ハハハハハ!」
静寂の室内に、一馬の低く乾いた笑い声が響き渡る。
動揺や怒りではない。
それは、完璧に自分をハメてみせた「出来損ないの弟」の、底知れない怪物性に対する純粋な感嘆だった。
(十四人を殺さずに生かしたまま一瞬で無力化し、同時に私の全財産を人質に取るか。
……凄まじいな。
ただの頭脳明晰な優等生気取りかと思えば、これほど冷酷で、これほど完璧な『神城の怪物』に育っていたとは)
一馬は愛おしむようにスマートデバイスの画面をなぞり、ゆっくりと椅子の背もたれに身を預けた。
瞳の奥には、新たな支配への執念がギラギラと燃え盛っている。
「いいだろう、今回はお前の勝ちだ、透亜。
だが……それほどの牙と知恵、神城の本家がただで眠らせておくと思うなよ?
存分に牙を研いでおけ。
いずれそのすべて、私の手足として毟り取ってやる……」
前線での肉体的な蹂躙、そして後方からの社会的な圧殺。
本家はまだ気づいていない。
彼らが手を出したのは、裏社会最強の牙と、表社会をも統べる天才が溺愛する、「唯一の逆鱗」であったということに──。
だが同時に、底知れぬ怪物の覚醒は、本家の歪んだ最高権力者の野心に、これ以上ない火をつけてしまったのだ。
お読みいただきありがとうございました!
前線で容赦なく無力化していく翡翠と晋のコンビも最高ですが、後方から一歩も動かずに本家当主を社会的に圧殺する透亜様、まさに「唯一の逆鱗に触れた怪物」という感じで最高にシリアスで格好良かったですね……!
最後までお読みいただきありがとうございました。
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