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第二十七章 王子様と魔王様

お待たせいたしました!

今回は、パーティ後の医務室のドタバタ劇をお届けします。

麗しい天才モデルの王子様ムーブ、それに一切動じないピュアな護衛、そして「好きなんでしょ!」の幻聴と戦いながらバグり散らかす魔王様。

3人の絶妙な温度差をどうぞお楽しみください!

パーティ会場の喧騒から離れた、静かな医務室。


ベッドの上では、ホテルの医療スタッフによる手当てを終えた翡翠が、少しホッとした表情で座っていた。


スタッフが道具を片付けて部屋を出ていくと、ベッドの横の丸椅子に座った千歳凪が、心配そうに翡翠を覗き込んだ。


「ほんとに大丈夫? すごい血だったよ?」


「はい! 私、見た目より丈夫なんで!」


翡翠は頼もしく胸を張ってみせるが、ドレスの袖から覗く包帯が痛々しい。


凪は「ほんとに〜?」と苦笑いしながらも、その健気さに少し目を細め、ふと思い出したように言った。


「あ、そういえば。透亜がばっちり翡翠ちゃんの位置を把握してみんなに指示だしてたけど、GPSでも持ってるの?」


「はい、位置が固定したところでスイッチを入れました」


翡翠は小さく頷き、ドレスの裾を少し気にして続ける。


「時間稼ぎはあまり出来なそうだったので、橘様がすぐ来て下さって助かりました」


「そう……」


凪は少し眉を下げて優しく微笑むと、翡翠の顔をじっと見つめた。


「ねえ、翡翠ちゃんはなんの食べ物が好き? 早く怪我がなおるように、今度ご馳走してあげる」


「えっ!? そんな…」


突然の提案に、翡翠は慣れないドレスの裾をぎゅっと握って遠慮しようとする。


「いつも、何かわけてくれるし、そのお礼も兼ねてさ!


翡翠ちゃんが好きなもの、何でもいいよ!」


凪は身を乗り出し、翡翠を覗き込みながらきらきらした瞳でじっと答えを待っている。


「うーん…じゃあ甘いものがいいですかね…。


凪様も、甘いものお好きでしたよね?」


芸能界トップクラスの美貌を誇る若き天才モデル・凪が、こういった王子様ムーブをする事をみんなが期待している。


凪はそれを承知し、実行していた。


しかし、この素朴な娘には、あまり効果がないようだった。


いつだって彼女の目に映っているのは、「完璧な王子様」の仮面を被った自分ではない。


ただの、少し手のかかる男の子――『千歳凪』という等身大の人間を見るような、どこか飾らない温かさがあった。


それが少し悔しく、けれど、たまらなく心地よくて嬉しい。


「…うん。甘いもの、好きだよ!」


「……じゃあ、大通りにある、クレープやさんのクレープが食べたいです」


「いいねー!一緒に行こ! 食べよー!」


「行くわけがないだろう!」


バァン!! と、静かな医務室に場違いなほど大きな音が響いた。


ドアを開け放ち、威風堂々と入ってきたのは神城透亜だった。


「透亜様!」


「透亜、しーー!医務室ではおしずかに!」


二人が振り返る。


透亜は、不満げに頬を膨らませる凪の視線を真っ向から受け止めた。


凪の甘えたい気持ちも、翡翠が彼にとっての救いであることも百も承知だ。


普段ならいくらでも好きなようにさせてやる。


だが、それとこれとは話が別だった。


完全に思考回路を強制シャットダウンさせた主君は、すさまじい剣幕で仁王立ちしている。


透亜はいつもの冷酷な「魔王」の顔で、「翡翠、状況は――」と言いかけ、長身の体をその場でピタッと硬直(フリーズ)させた。


思った以上に、ベッドの上の翡翠と、覗き込んでいる凪の距離が近かった。


そして何より、先ほどパーティ会場で西園寺詩織に突きつけられた


『あんたあの女が好きなんでしょ!!!』


という狂気的な絶叫が、透亜の脳内で特大のボリュームでリフレインしていた。


(好き……? 僕が、あんな平凡な顔の、戦闘しか脳にない筋肉バカを……?! )


心の中で必死に「否(ノー)」を連呼する透亜。


だが、少しだけ口紅の落ちた翡翠の素顔、いつもと違うペールブルーのドレス姿、そして自分を見上げる大きな、少し緑がかった瞳と目が合った瞬間。


ドクン、と心臓がうるさいほどに跳ね上がった。


透亜はあからさまに「フッ」と目を逸らし、片手で口元を覆って顔をそっぽに向けた。


「透亜様……?」


翡翠が、いつもと様子が違う主を不思議そうに見つめる。


透亜は首筋まで急速に赤くなっていくのを必死に抑え込みながら、早口で鋭い声を絞り出した。


「……怪我人の自覚を持て。あと凪、距離が近い、離れろ」


「えー? 別にいいじゃん、怪我の具合を見てただけだし」


凪が面白そうにニヤニヤしながら丸椅子を引く。


透亜は翡翠から頑なに目を逸らしたまま、腕を組んで早口でまくしたてた。


「大体、クレープなどという糖分と脂質の塊は、怪我の細胞修復における栄養学的計算に全く合致しない。


さらに買い食いなど、神城家の所有物管理の観点からも許可できるわけがないだろう。


……クレープが食べたいなら、僕がその店を屋敷に呼んで……いや、とにかく、ダメだ!!」


「えぇっ!? 透亜クレープがそんなに嫌いなの?!じゃあ翡翠ちゃん二人でいこうね!」


「だからっ…!だめだと言っているだろうが!!」


必死になって支離滅裂な「論理」を並べ立て、相変わらず翡翠と絶対に目を合わせようとしない透亜。


ベッドの上で、翡翠は「??」と頭の上に大量の疑問符を浮かべながら、「そっか、クレープは栄養に良くないんですね……」と素直に納得しかけていた。


完璧なチェス盤を誇る魔王の脳内は、今やかつてないほどの『バグ』で、ぐわんぐわんと激しく回転を続けているのだった。


いかがでしたでしょうか?

頭脳明晰なはずの透亜様が、「栄養学」だの「所有物管理」だの、精一杯の語彙を動員して必死に嫉妬(?)を隠そうとしているのが愛おしくて堪りませんね。

それに対して「なるほど、クレープは良くないんですね!」と綺麗にスルーしてしまう翡翠のポンコツ可愛さと、すべてを察して楽しんでいる凪の対比が最高にコミカルに仕上がりました。

バグり続ける魔王様のCPUが冷える日は、まだまだ遠そうです……!

最後までお読みいただきありがとうございました。


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