第二十六章 百億の夜を統べる微笑
神城透亜による、完璧にして冷酷なる復讐劇が幕を開けます。
一ノ瀬雛子の拉致、そして自身を陥れようとした西園寺詩織と神城冬真を、圧倒的な情報力でチェス盤の上から叩き落とす透亜。
すべてが彼の計算通り――のはずが、追い詰められた敗者の「特大のノイズ」によって、完璧な暴君の思考回路に前代未聞のバグが発生します……!
一人残された庭園。
透亜はポケットからスマートフォンを取り出し、耳元のインカムを開いた。
画面をタップする指先が、怒りのあまり微かに、しかし強烈に震えている。
「律、晃。状況は?」
『お待たせ、透亜。冬真の音声ミュートは継続中。
メディアの裏回しで「生徒会長の発狂」のシナリオは100%完成してるよ』
『会場のセレブたちの動揺も、うちの親父の報道規制をチラつかせて押さえ込んだ。
さあ、どうする? 仕上げの時間だろ、相棒』
インカムから聞こえる腹心たちの声に、透亜の口元へ冷酷極まる「完璧な微笑み」が戻る。
(さあ、冬真兄さん、西園寺。
開戦の合図は僕が鳴らす。
僕の『所有物』に傷をつけた罪、一族の破滅という利子をつけて返してもらうよ)
衣服の乱れ一つない姿で、透亜は再びパーティ会場の重厚な扉を押し開けた。
その背後には、メディア王の次男・羽鳥晃、 タブレットを叩く天才ハッカー・御子柴律が「従者」のように付き従う。
その圧倒的な暴君のオーラに、会場のセレブたちが一斉に左右へと道をあけた。
壇上では、マイクの音が切れて顔を真っ赤にしている神城冬真。
西園寺と共謀した一ノ瀬雛子の拉致が、すでに庭園の奥で翡翠と橘綜一郎によって完全圧殺されたことなど、この哀れな道化はまだ知りもしない。
そしてフロアでは、詩織が「計画通りね」と勝ち誇った笑みを浮かべていた。
そこへ、九条麗華がハラハラしながらうろうろしているが、透亜の歩みはそのすべてを支配するように中央へと進む。
透亜は壇上の冬真を見上げ、極上の営業スマイルで語りかける。
「冬真兄さん。生徒会長としての激務で、少々お疲れのようですね。
幻覚や幻聴を口にされるほどに」
「な、にを……ッ!」
声を張ろうとする冬真だが、律の指先がタブレットを叩いた瞬間、会場の巨大スクリーンに
『西園寺詩織が、神城冬真から狐狸出身の暗殺者を雇ったメールのログ』
『一ノ瀬家を脅迫しようとしていた新規事業のデータ』
の二つが、逃げ場のない確定証拠として大写しになった。
(――!? 待て、なぜ西園寺のデータがここに……!)
冬真の顔が驚愕に強張る。
だが、この男の生存本能と狡猾さは並外れていた。
このままでは、自分も西園寺詩織と破滅させられる、そう悟った冬真は、秒単位で西園寺詩織一人を「トカゲの尻尾」にする最適解を弾き出した。
プツン、と律があえてマイクのミュートを解除する。
その刹那、冬真はまるで「騙された正義の告発者」のような悲痛な声をスピーカーに響かせた。
「……なんということだ! 西園寺さん、私を、神城家を騙したのですか!?
私は君から『神城透亜の不正を暴くための音声データがある』と持ちかけられ、生徒会長として学園の正義のために壇上に立った!
まさかそれが、一ノ瀬さんの拉致から目を逸らすための目眩ましだったなどと……!
私は君の悪質な陰謀に利用された!」
「え……? 西園寺、あなたが……?」
隣にいた九条麗華が、美貌を驚愕に歪めて詩織を見つめる。
本当に何も知らなかった麗華は、詩織の恐ろしい陰謀に心底ショックを受けていた。
冬真の必死の大声での「擦り付け」により、会場の疑惑と軽蔑の視線は完全に西園寺詩織一人へと集中していく。
フロアの壁際、麗華の付き人である晋は、冬真が西園寺に手駒として貸与していた暴漢たち――
かつて自分たちの組織『狐狸』を破門された残党どもが跡形もなく制圧された報をインカムで受け取りつつ、冬真の醜い立ち回りを眺めていた。
(あらら。破門されたような奴らでは、翡翠には勝てないだろうね。
それにしても生徒会長殿、見事な逃げ足だ。
九条家に牙を剥かなかったことだけは、褒めてあげようかねぇ)
晋は表情を一切崩さず、穏やかな微笑みを浮かべたまま、今回は徹底して様子見に徹するように静かに一歩下がった。
「と、透亜様……これは一体……。私は何も……」
上品な仮面が完全に崩壊し、ガタガタと震え出す詩織。
透亜は冬真の「醜い生存戦略」を冷徹な目で見下ろしつつ、まずは目の前の詩織へとゆっくり歩み寄り、彼女の耳元に絶対零度の囁きを落とした。
「西園寺さん。君が書庫で僕のネクタイの裏に仕込んだあの盗聴器――仕掛けられた瞬間に翡翠が気づいてね。
君の端末に流れていた僕たちの音声は、すべて律がリアルタイムで書き換えたダミー(偽物)だよ。
君たちが僕の偽の会話を聴いて満足している間に、その電波の送信先を逆探知させてもらった。
一ノ瀬雛子誘拐の主犯は、西園寺詩織。君だ。」
「あ……っ、そんな……」
詩織の顔から、みるみるうちに血の気が引いていく。
完璧にハメ返されていたのだ。
「君が大切にしている西園寺家の利権、今この瞬間に、僕がすべて買い叩いて神城の傘下に収めた。
明日、君の父親宛てに『取引完全停止』の通知が届く。
……僕の『所有物』に傷をつけた罪は、君たちの一族全員の未来で支払ってもらう」
「あ……あ、あ……」
詩織はその場にへたり込み、高価なドレスを床で汚しながら涙を流した。
西園寺家はこれによって完全に社会的に圧殺された。
壇上の冬真は、冷や汗を流しながらも「騙された被害者」の体裁を繕い、透亜を鋭く睨みつけている。
(透亜……今回は西園寺を捨てて生き残ってやった。だが、次こそは必ずお前を……!)
神城の籍と生徒会長の椅子を死守した冬真の瞳に、どす黒い執念を宿しながらその場を後にした。
こうして、神城透亜のチェス盤の上で、逆らう者たちは跡形もなく圧殺された。
だが、すべてを失い、完全に理性が吹き飛んだ西園寺詩織は、去っていく透亜の背中に向けて狂ったように捨て台詞を絶叫した。
「……によ……なによ、何よ何よ!! 所有物、所有物って……。
どうせあのダサい眼鏡の女のことでしょ?!! あんな平凡な女にベタ惚れで入れ込んで……本当に愚かだわ!!」
ピタリ、と透亜の足が止まる。
完璧に会場を支配していた男の口から、およそ彼に似つかわしくないマヌケな声が漏れた。
「……は?」
ゆっくりと振り返った透亜は、眉間に思いきり皺を寄せ、心底意味がわからないという顔で詩織を睨みつける。
「ベタ惚れ……? 誰が、誰に……」
「あんたあの女が好きなんでしょ!!? 誰が見たってわかるわよ、ばっかみたい!!」
脳内計算速度ミリ秒を誇る神城透亜の全思考回路が、その瞬間、完全にフリーズ(強制シャットダウン)した。
(好き……? 僕が、翡翠を……? )
(((あちゃーーーーーーーーー)))
石化している透亜の背後でタブレットを叩いていたハッカー・律と、メディア王の息子・晃、そして少し離れた場所にいた九条聖夜の思考が、奇跡のシンクロを遂げた。
そんな男たちの気の毒そうな表情を遮るように、ドレスの裾を激しく翻して前に進み出たのは、九条麗華だった。
麗華は頬を怒りで真っ赤に染め、へたり込んでいる詩織をピシャリと指差してご立腹の声を上げる。
「こんっの……! せっかく透亜様はご自身で(その恋心に)気づいていなかったのに……!
はっきり言いましたわね、西園寺!! なんてことをしてくれましたのおぉ!!」
詩織と腹心達、麗華、そして完全にフリーズしたままの透亜に視線が集まる中、麗華は「ああもう!」と地団駄を踏みそうな勢いで、完全に自覚ゼロだった想いびとの恋路を詩織にバラされたことを本気で怒っているのだった。
「ぶっ!!」
それを見ていた晋が、こらえきれず盛大に吹き出していた。
こうして、神城透亜の完璧なチェス盤は、思わぬ「外因性の特大ノイズ」によって、前代未聞のパニック状態へと突入するのだった。
西園寺家を社会的に圧殺し、完全勝利を収めたはずの透亜様でしたが……まさかの「強制シャットダウン」で幕を閉じることになってしまいました(笑)。
周囲の男たちが「言っちゃったよ……」と頭を抱える中、本気で怒る麗華お嬢様と、耐えきれずに吹き出す晋の対比がたまりませんね。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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