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第十九章 女達の修羅場

いつも応援ありがとうございます!

今回は放課後の特別サロンが舞台。

次期当主・透亜を狙う旧華族の令嬢・西園寺詩織が動きますが、そのターゲットがなぜか翡翠へ向かうことに。

主君の仮面が秒で剥がれかける、最高にカオスな修羅場(?)をお楽しみください!

名門一貫校の高等部、1年A組に併設された特別サロン。


放課後の柔らかな夕日が差し込む室内で、神城透亜は手元のタブレットに優雅に指を滑らせていた。


1ヶ月後に控えた『名門新入生歓迎合同パーティー』。


そのチェス盤(戦況)をどう支配するか、脳内ではすでに何百通りものシミュレーションが完了している。


その斜め後ろには、分厚くて野暮ったい「ダサ眼鏡」をかけた翡翠が、完璧な直立不動の姿勢で控えていた。


「神城様、お疲れではございません? 宜しければ、我が家特製のハーブティーを淹れさせましたの。少し、お体を休めてくださいね」


上品な、そしてどこか初々しさの残る可憐な微笑みを浮かべて歩み寄ってきたのは、旧華族の末裔である西園寺詩織だった。


洗練された仕草でそっとカップを置くと、彼女は透亜を労るように、潤んだ熱を帯びた瞳で優しく見つめる。


その姿は、誰の目から見ても清楚で、非の打ち所がない名門のお嬢様そのものだった。


「これは恐れ入ります、西園寺さん。君のような美しい方に気遣っていただけるなんて、光栄だね」


だが、透亜は瞳の奥底をこれ以上ないほど冷めきらせながら、表皮一枚の「極上の営業スマイル」を浮かべた。


彼女が纏う上品な香水の匂いを感じながら、透亜の頭脳タブレットは秒単位で計算を弾き出している。


西園寺家の持つ旧華族のネットワーク、現在の財政状況、あるいはこの先の神城の掌握に向け、彼女の『家柄』がどうチェス盤の駒として使えるか――。


その冷徹な査定の視線を、完璧な紳士 of 紳士の微笑みで完全に覆い隠していた。


(……ほう。僕を値踏みしにきたか、旧華族の狐が。利用価値としては悪くないが、少々目障りだね)


詩織がその清廉な仮面の裏で、透亜を「次期当主の器」として冷徹に品定めし、ハニートラップの糸を引こうとしていることを見抜いているのは、この場では透亜ただ一人。


しかし、詩織は透亜の完璧すぎる微笑みが、かえって難攻不落の防壁であること察すると、ふわりと自然な動作でターゲットを切り替えた。


その優しい視線が、透亜の後ろに控える「神城の遠戚の地味な娘」へと向く。


「まあ……それにしても、いつも健気にお仕えして偉いわね。あなた、翡翠さんと言ったかしら?」


「は、はい! 透亜様のお世話係をしております、神城 翡翠にございます!」


話を振られると思っていなかった翡翠は、眼鏡の奥の目を丸くした。


学校での籍は、透亜の遠い親戚という名目の「随伴員」。


クラス名簿にも並んで刻まれているその名字を翡翠が口にした瞬間、透亜の胸の奥がほんの少しだけ満たされる。


詩織は慈愛に満ちた笑みを湛え、翡翠の手を両手でそっと優しく包み込むようにして距離を詰める。


「ふふ、そんなに緊張なさらないで。


同じクラスの、神城様の遠いご親戚なら他人事とは思えませんわ。


ねえ、私たち……『お友達』になりましょう? 学園のこと、私で良ければ何でも教えてあげるわ」


「お、お友達……っ!?」


その瞬間、翡翠のダサ眼鏡の奥の瞳が、見たこともないほどキラキラと輝きだした。


隠密集団『狐狸』で暗殺技術だけを叩き込まれ、10歳からは透亜の影として闇を生きてきた少女である。


神城のドス黒い人間関係ではない世界――「お友達」というあまりにも眩しい響きに、翡翠は完全にノックアウトされていた。


――そして隣で、透亜の理性が猛スピードで黒く塗り潰される。


詩織が仮面の裏で翡翠を手駒にしようと企んでいることなど、火を見るより明らか。


脳内のブラックリストに『西園寺詩織』の名を最優先で刻みつけていた。


今すぐこの女の腕をへし折って翡翠から引き離したい。


だが――。


(くそっ……翡翠が、あんなに嬉しそうな顔をしている……!)


詩織を純粋に「優しくて素敵なお嬢様」だと信じ込み、友達ができそうだと本気で喜んでいる翡翠のピュアな表情を見てしまい、透亜は強く出ることができなかった。


ここで詩織を冷酷に切り捨てれば、翡翠の喜びを自らの手で踏みにじることになる。それは絶対に嫌だった。


透亜はギリ、と奥歯を噛み締めながら、さらに深く、昏い微笑みを詩織に向けた。


「西園寺さん。僕の随伴員に目をかけてくれるのは嬉しいけれど……彼女は少し、人見知りでね。


もし彼女の純真さを利用して『傷つける』ような真似をする者がいたら――僕は神城の総力を挙げて、その牙を根元から引き抜く。


……そんな不届き者は、この学園にはいないと信じているけれどね?」


声音こそ極上のジェントルマンだが、その瞳の奥にあるのは「翡翠に何かしたら一族ごと消す」という絶対零度の脅迫だった。


詩織の背筋に、一瞬で冷たい戦慄が走る。


「あ、あら……当然ですわ、神城様……」


詩織の顔がわずかに引きつった、その時だった。


「フン! 相変わらず泥棒猫のような真似をしますのね、西園寺! 少し目を離せば、すぐに他人の男に擦り寄って……見苦しいですわ!」


サロンの扉が勢いよく開かれ、圧倒的な女王のオーラを放ちながら乱入してきたのは、J組の九条麗華だった。


透亜をマークしている麗華は、詩織が透亜に近づいたと察知し、黙っていられなかったのだ。


「お姉様、声が大きいって……! おいおい、何の地獄絵図だよこれ……」


麗華の後ろから、うんざりした顔で入ってきたのは、弟の九条聖夜だった。


「用事があるからついて来い」と姉に無理やり引っ張り回されて巻き込まれた形だが、聖夜はサロン内の異様な空気に、即座に冷や汗を流した。


(待て待て、何だこの空気。神城透亜の笑顔の裏の殺気がお化けレベルだし、西園寺の女は裏で何考えてるか分かんねえし、お姉様はガチギレだし……。


なのに、なんであのダサ眼鏡のメイドだけ背景に花が咲いてるんだよ!?)


カオスすぎる盤面に聖夜が内心で絶叫する中、サロンの入り口の影、麗華の従者として「九条 晋」を名乗る少年が、その様子を三白眼で静かに見守っていた。


晋の視線は、詩織の言葉に頬を染めてキラキラしている翡翠へ向く。


その薄い唇が、愉悦と侮蔑の混ざった歪な形に歪んだ。


(神城の坊ちゃんに飼われて、随分とチョロい頭になったなぁ、翡翠……)


「あら、九条さん。ご挨拶ですこと。私はただ、神城様と……その、可愛いお友達とお話をしていただけですわ」


「お友達!? 笑ってしまいますわ、あなたがそんな殊勝な人間なわけがありませんもの!」


火花を散らし始める麗華と詩織。


そのキャットファイトを完璧な営業スマイルで傍観しながら、透亜はさりげなく翡翠の前に上体を滑り込ませ、彼女を背後に隠した。


正式に「神城」を名乗ってこの学園にいる以上、分家を値踏みするような有象無象の視線からも、彼女を完全に遮断しなければならない。


透亜は背後の翡翠だけに聞こえる低い声で、耳元に囁く。


「……バカ翡翠。誰にでもついていこうとするな。お前の『お友達』の枠は、そんなに安くない」


「……透亜様?」


翡翠は不思議そうに首を傾げる。


まだ嵐の予感に満ちたサロンだったが、このチェス盤の裏で、次なる火種――一ノ瀬雛子が、すでに動き出しようとしていた。


お読みいただきありがとうございました!

「お友達」の響きに一瞬でノックアウトされる翡翠と、そのピュア笑顔を守るためにブチギレ寸前の透亜様……。独占欲と過保護が限界突破しています。

麗華や聖夜、さらには不穏な影も乱入してサロンは大混乱ですが、ラストには雛子の影も――!?

「透亜の目がガチすぎる」「聖夜、お疲れ様……」と思った方は、ぜひブックマークや評価をよろしくお願いします。次回もお楽しみに!

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