第十八章 思惑うずまく教室
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今回はクラス分け直後のA組に、あの九条の令嬢と従者が乱入します。
さらに、後に透亜や翡翠と深く関わることになるお嬢様方(雛子&詩織)も本格登場。
腹心たちに「ダサ眼鏡のお世話係」と思われている翡翠ですが、不穏な空気が漂い始めます……!
1年A組の重厚なドアが勢いよく開け放たれ、特例の飛び級で上がってきた千歳凪が騒がしく席に着いた、その直後だった。
――カツン、カツンと、場違いなほど優雅な足音が廊下から響く。
「あら、ここがA組ですのね。随分と狭苦しくて退屈そうな教室だこと」
高飛車で傲慢、けれど鈴を転がすような美声。
教室のドアの前に現れたのは、九条財閥の正統なる令嬢――九条 麗華。
そしてそのすぐ斜め後ろには、いつも通り、気弱そうで穏やかな、いかにも害のなさそうな笑みを浮かべた付き人の少年――晋の姿があった。
クラス中がその圧倒的な権力者の登場に息を呑む。
麗華はフンと鼻を鳴らすと、目線だけで教室の最奥――窓際の席に座る神城透亜を捉え、真っ直ぐに歩み寄ってきた。
「ごきげんよう、透亜様。
まさか私とあなたが違うクラスになるなんて、学園のシステムも随分と不調のようですわね。
……まあ、あたくしをJ組なんていう最果てのクラスに隔離したところで、この九条の威光は遮れませんけれど?」
その言葉を聞いた瞬間、透亜は座ったまま、まるで世界で最も美しいものを見るかのような、完璧に計算され尽くした極上の微笑みを麗華へと向けた。
「これは麗華様、わざわざ遠いJ組から僕の顔を見にきてくださるなんて。
あなたのような聡明で美しい方が同じクラスにいないのは、僕にとってもこの上ない痛手ですよ。学園側の不手際が本当に恨めしい」
「も、もう! あなたがそこまで言うなら、仕方のないことですわね!
あたくしの力で、いつでもA組にクラス替えさせて差し上げてもよろしくてよ?」
低く甘い声で囁かれ、麗華は一瞬で顔を真っ赤にしてツンと胸を張る。
その様子を斜め後ろから見ていた晋が、それまでの気弱そうなポーズのまま、一歩前へ出た。
その瞬間、にこにことした穏やかな表情は変えないまま、瞳の奥だけが暗い光を帯びる。
「おや、相変わらずお口が上手ですね、神城の透亜様。
お嬢様は純粋に、麗しい透亜様へご挨拶に伺っただけですよ?
……ですがまあ、あんなお粗末なサーバーの防衛システムをわざわざ書き換えてまで、私たちを一番遠いJ組へ弾き飛ばそうとした『犯人』がどこのどなたなのかは、すぐに分かりましたけれどね」
晋は流れるような仕草で、透亜のすぐ斜め前で携帯端末を叩いている律をチラリと見た。その瞬間、律の指先が、ピクリと跳ねる。
「僕としては、旧知の透亜様と同じクラスで楽しく過ごしたかったのですが……本当に、実に残念です。
ねえ、そこの……可愛いお世話係さんも」
晋は麗華に聞こえないほどの低い声音で、透亜の背後に控える翡翠(の、ダサい眼鏡)に、一瞬だけ生気のない三白眼をぎらりと向けた。
「……っ」
翡翠は眼鏡の奥でぐっと奥歯を噛み締め、小さく身構える。
透亜は麗華に向けた極上の微笑みを崩さないまま、その瞳の奥だけをガラス玉のように冷たく凍らせ、晋の動きを冷酷に牽制した。
晋は満足そうにくすくすと喉を鳴らすと、「ではお嬢様、戻りましょう」と元の気弱そうな従者の顔に戻り、麗華を促して教室を去っていった。
嵐が去った教室。
席の近い腹心たちは、すぐに透亜のデスクの周りにさりげなく机を寄せ、声を潜めて内緒話を始めた。
緩く制服を着崩した羽鳥晃が、引きつった笑みのまま、隣の御子柴律に耳打ちする。
「……ねえ律、嘘でしょ。あの九条の執事?ってさ、普段は気弱そうでいつもオドオド微笑んでるだけの人形みたいな奴って噂じゃん。
透亜の前だとあんなに楽しそうにベラベラ、しかも嫌味たらしく喋るわけ?」
「……あいつ、僕の構築した完璧なクラスデータを『お粗末』と言い放った……。
万死に値する。今すぐ九条の全端末をハッキングして灰にしてやる……」
フードを深く被った律が、プライドを傷つけられた怒りで、凄まじい速度でキーボードを叩く。音が静かな怒号のように響いた。
規律の男・橘綜一郎もまた、厳かに眼鏡のブリッジを押し上げ、険しい顔でデスクの上の翡翠を凝視する。
「……いや、それ以上に気になるのは神城の後ろだ。
あの九条の男を前にして、一歩も引いていなかった。ただの地味なお世話係のはずがない」
「あ、ほくほひひはってた!(僕もきになってた!)」
凪がポケットとから出した飴を口にぽいと投げ入れながら、不敵にニシシと笑う。
「翡翠ちゃん、神城家の護衛なのかな?
でもさ、あのダサ眼鏡だよ?
運動神経良さそうには見えないし、僕も翡翠ちゃんが戦ってるところなんて見たことないんだよね」
彼らにとって、翡翠は未だ「謎に包まれた、最高にダサいお世話係」でしかなかった。
そんな腹心たちが小声で騒いでいる間。
透亜はすっと麗華向けの営業スマイルを消し、いつもの冷徹な表情に戻ると、未だに身体を強張らせて臨戦態勢を解けないでいる翡翠を振り返った。
周囲の視線から遮るようにほんの少し上体を寄せ、翡翠のダサい眼鏡のブリッジを細い指先でツン、と軽く押し上げる。
「……いつまで睨み合っているつもりだ。敵はもういない」
耳元で囁かれた、腹心たちにも聞こえないほどの低い声。
「あ……」
透亜のぶっきらぼうだが、自分を気遣う言葉に、翡翠の身体からすっと余計な力が抜け、張り詰めていた視線がいつもの柔らかなものへと戻る。
「すみません、透亜様。つい……」
「お前の仕事はここで地味な『日陰』に擬態することだ。無駄な体力を消耗するな」
「はいっ」と小さく、けれど嬉しそうに頷く翡翠を見て、透亜は(よし、落ち着いたな)と内心で安堵するのだった。
「……では、新入生の提出書類をまとめて職員室へ持っていく。律、晃、お前たちも来い」
「はーい、キングの仰せのままに」
ホームルームが終わり、提出手続きのために透亜たち男子5人が席を立つ。
透亜は、自分の後ろについてこようとした翡翠を片手で制した。
「翡翠、お前はここで自分の分の書類でも整理していろ」
「はいっ! いってらっしゃいませ、透亜様!」
主人の命令通り、大人しく席に居残ることにした翡翠。
男子5人が一斉に教室を出ていくのを見送ると、ポツンと一人でデスクに残り、「ふぅ……」と小さく息を吐いた。
緊張の糸がほぐれたのを実感しながら、ズレかけたダサい眼鏡の位置を改めて直す。
そんな彼女の元に、突如、甘く華やかな香水の香りが近づいてきた。
「ねえ、そこの君。ちょっといい?」
「ひゃいっ!?」
変な声が出た。見上げれば、そこには信じられないほどスタイルが良く、制服を大胆に着こなした少女が、興味津々といった様子で翡翠のデスクに両手を突いていた。
メガバンク頭取の令嬢にして、学園一のトレンドセッター――ギャルお嬢様の、一ノ瀬 雛子だ。
「あ、驚かせちゃってごめんねー!私は雛子。
っていうかさ、あんたすごいメンツに囲まれてるよね。神城に羽鳥、千歳に律、橘……この学園のトップ勢じゃん。
国が滅ぶレベルの男ばっかりに囲まれて、あんた一体どういう関係なわけ?」
雛子がグイグイと顔を近づけてくる。翡翠は「ひええ」と背中を反らせながら、必死に『日陰の擬態』を保とうと両手を振った。
「め、滅相もございません! 私はただの地味な、日陰のお世話係であります!
皆様とは昔からの顔なじみというだけで、私は空気! 背景の壁紙のような存在ですので、どうぞお気になさらず!」
「えー? 壁紙のわりには、さっきの九条の不気味なイケメン執事ともバチバチだったじゃん。怪しいなぁ」
雛子がニヤニヤと翡翠のダサい眼鏡を覗き込んでくる。
その賑やかなやり取りを、少し離れた席からじっと見つめている視線があった。
緩く巻いた美しい髪を指先で弄びながら、小さく首を傾げている可憐な少女――西園寺 詩織。
誰もが思わず手を差し伸べたくなるような、庇護欲をそそる純真な瞳。
歴史ある旧華族の末裔であり、学園でも一際目立つ清廉なお嬢様である彼女は、ただじっと、静かに翡翠の様子を観察していた。
(本家の麗華お姉様と晋が警戒し、あの神城透亜が直々に側に置く、最高にダサい眼鏡の随伴員……。
本当にただの『日陰のお世話係』なのかしら……?)
詩織はふわりと微笑んだまま、その視線を翡翠から外さなかった。
「おい、僕の随伴員に気安く群がるな。散れ」
背後から放たれた、マイナス100度の絶対零度の声。
用事を終えて戻ってきた透亜が、雛子と、遠くから視線を送っていた詩織を一瞥し、翡翠の前に立ちはだかるようにして庇った。
「おお、こわ…。何もしてないわよ!じゃ、またね眼鏡ちゃん!」
雛子はケラケラと笑いながら去っていき、詩織もまた、上品で可憐な笑顔を透亜に向けてから、すっと視線を外した。
「……余計なトラブルに巻き込まれるなと言っただろう、翡翠」
「すみません、透亜様! 擬態が甘かったでしょうか……!」
(……これだけダサくしてもまだ目立つのか……?)
理不尽な独占欲を覚えつつ、透亜は席に着く。
その手元には、先ほど職員室の帰りに律から受け取った、一ヶ月後に開催される『名門新入生歓迎合同パーティー』の極秘データが握られていた。
九条の本家、分家、そして学園の権力者たちが一同に会する、最初の社交場。
(ここが、最初の戦場だな。)
窓の外を見つめる透亜の瞳の奥で、復讐への暗い野心が、静かに、しかし激しく燃え上がっていた。
ご覧いただきありがとうございました!
麗華のツンデレ(チョロめ)な可愛さと、晋の底知れない不気味さ、そして相変わらず翡翠に対して独占欲が隠せていない透亜様でした。ラストには不穏なパーティーの予感も……。
休日は17時くらいに更新します!
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