第十七章 眼鏡と花と
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今回はついに華々しい高等部の入学式!
翡翠ちゃんの可愛すぎる制服姿と、それに対する透亜様の「理不尽な男避け(ダサ眼鏡)」、そして裏で集められた天才たちのA組大集結をお楽しみください!
神城家の本家から離れた、透亜の部屋。
姿見の鏡の前で、上質な生地で仕立てられた真新しい制服に身を包んだ翡翠が、嬉しそうにくるくると回っていた。
「じゃーん! 見てください透亜様、制服ぴったりです! スカートが軽くて、これなら回し蹴りもいつでもいけます!」
「……入学式の朝から物騒なシュートポーズをとるな。じっとしていろ、髪が散らばる」
透亜はため息をつきながら、翡翠の背後に歩み寄る。
幼い頃から、翡翠の髪を整えるのは透亜の役目だ。
細い指先で艶やかな黒髪をすくい上げ、手際よく上品なハーフアップに結んでいく。
結び終えて透亜が手を離すと、翡翠はパッと弾けるような、満面の笑顔で振り返った。
「わぁ、ありがとうございます! どうですか透亜様?
私、普通のお嬢様に見えますか!?
透亜様のお世話係として、恥ずかしくないですか?」
無邪気に笑って、きらきらした瞳で褒め言葉を期待する翡翠。
その無防備な笑顔の破壊力に、透亜は一瞬だけフリーズした。
平凡なはずの顔なのに、そのあまりに眩しい笑顔は、僕の復讐計画において極めて不愉快なイレギュラーでしかない(と、自分に言い聞せる)。
透亜はピシッと冷徹な真顔に戻ると、机の引き出しから、中学の時も使っていたあの、分厚くて四角くて、最高にださい黒縁眼鏡を引っ張り出した。
「……見えるわけがないだろう。
お前のその締まりのない顔は、神城の敵に『どうぞ狙ってください』と隙を晒しているようなものだ。ほら、これをかけろ」
「えええっ!? またこの中学のときのださい眼鏡ですかー!? せっかくの入学式なのにー!」
「うるさい、主人の命令だ。学園ではお前は地味な『日陰のお世話係』に擬態しろ。目立つな」
「むー!」と分かりやすく頬を膨らませながらも、素直にダサい眼鏡を装着する翡翠。
それを見て、透亜は心の中で(よし、これで男避けは完璧だ)と、ひどく理不尽な満足感を覚えるのだった。
「……嘘、あそこから降りてきた人、誰……?」
「神城……? え、あの、政財界のトップに君臨する神城家の……!?」
「顔良すぎない!? モデルとかそういう次元じゃないんだけど……!」
ざわざわ、と波打つような感嘆と畏怖の私語。
仕立ての良い制服を完璧に着こなし、冷徹な美貌を崩さずに歩く透亜は、歩く彫刻そのものだった。
その圧倒的なオーラは、すれ違う者たちが思わず道を空けてしまうほどだ。
その一歩後ろを、翡翠はちょこちょこと小走りでついていく。
……分厚く四角い、あの最高にダサい黒縁眼鏡を顔の真ん中に鎮座させて。
(うう、やっぱりみんな透亜様を見てる。当然ですよね、世界一かっこいいんですから!
でも、私のこの眼鏡……ガラスが厚すぎて世界がちょっと歪んで見える気がするなぁ……)
周囲の女子たちが透亜の美貌に頬を染める中、翡翠だけはズレかけるダサい眼鏡のブリッジを「ふんぬ」と指で押し上げていた。
「おい、遅れるな。歩幅を考えろ」
「あ、はいっ! すみません透亜様!」
冷たく言い放つ透亜だが、その視線はチラリと背後の翡翠(の、眼鏡の効果)に向いている。
よし。周囲の男どもは、透亜の存在に圧倒されるか、あるいはその後ろにいる「めちゃくちゃ地味でダサい眼鏡の随伴員」を完全に空気扱いしている。
男避けの効果は抜群だ。透亜は内心で深く満足していた。
高等部の厳かな校舎に入り、新入生のクラス掲示板の前へと進む。
そこに、ひときわ大きな人だかりができていた。
黄色い悲鳴の中心にいるのは、緩く着崩した制服に、モデル顔負けの華やかな容姿をした一人の男。
「あはは、ありがと。じゃあ後で連絡してよ? ……おっと」
群がる女子生徒たちを軽いあしらいで捌いていたその男――
羽鳥 晃が、透亜の姿を認めた瞬間、その細められた瞳の奥に、懐かしい悪友を見るような、愉しげな光を宿した。
晃はすぐにいつもの「チャラ男」の笑みを貼り付け、人だかりを割って透亜へと歩み寄ってくる。
「いやあ、噂通りの圧倒的オーラだねぇ。君が例の『神城の御曹司』、透亜くんでしょ? 俺は羽鳥晃。よろしくね?」
わざとらしく「初対面のフリ」をして右手を差し出してくる晃。
周囲の女子たちが「きゃあ、イケメン二人が並んだ……!」と息を呑む中、透亜はぴくりとも眉を動かさず、向けられた右手を冷ややかに見つめた。
「メディア王の次男坊が、わざわざ大衆の前でそんな安い芝居をするな、晃。お前が僕と『初対面』なわけがないだろう」
「あはは! 相変わらず手厳しいなぁ、透亜は」
晃は拒絶された手をあっさりと引っ込め、肩をすくめて笑う。
周囲の生徒たちは「えっ、あの二人、知り合いなの!?」と驚きにざわついた。
そう、こんなこともあろうかと、透亜は昔からその天才的な頭脳で目をつけた「優秀な人材」に接触し、あらかじめ裏で繋がっていたのだ。
他人の嘘に飽き飽きしていたメディア王の息子・晃にとって、冷徹で底知れない透亜は、最高の退屈しのぎをくれる「相棒」だった。
「ま、これだけギャラリーがいれば、俺たちが『最初からベッタリの身内』に見えないようにカモフラージュするのも必要かなって思ったわけ。……でもさ」
晃は楽しげに目を細めると、透亜の後ろに立っていた翡翠へと視線を移した。
「……そっちの『可愛い眼鏡ちゃん』に関しては、俺のメディア操作の技術をもってしても、ちょっとフォローしきれないんだけど?
嘘でしょ透亜、中学のあの伝説のダサ眼鏡、高校でも継続させたわけ?」
「晃、それ以上僕の随伴員に軽口をたたくなら、羽鳥の明日の朝刊を『スキャンダル』一色で埋め尽くしてやってもいいんだが?」
「お、おおう……冗談だって。怖い怖い」
透亜の周囲の空気が、冗談抜きでマイナス40度まで急降下したのを見て、晃は両手を上げて降参のポーズを取った。
そんな二人のやり取りを気にすることもなく、翡翠はダサい眼鏡の奥の瞳をキラキラと輝かせ、周囲の校舎を見回していた。
「それにしても透亜様、高等部の校舎って本当にすごいですね!
天井は高いし、中庭には噴水までありますよ!
購買には何が売ってるんでしょうか、お昼休みが今からとっても楽しみです!」
これからの新しい学園生活へのワクワクが抑えきれない様子で、無邪気に笑う翡翠。
その純粋無垢な笑顔が、至近距離から透亜の視界に飛び込んでくる。
(……っ、だから、緊張感を持てと言っているだろう……!)
理不尽なまでの眩しさに脳内のチェス盤をかき乱され、透亜はふいっと激しく顔を背けると、足早に教室へと歩み出した。
そのやり取りを見ていた晃は、「あらら……相変わらずだねえ」と心の中でニヤニヤしていた。
1学年10クラス、1クラス40人近くが在籍する、この国最高峰のマンモスエリート学園。
その最上階に位置する『1年A組』の重厚なドアを、透亜が静かに押し開けた。
一瞬にして、教室内が水を打ったように静まり返る。
すでに席に着いていた名だたる財閥の令息や令嬢たちが、透亜の圧倒的な容姿とオーラに息を呑み、次いでその後ろから入ってきた晃の華やかな姿に目を奪われた。
「わぁ、黒板がツヤツヤです……!」
と、最後尾から場違いな感動を浮かべて入ってきたダサい眼鏡の翡翠には、誰もが「……誰、あの子?」と困惑の視線を向ける。
透亜は周囲的視線など一瞥もくれず、一番窓際の、後ろから二番目の席へと向かった。
そのすぐ後ろ、最後尾の席が翡翠の指定席だ。主人のすぐ後ろで控えるお世話係として、これ以上ない完璧な配置。
――もちろん、偶然などではない。
10クラスもあるこの巨大な学園で、特定の人間をピンポイントで同じクラス、同じ座席に配置する。天文学的な確率の裏工作を、事前にすべて完了させていたのだ。
透亜は席に着くと、すぐ斜め前の席――教室の片隅で、制服のフードを深く被り、周囲と完全に壁を作って携帯端末を高速で叩いている根暗な少年の背主に視線を向けた。
彼こそが、大手IT通信コンツェルンの御曹司――御子柴 律。
透亜は頬杖をつき、窓の外を眺めるフリをしながら、極めて小さな、周囲の喧騒にかき消されるような声で呟いた。
「……完璧な仕事だ、律。このマンモス校で僕たちのデータを同一クラスに書き換えるのは、骨が折れただろう」
一般人なら聞き逃すような微小な声。
しかし、端末の画面越しに透亜の挙動を完全にキャッチしていた律は、フードの奥で不敵に口元を歪めた。
流れるような指裁きで叩かれるキーボードの音が、一瞬だけ、静かに止まる。
律は一切振り返らず、他人に怪しまれないよう完全に画面を見つめたまま、低く、どこか心地よい掠れた小声で応じた。
「……この学園のメインサーバーの防衛システムなんて、僕にとってはただの紙クズ……。
3分もあれば十分。透亜の望むチェス盤を敷くためなら、これくらい、ただの指慣らしだよ」
フードの隙間から覗く律の切れ上がった瞳が、底知れない知性と、透亜への狂信的な悦びで怪しく爛々と輝く。
他人にバレないような二人の、洗練された暗号のようなやり取り。完璧な実務の成果に、透亜はフッと口元を冷たく綻ばせた。
「助かる。やはりお前を僕の『目と耳』にして正解だった」
「……光栄だね」
律はフードの奥で小さく喉を鳴らして歓喜に震えると、再び猛烈な、しかし一切の雑音を立てない滑らかなタイピングで、学園の裏データをさらに強固に書き換え始めた。
「あ、あの、透亜様! 私の斜め前の席、橘様ですよ! 中学の時の、あのすごく真面目な!」
トントン、と後ろから翡翠が嬉しそうに透亜の肩を叩く。
見れば、翡翠のすぐ斜め前の席(透亜の右隣の席)には、背筋を定規で測ったようにピンと伸ばし、早くも入学式のしおりを熟読している堅物――橘 綜一郎が座っていた。
「おい、気安く肩を叩くな。……それから橘、お前も同じクラスだったか」
わざとらしく声をかける透亜に、綜一郎は眼鏡のブリッジを厳かに押し上げ、冷徹な視線を返した。
「神城か。……偶然とはいえ、また貴様と同じクラスになるとはな。
言っておくが、学園の規律を乱すような真似は一切認めん。服装や態度も含めてな」
「ふっ、相変わらず融通の利かない男だ」
「規律こそが正義だ」
フイッと前を向く綜一郎。その横顔を見ながら、透亜は心の中で冷ややかに確信する。
(この男の四角四面な『正義』も、いずれ僕の盤面で、最も強固な盾として機能してもらう)
完璧なる組織の布陣がすべて同じ空間に揃い、透亜が計画の第一段階の成功を確信していた――その時だった。
――ガラッ!!
静まり返っていた教室のドアが、場違いなほど勢いよく引き開けられた。
すべての視線が入り口へと集まる。そこに立っていたのは、明らかに他の新入生とは雰囲気が違う、どこか生意気で、それでいて完璧に整った顔立ちをした小柄な少年だった。
「あっ!いたいた、透亜!」
少年――千歳凪は、特例の早期進学制度で上がってきたとは思えないほど制服を軽快に着こなしていた。
「あれって…モデルの千歳凪…?」
「えっ?!本物?!イケメン…」
教室中の注目を浴びながら、まっすぐに透亜の席へと歩み寄ってくる。
「……凪? お前、なぜここにいる。年齢的にお前はまだ中等部のはずだろう」
透亜がわずかに眉をひそめて問いかける。凪はポケットに突っ込んでいた両手を引き抜くと、口元でパチンとガムを膨らませて、不敵にニシシと笑った。
「ん? ああ、それね! 学園の特別推薦枠で『飛び級』しちゃった! 勉強なんて退屈だしさ、透亜のそばにいた方が絶対に退屈しないでしょ?」
「えっ?!飛び級って、凪様、そんなに頭がよろしかったのですか!?」
後ろの席から、翡翠がガタッと椅子を鳴らして身を乗り出した。
ダサい眼鏡の奥の瞳を丸くして驚く翡翠を見て、凪はそれまでの生意気なクソガキの表情をガラリと変え、人懐っこい笑顔で彼女の席へとトコトコ近寄る。
「あ、翡翠ちゃん! 久しぶりー! 高等部の制服、すっごく似合ってる。……って、何その変な眼鏡! ダサすぎ!」
「む、むー! これは透亜様からいただいた大事な眼鏡なんです。ダサいって言っちゃダメですよ、凪様」
プンプンと怒る翡翠のデスクに、凪はちょこんと肘をつき、上目遣いで彼女を見上げた。
「えー、だって本当にダサいんだもん。ねえ、それよりさ、僕がわざわざ高校まで上がってきてあげたんだから、これから毎日僕のお世話もしてよ。
透亜ばっかりずるいじゃん」
「こら、凪。僕の随伴員を勝手に私物化するな。それ以上くだらない我が儘を言うなら、今すぐ中等部へ叩き返すぞ」
透亜が低く冷淡な声を浴びせると、凪は「ちぇー、ケチ」と大げさに肩をすくめてみせる。
「チッ……、芸能界のクソガキが。相変わらず甘え上手なことで」
離れた席から、晃がやれやれと首を振る。
表の業界トップの息子同士、いつも小競り合いをしている二人の『いつもの風景』に、周囲の生徒たちは「なんだ、神城くんたちの知り合いか……」と、完全に緊張を解いてクスクスと笑っていた。
凪は楽しそうに翡翠に手を振ると、自分の指定された席へと向かう。
その足取りはどこまでも軽やかで、無邪気そのものだった。
それを見つめる透亜は、相変わらず冷ややかな視線のまま、ただ静かに窓の外へと視線を戻した。
こうして、表の『政・官・報道・エンタメ』の頂点に立つ少年たちと、その影に潜むお世話係の、賑やかで少し騒がしい学園生活の幕が上がるのだった。
読みいただきありがとうございました!
翡翠ちゃんの笑顔に一瞬でフリーズしたくせに、中学の「伝説のダサ眼鏡」を召喚して男避け完了!と満足する透亜様、独占欲のベクトルが相変わらずバグっていて最高です。
裏工作(主に律くんの3分ハッキング)で集まったハイスペック男子たちですが、ただの「透亜に振り回される被害者の会」になりそうな予感しかありません!
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