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第十一章 穏やかな殺意

いつもお読みいただきありがとうございます!

今回からいよいよ舞台は名門学園へ。

「完璧な優等生」として登校した透亜様ですが、無自覚に男を狂わせる(?)翡翠に、さっそく内心で大荒れのご様子。彼が用意した「対策グッズ」にもご注目ください。

そして後半、ターゲットである九条麗華の背後から、ついにあの男が現れます。

光の学園の裏で交錯する、狐たちの因縁をお見逃しなく!

翌朝、透亜が籍をおく、名門校の校門は、朝から奇妙なざわめきに包まれていた。


「……ねえ、あの人って、滅多に来ないって噂の……」


「神城財閥の、透亜様……?」


生徒たちの視線の中心にいる透亜は、仕立ての良い制服を完璧に着こなし、非の打ち所のない「完璧な優等生の微笑み」を浮かべて歩いていた。


その一歩後ろには、同じ学校の女子制服を着た翡翠が付き従っている。


ぱっと見は、どこにでもいる普通の大人しい少女だ。


けれど、廊下ですれ違った男子生徒が教科書をドサッと落とした時、翡翠は持ち前の素早さでそれをサッと拾い上げた。


「あ、ありがとう……」


「はい、どういたしまして!」


翡翠がいつもの無邪気さで、にっこりと屈託のない満面の笑顔を返した。


その瞬間、男子生徒はボッと顔を真っ赤にしてフリーズしてしまう。


(――C組の佐藤、D組の鈴木、それと今の馬鹿。全員、顔は覚えた。……チッ、だからこいつを学校に連れてくるのは嫌だったんだ)


透亜はいつも通りの冷徹な表情のまま、翡翠の笑顔に色めき立った男子たちの顔を秒で脳内のブラックリストに登録していた。心の中の苛立ちが止まらない。


「翡翠、止まるな。……それと、これを付けろ」


「え? なんですか、この分厚くてダサいメガネ……」


「うるさい、校則だ。お前はただでさえ締まりのない顔をしてるんだから、少しは真面目に見せろ」


透亜は鞄から、事前に用意していた野暮ったい黒縁メガネを取り出し、有無を言わさぬ手つきで翡翠にかけさせた。


素顔を隠されて「えぇー、前が見えにくいですー」とボヤく翡翠を見て、透亜は内心、ようやく少しだけ留飲をさげる。


今日のターゲットは、すでに中等部で誰も逆らえない女王のように君臨している高飛車な令嬢――四年前の査問会の裏で、神城に物流ルートを毟り取られた九条財閥の『九条麗華くじょう れいか』だった。


サロンのように華やかな特別教室の入り口で、麗華は取り巻きを従え、腕を組んで高飛車に立ちはだかった。親世代の因縁もあり、透亜を睨みつける目は鋭い。


「あら、神城のネズミが紛れ込んでいると思ったら……透亜様じゃない? よくそんな平気な顔で登校してこられたこと」


「お久しぶりです、麗華様。今日も素晴らしい気品ですね」


透亜は歩みを進めると、麗華のすぐ目の前で足を止めた。


そして至近距離から、彼女の瞳をじっと見つめ、大人の洗練された交渉人が浮かべるような、酷く蠱惑的で完璧な微笑みを投げかけた。


あまりにも計算され尽くした美貌と、冷たいのに甘い声音を至近距離で浴びせられた瞬間、麗華の顔がみるみるうちに真っ赤に染まった。


「な、ななな、何かしらその生意気な態度は……っ!べ、べべべ 別にそんな事わかりきっているわ…!」


高飛車な口調のまま、麗華は完全に目が泳いでいる。強がってはいるが、内心は透亜の一撃で完全にノックアウトされていた。


透亜は前を見据えたまま、その動揺を冷酷に脳内のチェス盤に組み込む。


(……なるほど。一馬兄さんがわざわざ僕をここに送り込んだのは、こういうことか)


一馬は最初から、麗華が透亜に盲目的な片思いをしていることを知っていたのだ。


それを利用して、透亜に彼女を「籠絡し、九条の手札を奪え」と無言の命令を下したに違いない。


兄の底意地の悪い合理性に内心で毒づきながらも、透亜は麗華を「使える駒」として見据える。


――しかし、その麗華の背後から、静かに一歩前に踏み出した影があった。


「お嬢様、あまりはしたないお姿を見せては、九条の名が泣きますよ」


柔らかく、穏やかな声。


そこにいたのは、仕立ての良い男子制服を着た、一見すると繊細で気弱そうにも見える少年だった。少し短めの前髪の奥から覗く瞳は優しげで、人畜無害な笑みを浮かべている。


けれど、その声を聴いた瞬間。


透亜の後ろで、ダサいメガネをかけた翡翠の身体が、完全に凍りついた。


「初めまして、神城の透亜様。私は九条麗華お嬢様のお世話役を務めております、シンと申します」


晋はにこにこと穏やかな笑みを絶やさないまま、透亜へ丁寧に一礼した。


そして、その物腰柔らかな態度の形のまま、翡翠へと視線を移す。


「おや、そこにいるのは……懐かしいな。随分とへんてこな変装だね。


せっかく綺麗に調教されたお師匠様の『お気に入り』だったのに、神城の飼い犬になって、すっかりマヌケなつらになったなぁ」


声色ひとつ変えず、どこまでも穏やかで優しいトーンのまま、晋の口から飛び出したのは容赦のない毒だった。


(…あいつ、狐狸か……?)


透亜の瞳が、一瞬で冷酷な獣のように細められる。

隣の翡翠は、晋のそのにこにことした笑顔を見つめたまま、小刻みに震え、一歩も動けなくなっていた。


光の当たる名門学園。そのチェス盤の上で、透亜の知らない翡翠の過去が、晋という「優しき狂気」を纏って静かに牙を剥き始めていた。



最後に現れた九条家の従者・晋。

人当たりが良さそうな少年ですが、翡翠に対する言葉の刃が鋭すぎてゾクッとしましたね。透亜様はどうやって「自分の所有物」を守るのか……!?

最後までお読みいただきありがとうございました。

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