38. 猫
静かな部屋に、扉が開く音が響いた。
「・・・お帰り、キル」耳障りの良い、少し低くて落ち着いた声。
キル、とキルシャの事を愛称で呼ぶのはキルシャの主人。
「うん。ただいまぁ」
――ご主人さま。
視界に入った主人の姿に、分かりやすく口角が上がっていく。
嬉しくてにこにこと笑う。
「あれはどうした?」
あれ――カナエの事。キルシャの物。お気に入りの玩具。
「部屋だよぉ」主人の許へ近寄る。
ちゃんと片付けなきゃねぇ。
「偉いね」
大きい大人の手が、頭を撫でる。
キルシャとは違う、大きさもだけど、あまり柔らかくない。硬くて、骨ばった男の手。
かっこいい。
撫でる手付きは優しく、キルシャを大切にしてくれている事が伝わってくる。
「えへへ、でしょぉ?ご主人さまにおねだりして、貰った大事なおもちゃだもん」
――もっと褒めて?
主人の手に頭を擦り付ける。
「ふふ、猫の様だね」
「猫ちゃんのキルシャの方が、ご主人さま好き?」
キルシャは猫の獣人。その中でも毛並みが綺麗な方。毎日ちゃんとお手入れしてるから、自信がある。
「見慣れてる、という点ではそう言える。勿論、今みたいに人間の姿をしたキルも好きだよ」
体が浮いて、主人の膝に乗せられた。
胸元に頭を預ける。主人の片手を触り、弄ぶ。
「寝てもいいよ」
目がとろんとしていたのだろう、主人が小さく笑う。
「んぅ・・・だめなのぉ。ごしゅじんさま、いそがしいから」
――しばらく会えないでしょ。
「そうだねぇ・・・じゃあ、起きたら私の部屋においで」
「いいのぉ?」
邪魔じゃないの。
主人の瞳に映った、キルシャはきょとんとしている。
「いいよ。キル、今日は頑張ったから。暫くは執務室にいるからね」主人は柔らかく微笑む。
「うん。キルね、今日がんばったんだよぉ。ご主人さまの、愛猫?なんだからねぇ。じゃあ、部屋戻るからぁ」
瞼が重い。すごく眠たいや。
床に降ろされる。
「お休みなさい、キル」
額にキスされる。
「ん、お休みなさぁい」
――ご主人さまぁ。
挨拶して、部屋を出る。
早く部屋に戻ろう。
歩き出すと、廊下に居た奴等が端に寄って頭を下げる。
いつも通りだから気にしない。
眠たい、歩くのも億劫に感じた。
カナエを呼んで運ばせようか。いや、声出すのも面倒。
どうせすぐそこだし、歩いた方が良いか。寝る時、クロも呼ぼう。
クロだって、偵察頑張ったもん。いっぱい褒めて撫でてあげなきゃ。
それに、一緒寝たい。
あ、起きたらブラッシングしてあげよう。
それでご主人さまのところ、一緒に行くんだぁ。
キルシャ以外が主人に愛されるのは嫌。けどクロはその限りではない。一心同体とも言える大切な相棒なのだから、特別だ。
キルシャとお揃いの黒髪も、珍しいオッドアイも。金と青の瞳の色までキルシャとお揃いだった。
初めて会った時から、互いが互いのお気に入り。
眠くてちょっと不機嫌気味だった頭も、クロの事でどうでもよくなった。
この黒髪の色も、青っぽさが入っていて珍しいもの。
今までキルシャとクロ意外に見た事が無かった。だからこそ、自分たちは特別なのだと信じた。
ああ、でも
(リサト君もお揃いだったなぁ・・・)
ん-、どうしようか。欲しいなぁ。
瞳はお揃いじゃないけど、クロが居るからそれくらい別にどうでもいい。
鍵を回して自室を開ける。
「クロ~、寝よぉ」
クロは既にベッドの上だった。
ベストを脱ぎ捨てて飛び込む。
起きる頃には人化の魔法薬の効果も消えてるだろう。あの睡眠薬の酷い臭いも。
主人の所へ行く前に、お風呂に入ろう。それで落ち切る筈。
いつもの可愛いキルシャとかっこいいクロで、ご主人さまにいっぱい撫でてもらうんだ。
「おやすみぃ、ク~ロ」
にゃー、ってクロが鳴いた。
次話は続けて投稿。
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