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異世界事件簿 ~魔法世界の誘拐事件 ~  作者: 海苔
本編

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38/41

37. これからの事

 

 あの後、二人から保護者の名前や住所を聞かれたけれど、意味が無かった。

 日本も東京都も、彼らは知らないと言う。

 どうしたらいいかと悩んでいると、ルシャージャの事務所へ移動する事となった。

 座り心地の良いソファに、落ち着いた色の家具で囲まれた事務所。

 対面するソファに座るのはルイス。

「さて、と」

 机に三人分の紅茶を置き、一人用ソファに腰を下ろしたルシャージャ。沈黙を破ったのは彼女だった。

「フルネームを聞いても?」

「あ、はい・・・。黒沢(くろさわ)莉里(りさと)です。高二」

「コウニ?」

 なんだそれは、と怪訝そうに言うルイス。

「高校二年生――えっと、十六歳です」

「十六?大人びた坊主だと思ってたが・・・幼く見えるな」

 苦笑する。

 そんなはっきり言わなくても。分かってはいるけどさあ。

「ふうん。クロサワ、なんて変わった名前だね。姓の方が短いというのも珍しい」

「うぇっ!?・・・あ、えと、逆です、逆。えっと、だから、・・・リサト・クロサワ・・・?に、なるのかな」

「なんだ、そうなのか。クロサワが姓でリサトが名前、でいいのかな」

「は、はい。すみません・・・」

「いや、面白いね。では、改めて提案を」

 なんだろう。


「黒沢君。君、私の許で働かない?」

「へ?」

「は、おい」

 素っ頓狂な莉里の声と、戸惑ったルイスの声。

 混乱を招いた本人は、此方を気にした様子も無く続ける。

「助手、かな。衣食住と給料の保証はする。当たり前だけどね」

「あ、え・・・?」

「ちょ、ルシャージャ」

「三階は生活スペースでね。開いている部屋を渡すから、好きに使ってくれていいよ」

(わあ、好待遇・・・ってそうじゃない!)

「す、ストップ!ルシャージャさん待って」

「ん、何?」

 長い睫毛を瞬かせるルシャージャ。

「なんで、ですか?あ、いや・・・ありがたいんですけど。でも」

 此方に都合が良すぎないだろうか。いきなり異世界に来て、身寄りも何も無い状態では渡りに船だから。

 でも、ルシャージャ側のメリットを感じられない。

「ああ。少年、馬鹿じゃないでしょう。だからだよ」

 自分が馬鹿だとは思わないけれど・・・。

「だから?どういう事だ、ルシャージャ」

「ルイスは黙っていて。邪魔だから」

 最後は余計じゃないだろうか。

「んだと」

 頬を引き攣らせたルイス。

「ま、まあまあルイスさん。落ち着いて」

 苦笑いで宥めつつ、頭を働かせる。


 ルシャージャが世辞を言うとは思えない。そして、彼女の性格からして同情も考えにくい。莉里の事はルイスに任せればいいだけなのだから。


 もしかして、

(本当に、助手が欲しいだけ・・・?)

 あ、そっか。

「効率を上げる為、とかですか?雑用とかをこっちに任せて」

「正解。うん、矢張りね。頭の回転が速い」

 目を細め、満足そうに頷くルシャージャ。

 期待通りの回答だったらしい。

 ほっと息を吐く。

 ルイスは不思議そうな顔だが、言われた通り黙っている。口を挟みたそうにそわそわしていた。

 地味に気になる。

「でも、なんで僕なんですか?自分で言うのもなんですけど、怪しいでしょ」

 異世界から来た人間なんて、怪しさの塊だろう。素性も分からないというのに雇おうとするなんて、普通ならしない。少なくとも莉里は。

 それに、募集を掛ければすぐに集まるだろう。ルシャージャの容姿は勿論、頭だって良いのだから。

 ・・・顔目当ては、多少居るだろうけど。

「顔目当ては大抵無能。鈍間は要らないからね」

 嫌そうな顔になるルシャージャ。なんとなく察した。

「君は」

 視線を上げる。青に少しの紫を閉じ込めた不思議な瞳。混ざりそうで、混ざらない。宝石の様なそれが、莉里を見ていた。

「よく働くでしょう」

「え、なんでですか。違うかもしれませんよ」

 全てを見透かしている様なそれに、ちょっとの反抗心が芽生える。

「働かないの?」

「いや、働きますけど・・・」

 やるからにはちゃんとする。

「なら」

 いいよと、ルシャージャは微笑んだ。

 この人には勝てそうにない。

 久し振りだった。莉里を言い負かせる様な、自分よりも自頭が良いだろう人に会ったのは。


「すぐに答えを出せとは言わないよ。明日また聞こう」

「短過ぎるだろ」

 耐え切れなくなったのか、ルイスが口を挟んだ。

「へえ、ルイスにしては持った方だね」

「失礼な奴だな」

 ルシャージャがルイスを煽るのは癖なのだろうか。

 それにしても――明日、か。

「にしてもルシャージャ。明日は短いって。大事な事なんだから、ちゃんと考える時間を」

「いえ、大丈夫ですよ。ありがとうございます」

 ――ルイスさん。

 意識して微笑むと、ルイスの声が止まる。

「ルシャージャさん。返事って今でもいいですか」

 首を傾げると、彼女は面白そうに目を細めた。

「どうぞ」

「はい。お願いします。僕を雇って下さい」

「オーケー、交渉成立ね。正式な契約は明日にしようか。今日はもう遅い」

 時計に目をやる彼女。針は十一時を指していた。

「はい、分かりました」

「いいのか、坊主。此奴、人使い荒いけど」

「勿論です。やりがいのある仕事大歓迎。それに、これ以上ないくらいの好条件ですし」

 衣食住の保証は大きい。

「お前さんが良いなら、俺はいいけどよ・・・何かあったら俺に言うんだぞ?」

 本当に良い人だと思う。自然と笑いが零れた。

「ありがとうございます」

「忘れんなよ」

「はい。・・・ん、ふぁ」

 笑うルイスを見ていると眠気が襲ってくる。欠伸を噛み殺すと、ルシャージャの方から小さく笑う声が聞こえた。


「今日はここまでにしようか。子供は寝る時間」

「そうだな。んじゃ、明日また来るから」

 ルイスは冷めた紅茶を一気に飲み干し、立ち上がる。

「おやすみ、坊主。ルシャージャ。ちゃんと寝ろよ」

 莉里の頭をポンポンと叩き、扉に向かう。

「はい。おやすみなさい、ルイスさん。夜道には気を付けて」

「また明日、ルイス」

 片手を上げ、ルイスは事務所を出て行った。

 冷えてしまったカップを手に取り、中を覗き込む。半透明の赤色。ストレートティーか。

「温める?あと、砂糖とミルク、使っていいよ」

 黒い手袋の指先が示したのは、ミルクピッチャーとスティックシュガー。

「あ、ありがとうございます。お願いしてもいいですか」

 有難く、甘えさせて貰おう。

「カップ、机に置いて」

 言われるままに従うと、ルシャージャの指がカップに向けられる。

 紅茶から――湯気が上った。

「わ・・・」

「どうぞ」

「あ、どうも」

 手に取ると、間違いなく紅茶から湯気が出ている。

 今のはまるで、

「魔法みたい」

「魔法だからね」

「そっか。魔法だから・・・え、魔法?」

 ルシャージャに目を向けると、当たり前だという顔をしていた。

「あの、ルシャージャさん。もしかしてなんですが、この世界って魔法が在るんですか?」

「在るけれど、黒沢君のところには無かったの?」

「はい。空想上の物でした」

「そう。冷めないうちに飲んだら?」

「そうですね。いただきます」

 ミルクと砂糖を入れ、軽く混ぜる。

 口を付けると、飲みやすかった。

「ん、美味しい」

 ミルクを入れたのもあるだろうけど、元々苦みが強くない物なのだろう。砂糖の甘さもちょうどよかった。

「紅茶、初めて飲みました」

「そうなんだ。此方だと一般的だけど」

 矢張り、西洋なのだろうか。まあ、名前とか色々と海外だしな・・・。

 というか、あれ。何で言葉が通じているんだろうか。

 今更だが、ルシャージャの容姿で日本語を話される違和感が酷過ぎる。


「あの」

「何、どうしたの黒沢君」

「やっぱり、箒で飛ぶんですか?」

「飛ぶって、どういう?なんで箒?」

「いや、魔法が在るって言ってたし・・・空は飛ばないんですか?」

「そっちじゃなくて、なんで箒なの」

「空を飛ぶといえば箒かなって。・・・違うんですか?」

「うん。一々箒を用意するというのは面倒だろう。それに、空を飛ぶメリットも特に感じないね。歩いた方が落下のリスクも無いし魔力を消費する事も無い。なにより、道が舗装されているからね。今の所、空に道を作る程の技術は無い」

「そ、そう、ですか・・・」

 異世界ギャップだ。夢が壊された。

 確かに、わざわざ箒を探すのは手間だけどさ。

 ぽつぽつと会話が続いていく。

 温かい紅茶は、あっという間に飲み終わってしまった。

 体が少しぽかぽかする。とろりと思考が溶けた。

「ん、・・・」

「ふふ、口を開けて」

「はい?」

 どうしたんだろう。

「そのまま」

 ルシャージャは立ち上がり、莉里の前に立つ。黒い手袋が莉里の顔を持ち上げた。

 冷やりとしていて気持ちいい。

 高そうだな、なんて考えていると口に清涼感が。

「歯を磨く前に落ちてしまいそうだから、今日だけね」

 魔法。

「ありがとう、ございます」

 ぼんやりとした頭で礼を言う。

「部屋に案内しよう。ついておいで」

 優しい声に促され、彼女の後ろを追った。



 しんと静まり返った部屋。莉里は、ふかふかしたベッドに腰を掛けていた。

 ルイスが偶に使っているらしいこの部屋は、やや殺風景に感じられたが清潔に保たれている。

 眠気で頭が回らない。

 色々とありすぎて、何から考えればいいのか。

 取り敢えず、莉里は死んでしまったらしい。ルシャージャが自分を返せるか試してくれたのだが、居場所が無いらしく駄目だった。


 自分が死んだ事を自覚しても得に何か思う訳ではなかった。


 こんなもんか、としか思えない。自分は認識していたよりも淡白な人間らしい。家族、友人に会えないというのも、生きているなら・・・死んでるけども、とにかく一生離れない、なんて事はあり得ないし。もう親友と呼べる存在と会えないのは悲しいと言えば悲しい、のか。悲しい・・・というよりかは残念、か。

 我ながらさらっとしてるなと思う。冷たいと言われればそうなのかもしれないけど。案外、死んだ後に意識があると、皆こんなものなのかもしれない。過ぎた事を考えたり、後悔したってそれが変わるわけじゃない。過去は変わらない。変えられない。叶わないから、皆したがるんだ。簡単に叶うなら、誰も態々変えようとはしない。

 変わらないって、ちゃんと解ってる。なら、それでいい。


 ベッドに潜り込んだ。

 枕も柔らかくて掛け布団は軽くて暖かい。

 寝返りを打ち、目を閉じた。



 寝れない。まだ興奮してる。

 何度目かの寝返りを打った。

 あれだけ眠たかったのに、目は冴えている。

 まあそうか。色んな事があったんだし、それに、薬の影響とはいえ眠りまくったからなぁ・・・。

「・・・?」

(なんだろう・・・)

 微かに音がした。出所は・・・窓。

 この部屋を最初に見せてもらった時、その窓の大きさに驚いた。

 そっとベッドから降りて、窓に近付く。

 なんとなく、音を立てないように動いたのは夜だからだろうか。

 カーテンを引くと、そこに居たのはルシャージャだった。

「え、」

 ルシャージャさんと口から零れる。

(でも、なんで・・・)

 ここ、三階だよね?バルコニーとか足場は、無いよね。・・・無いよね?

 下に視線を移すと、彼女は箒に座っていた。

 また、窓が叩かれる。

 慌てて上を向くと、開けるよう口パクで指示された。


 戸惑いつつも窓を開けると、するりと彼女が入って来る。

「あの、ルシャージャさん・・・?」

「矢張り起きていたね」

「あ、なんだか目が冴えちゃって」

「だと思った」

 床に降りた彼女は、くすりと笑う。

「黒沢君、おいで」

「へ?」

 腕を引かれ、そのまま――窓から飛び降りた。


「う、わあぁぁあ!?」

 体が宙に浮く。

「良い反応」

 ルシャージャは楽しそうに莉里を見つめる。

「ちょ、あのぉ!?」

 呑気に話している場合じゃないって。

 腕が強く引かれ、足の間に硬い何かが挟まれる。太めの棒――箒だ。

 風を切る音に、目を強く瞑る。

 頬を何かが撫でた。恐る恐る目を開けると、ルシャージャの背中。そして、白い髪。

「え、あの・・・これ」

「箒で飛んでみたかったんでしょう?残念そうだったから」

 スカートだからか横座りで、体を捻った状態で前を見ている彼女。

 気付かれていたのか。恥ずかしくなり、視線を彷徨わせる。

「ほら、下」

 見てごらんと言うルシャージャの声は、楽しそうで。

「した?・・・わ」

 目が輝く。

 家や街灯の優しい灯りが目に飛び込んできた。範囲からして、相当高い位置を飛んでいるらしい。


「綺麗・・・すごい」

「喜んでもらえたみたいだね」

「っはい!ありがとうございます。本当、綺麗」

「割といいね。これ。2人で飛ぶにはさ」

 楽しそうに笑う。

「まあ、君相手にしか使わないだろうけど。誰だって自分で飛べるから」

 うぐぐ、と唸り声を上げる。

(・・・確かに魔法は使えませんけども)

 皮肉たっぷりだぁ。けど、

「ルシャージャさん」

「何」

「ありがとうございます」

 この人が心配して自分の様子を見にきてくれたのは、本当だから。

「私も楽しんでいるから別に。黒沢君、腕を回して」

「え、腕・・・ですか?」

「振り落とされたいなら別にいいけれど」

「失礼します!」

 一回死んでいるとはいえ、怖い物は怖いし痛い物は痛い。

 莉里の反応に笑うルシャージャ。長い白髪が風に靡いた。



 のんびりと空を飛ぶ。

 涼しい風が、心地いい。

 ルシャージャは人をよく見ていると思う。

「ふ、あ・・・」

「そろそろ戻ろうか」

 今だって。眠くなってきて欠伸を噛み殺した事に、気付いてくれた。

「・・・はい」

 少し、名残惜しいけれど。

 前から呆れたような溜息が聞こえた。

「また」

「?」

 なんだろう。

「乗せて飛んであげるから」

 ほら、やっぱり。


 この人は、優しい。

「部屋に着くまで、寝ないでよ」

「はーい、頑張ります」

 やる気のない莉里の返事に、苦笑した彼女は黙って速度を上げた。



 ***



 別に、自分をお人好しだとは思わない。偽善だと、そう言われればその通りだ。こんな事、唯の自己満足にすぎない。その偽善に、彼を付き合わせているだけ。

 それにしても、気まぐれにした誘いに乗るとは思わなかった。もし、彼が嫌だと言えば無理に引き留めるつもりは無かったが。

 それでも、あまりに従順で将来が心配になる。あの優しさは、この世界には似合わない。

 まあ、その優しさに付け込んでいる私が言う事ではないな。我ながら酷過ぎる矛盾に、ルシャージャは自嘲気味に笑った。


次話は5日20時に投稿。

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