35. 違和感
三人分の足音。キルシャと莉里、二人よりは小さいがルシャージャの物。
不思議な事に、ルイスからは全くと言っていいほど足音がしない。
忍者だったりするのだろうか。無いだろうけど。というか、あってほしくない。イメージが崩れるから。
莉里の少し前を歩くキルシャは、ぴょこぴょこと飛び跳ねている。
疲れないのだろうか。
転ばないよう気に掛けつつ、薄暗い足元を見ながら歩く。
「キルシャ、転ばないように気を付けて」
「ん-」
声を掛けても曖昧な返事。分かっているのかいないのか。
「ルシャージャ」
黙っていたルイスが口を開く。
「この先。突き当りの扉」
変わらない、ルシャージャの落ち着いた声。
「了解」
大人二人の冷静な態度に、安心が浮かんでくる。
この人達なら大丈夫。
小さく笑みを浮かべ、未だ跳ねているキルシャの背を見つめた。
***
「うわあ、広いねぇ」
中へ入ったキルシャが、後ろから声を上げる。
気が抜ける、とルイスは苦笑する。
「キルシャ、こっち。大人しく、ね?」
莉里がキルシャを宥める。
「あ、ごめんなさぁい」
「いや――ルシャージャ」
「はいはい。少年達、此方へ」
一瞬振り返り、二人がルシャージャの許に居るのを確認して前を見据えた。
カツン、足音が響く。
二人分の人影が浮かび上がった。
静かに、構えを取る。
「絶対、離れないで」
背後からルシャージャの声。
「は、はい・・・」
「はあい。おねえさん、ぎゅー」
緊張気味の莉里と、普通なキルシャ。
キルシャが案外マイペースな事に驚きが浮かぶ。
思考を、頭の隅に追いやった。
拳を構え、正面の影に突っ込む。
片方が後ろに回るのが分かった。
どちらもルイスに集中しているのは、ありがたい。
大丈夫だとは思うが、両方の狙いが自分であるというのは気が楽だった。
突き出した拳は、案の定避けられる。
動いた影の腕を掴みながら、腰を落とし屈む。
頭上をナイフが通過した。
銀色のそれが、鈍く光る。
掴んでいる腕を引き、勢いのまま背後に背負い投げた。
ナイフ持ちも勿論避ける。
だが、それでいい。
バチンと派手な音が響き、ルイスが掴んでいる方の男が倒れる。
ルイスには痺れも衝撃も無い。流石だと感じながら動く。
もう一人がそれに気を取られているうちに背後を取り、締め上げた。
滑り落ちたナイフを蹴り、離れた所に飛ばす。
ナイフが壁にぶつかった。
暴れる影が、ルイスの腕を掴む。
(っ、不味い)
体を引こうとしても、強く掴まれていて動けない。
失敗した。
体が浮き、視界が反転する。
背負い投げだ。
舌打ちをし、受け身を取る。その時でも、男の腕を離さない。
「逃がさねえよ」
向こうが体を引こうとするが、遠慮なく力を込めて逃さない。
腕を自分の方へ引張り、体が傾いたタイミングで足払いを掛ける。
支えを無くした影の主を引き、ルシャージャが視認できるようにする。
一瞬視界が真っ白になったが、気にせず影を締め落とした。光を受けた事で、渋い焦げ茶の髪が見えた。まだ年若い――ルイスと同年代だろうか、体格のいい男だった。
ルイスの役目は明白である。ルシャージャが動きやすいように動く、たったそれだけ。
結果的に無力化できれば、それでいいのだから。
気絶を確認し、男から手を離した。
息を吐き、部屋を見回す。
いつの間にか、明るくなっていた。
ルシャージャだろう。照明用の魔法。何度か見た事があった。
「お疲れ様、ルイス」
振り向くと、ルシャージャ達が此方を見ていた。
「おう、ありがとなルシャージャ。助かった」
「すごい、ですね・・・ルイスさん」
呆けたような莉里の顔。
「サンキュ」
隣に視線をずらすと、キルシャがルイスを見つめていた。オッドアイである青と赤の瞳は、きらきらと輝いている。
「かっこいい。おにいさん、ヒーローみたい!」
笑顔で言うキルシャに、自然と笑みが零れた。
「だろ?」
「うん!すごいねぇ」
―ね、リサト君。
笑うと、それ以上の笑顔が返って来る。
「だね。さっきのルイスさん、凄く格好良かったです」
にこにこと笑う子供達に、微笑ましい気持ちが芽生えた。
「怪我は無いね」
男達二人に拘束魔法を掛けたルシャージャが言う。
「当たり前だろ」
冷めたルシャージャの瞳が、ルイスに突き刺さった。
「あれぇ?」
キルシャの不思議そうな声が上がる。
「どうしたの、キルシャ?」
首を傾げるのは莉里。
「んー、あそこぉ」
指を指した先は扉。恐らく外に繋がっているのだろう。
左右色の違う瞳は、じっと扉を見つめている。一瞬、瞳が光っている気がした。
「・・・行こうか」
ルシャージャが言う。
「うん。おねえさん」
「あ、分かりました」
「ああ」
可笑しくもなんともない提案。自然な流れだろうが――ルシャージャらしくない、そう感じた。
扉を開け、外へ出る。風が髪を揺らした。
涼しさが心地良い。
キルシャが自然な足取りでルイスの横をすり抜け、少し進んだところで振り返る。
手の届かない位置。何故かルシャージャは、その行動を止める事無く見つめていた。
「んふふ、おねえさぁん。連れてきてくれて、ありがとねぇ?キルシャ、ここでばいばいなんだぁ」
「・・・矢張りか」
「やっぱりぃ、気づいてたねぇ」
楽しそうに笑うキルシャ。
「キルシャ?ばいばいって、どういう事?」
莉里の瞳が揺れる。
「ん、ありがとぉリサト君。楽しかったぁ」
可愛らしく笑うキルシャ。
そういう事じゃないだろう。
「彼はただの被害者ではなかった。それだけ」
それだけなんだ、と言うルシャージャ。
「ルシャージャお前、何を」
――知っているんだ。
分からない。ルイスには何も分からない。
ルシャージャは、何を知っている。何が、見えている。
「それ、どういう・・・」
事なんですか、莉里の声は震えていた。
「おねえさんの言うと―り、だよぉ」
「キル、シャ・・・?」
なんで、と莉里の瞳が大きく揺れる。
「あはっ、驚かせちゃったぁ?ごめん、ねぇ?」
くすくすと笑いながら言う。
訳が分からなかった。
ルシャージャからは何も聞いていない。
「おい、ルシャージャ」
説明しろ、言い掛けた言葉が音になる事は無かった。
足音と気配。土を踏む音。
キルシャの傍に影が寄る。月に照らされた藍色の髪と、紺の暗い瞳。
髪色も瞳の色も違うけれど、間違いない。あれは、彼奴は――ルイス達にこの場所を教えた、あの男だ。
男は、変わらずの無表情で口を開いた。
次話は続けて投稿。
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