32. 救世主
明らか熱いだろうそれが迫って来る。
キルシャを抱き締める。小さな頭を自分の胸元に押し付けて。
こんな物、見なくていいから。
心臓が早鐘を打つ。
怖い。恐怖で身体が強張っていく。
は、と声が零れた。呼吸が浅くなる。
焦げ臭いそれ。
当てられたら、確実に火傷する。
それで済めばいいけど、そんなの分からない。
なんで自分がこんな目に遭わなくちゃいけないの。
だって、今までこんな物とは無縁で。普通の高校生だったのに。
帰して欲しい。もう嫌だ。誰か、助けて――
ドアが開くような音がして――目の前から男が消えた。
腕に衝撃が走る。硬い物。
「いっ、あ”!?」
痛い。熱い。火傷の時の、腕に独特の痛みがあった。
じんじんと体に響く。空気が触れて痛い。
何が起きたのか分からない。
反射的に、キルシャを強く抱き締めた。
「リサト君・・・?」
くぐもった声。
何故だか安心してしまう。
そうだ。守らなきゃ。キルシャ。
あやすみたいに、背を撫でる。
「――大丈夫か、お前ら」
知らない声。
「へ・・・誰、ですか」
視線の先には、金茶の髪をした男。所々汚れたている服、崩れた髪にずれてる眼鏡。
足元には彼奴が転がっていた。莉里達を連れてきた男。壁に体が付いている。衝撃で気絶している様だ。
乱入者に見覚えは無い。初対面の筈。
「リサト君・・・」
不安そうな声。キルシャの腕に力が込められた。
背を擦り、乱入者を睨む。
此奴を蹴り飛ばしたからって味方だとは限らない。仲間割れの可能性だってあるんだ。
「あー・・・そりゃ警戒するよな」
困ったように頭を掻く男。
どうでもいい事だが、眼鏡は直さないのだろうか。微妙に気になる。
「兵士です。警備課所属の」
(兵士?警備課?・・・まさかの中二病?)
いや真面目なんだろうけど。でも、聞き覚えは無いし・・・本当に異世界とかだったりするのか。
「ほ、んとに・・・?兵士さんなのぉ?」
キルシャの瞳に光が差し込んだ。
「知ってるの、キルシャ?」
腕はまだ痛いけど、できるだけ普通に話す。
「ん」
こくりと頷くキルシャ。さらりと黒髪が揺れる。耳に掛けてやると、小さく笑った。
安心を見せている。味方、なのか。
「あの、なにか証明できる物ってありますか」
キルシャが、安心出来るなら。
「ああ、それなら」
胸元を探る男を注視する。
莉里の視線には気付いてるだろうに、咎める事も無く苦笑だけ見せた。
目当ての物を見つけたのか、屈んで差し出して来る。
おずおずと受け取って、確認した。
所属:警備課
氏名:ルイス・アンダーソン
腕を引かれ、キルシャにも見えるようにする。
「これ、・・・多分、本物だよぉ」
瞳を瞬かせてから呟いた。
「そう、なんだ」
緊張の糸が途切れた気がした。
信じて、いいの。
気が抜ける。へたりと座り込んだ。
「信じてもらえるか?」
「あ、はい・・・。ごめんなさい、えっと」
「ルイス・アンダーソン。ルイスでいいよ・・・って、見たから知ってるわな。疑うのは正しい判断だから、いい事だって」
莉里の手から抜き取られ、からりと笑われる。
良い人、なんだろうな。性格がよく分かる人。
「遅くなってごめんなあ」
眉を下げて言うルイスに、揃って首を振った。
「ありがとうございます。助けに来てくれて。安心しました」
怖かったし、腕も・・・でも、それはこの人の所為じゃない。責めたって仕方が無いから。
寧ろ感謝するべきだ。
「あ、僕も・・・助けてくれてありがとう、兵士のおにいさん」
――ヒーローみたいだったぁ。
柔らかく笑うキルシャ。
よかった。
安堵が胸に広がる。
「ありがとな」
大きな手が、莉里とキルシャの頭を撫でる。
温かい手。手加減はしているんだろうけど力が強くて、ちょっと雑で・・・安心できる手だった。
お互いぐしゃぐしゃになった髪を見て、キルシャと笑った。
かつん、壁の方から音がした。
キルシャと二人、肩を竦める。
今度は何。
「お、来たか」
ルイスは気にした様子も無く音のした方へ歩く。
仲間とか、ルイスが呼んだのだろうか。
今まで気付かなかったけれど、カーテンがあったらしい。緊張と暗いからだろうな。
窓なんて無いと思ってた。
カーテンを引き、窓を開けたルイス。
彼は横にずれ、人影が窓から滑り込んで来た。
――目を見開く。
腰まで伸びた、綺麗な白髪。気怠げに伏せられた瞳を縁取る、白の長い睫毛。
精巧な人形の様に整った顔立ち。
作り物と言われても信じてしまいそうなくらい、完成されていた。
月明りが彼女を照らし出す。青に少しの紫を閉じ込めたような――摩訶不思議な瞳。
それが、ルイスを捉える。桜色の唇が震え、息が零れた。
え、明らかに溜息だったんだけど。ルイスに向けた物なのだろうけど、本人は気にも留めていない。
「おい、いきなり溜息ってなんだよ。失礼な奴だな」
少しばかり乱暴な口調になるルイス。
(ルイスさん・・・キャラ変わってない?さっきの頼れる大人感はどこ行った)
思わず反目になる。
ほら、キルシャも呆れて――訂正、目を輝かせていた。
入って来た彼女を見つめている。
「凄い、凄いねぇ!リサト君。おねえさん、窓からするって来たよぉ!」
彼女に見惚れている・・・訳ではないらしい。そっちか。
凄い凄いとはしゃぐキルシャに、苦笑が漏れる。楽しそうでなにより。
「ルイス、説明」
此方を気にする様子も無く言う彼女。
割と騒がしいと思うのだが。スルースキル高いな。
「へいへい・・・つっても、言える事は特にねえよ。ああ、これ渡しとく」
ポケットから取り出した物――鈴と藍色の紐を彼女に渡す。
「自分で解いた?」
「勝手に」
「そう」
何の会話なんだ。紐の事か?
鈴を弄んでいた彼女は、ふと此方に目を向けた。
自然と背筋が伸びる。
「それで――何があったのか聞いても?取り敢えずは、此処に着いてからの事」
キルシャと目を合わせた後、莉里は静かに頷いた。
次話は続けて投稿。
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