30. 危うい熱
人を避け、近付いたら隠れ。ルイスはアジトを進んでいた。
慎重に動いているお陰で、今のところ対峙はしていない。何度か危うい場面はあったが。
高い身体能力は勿論の事、己の勘もフル活用しているというのも大きいだろう。
暫く進んで行くと、不自然に人が少ない場所に着いた。
向かって行くと、人が消えた。視界には誰一人として映らない。気配は階段を下りた先に一つ。それだけだ。
この先に進もうか暫し悩む。
「っ、・・・」
鼻に違和感が走った。変な臭い。
甘いのに鼻につく、不快感を与える物。
この臭いは—―春飴歌。偽のアジトで嗅いだ、あの匂いと同じだった。
春飴歌は子供を攫うのに使用した。鼻が麻痺してきていた筈なのに分かる程強い香。
だとすると、この先に――子供達が居る可能性が高い。
ポケットから熱を感じた。
取り出すと、熱の正体は紐に結ばれた小さな鈴。別れる前にルシャージャから渡された物だった。
「これ・・・」
思わず声が漏れた。
さっきまでは何ともなかった筈だ。ルイスの体温が移ったとも思えない。
矢張りただの鈴では無いのだろう。一つ問題があるとすれば・・・鈴について何も聞いていない事。何に反応しているのか、どういう物なのかさっぱり分からない。
一応頭の隅に留めておくとして、一先ずは地下へ向かうとしよう。
音を立てぬよう階段を下りて行くと、人影が目に入った。足を止める。
注視すると、人影の正体――男はルイスに背を向けている。此方に気付いた様子も無い。
見張りだろうか。
大丈夫だ。新しく人が近付いてきていればルイスなら気付ける。
男がいつ振り向くか分からない。
一呼吸置き、地面を蹴った。
微かに音が立ったが、そのままの勢いで距離を詰める。
振り向きかけた首に腕を回し、一気に締め上げた。
呻き声が上がるが、力は緩めない。
ルイスの腕に手が添えられ、引き剥がそうと必死になる男。けれどルイスには敵わない。
抵抗が止まり、腕が垂れた。顔を覗き込み、気絶しているのを確認する。
そこでようやく、力を緩めた。ルイスに凭れ掛かるように倒れてくる。
丁度傍らの木箱に縄が載せられていたので、それで腕を縛っておく。
此奴が縄抜けを習得していたり、仲間が来たら意味の無い行為だが・・・しないよりいい筈だ。
多少きつめに、解くのが面倒な結び方をする。ルシャージャに教わったこれが役に立つとは。
まあこれも、ナイフなんかの刃物で切られてしまえば無駄なんだが。
適当に転がしておきたい衝動を抑え、階段からは見えない位置に運ぶ。
肩を軽く回し、歩き出した。
鉄格子で仕切られた牢が並んでいる。
通路はあまり清潔ではないが、牢の中は割と整えられていた。
三個目の牢に差し掛かった所で、足を止めてしまう。
またあの臭いだ。更に濃くなっている。
特徴的な、春飴歌の臭い。此処に――子供達を入れていたのか。肝心な子供達の姿は無いけれど、それは理解できた。
口内に鉄の味が広がる。
片手をやると、唇を噛み締めていた事に気付いた。完全に無意識だった。
背後から足音がした。土を踏む音。
耳を澄ませ、横にずれる。
ルイスが居たところに振り下ろされた拳。それを掴み、背負い投げた。
地面に叩き付け、そのまま気絶させる。
気配が増えていたのは気付いていた。ルイスを見つければ仕掛けてくる、それは予想はしていたし問題無い。
また、鈴が熱を持った。取り出すと、熱くなっているのは鈴本体。紐部分はひやりとしたまま。どういう仕組みなんだこれは。
鈴が一層熱を放つ。
鈴の紐が――解けた。
藍色の柔らかい紐、それが床に落ちる。
どうすればいいか、理解した。
鈴を握り締め、背後に振り被った。
リン、地下に澄んだ鈴の音が響く。
閃光が辺りに散る。
背後の男、その後ろに回り込み、首に掛けた腕に瞬間的に力を込めた。
直後頭を揺らし、気絶させる。
力の抜けた身体を、牢の中に押し込んだ。
一つ息を吐き、乱れた髪とずれた眼鏡を直す。
直ぐにでも外してしまいたいが、何があるか分からない為に出来ない。
ふと、視界の端で何かが引っ掛かった。
拾い上げると――目を見開く事になった。
破れた白い布の切れ端。恐らく服の物。
それだけならまだ良い。ただそれには――赤黒い染みがあったから。
薄らと鉄が香る。染みの正体は、血。
態々面倒で無意味な偽装をしたという訳で無いのなら、血だろう。
これが—―本物のアジトである証明。
「彼奴は」
ふと声が漏れた。
間延びしている癖に抑揚の無い、無表情の男。
「一体・・・彼奴は」
――何者なんだ。
何故この場所を知っているのか。何故、ルイス達にこの場所を教えたのか。
『これ、持っていて』
『は、なんだこれ?』
半ば押し付けられる様に渡された鈴。不思議な結び方をされた紐。
『多分、役に立つと思うよ?』
『いつ』
『ん-、アジトの証明を見つける直前、かな?』
可笑しそうに、瞳を細めて笑った。
にしても、あの鈴――だけじゃない、これもか。
相も変わらず、頭の良いこって。嫌味なくらいに、な。
ルイスは一人苦笑を漏らした。
まったく、何処まで読んでいるんだか。
まあ、兎も角
――ルシャージャの作戦勝ちだ。
次話は続けて投稿。
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