29. 夜に溶けて
高台に風が吹く。ルシャージャのスカートがふわりと揺れる。
気にした様子も無く、彼女は一点を見つめていた。
魔力探知に一つ、反応が引っ掛かった。条件は消した普通のもので、範囲は狭いけれど。
ルシャージャの背後で反応が止まる。
男の周囲を囲う様に雷を巡らせた。
「あはっ、こんばんわぁ」
ねっとりとした、抑揚の無い声。あの男だ。
「何か」
視線は動かさない。
「冷たいなぁ・・・俺、泣いちゃぁう」
無表情の癖に何を言う。
「邪魔をする気?どうなるか」
そこで初めて、男へ視線を向けた。
「――分かるよね」
雷が一層輝きを放つ。バリバリと雷が音を立てる。
「物騒だなぁ」
結構短期だったりするのぉ、と大袈裟に肩を竦めて見せた。
対するルシャージャの瞳は冷め切っている。
「私はお人好しじゃないからね」
ルイスと違って、ね。
青に少しの紫を閉じ込めた、摩訶不思議な瞳が細められる。
「知ってるよぉ。それくらいさぁ」
「だろうね」
何が面白いのか、くすくすと笑う。ルシャージャの返しで、更に強まった。
無表情のまま。
興味を無くして視線を戻す。それと同時に雷が空気に溶けた。
視覚妨害と消音魔法を使っただけで、魔法自体は解除していない。
男はそれを理解しているのだろう、その場から動く様子は無い。
「此処に来たのはさぁ、君に用があったからなんだよねぇ」
ルシャージャは答えない。
男は気にした様子も無く続けた。
「君に一つ、お願いがあってさぁ」
それが用か。
「聞くとでも」
「さあ、聞くんじゃなあい?」
ふざけた態度。苛立ちが募る。
「前にも言ったけど、所属は奴隷商じゃあないからねぇ?」
――君は特に疑っていなかったけどぉ、一応さぁ。
あからさまに疑っていたのはルイスであり、ルシャージャでは無いから。
「無駄口叩くなら失せて」
奴隷商の者ではないのなら、一刻も早く消え失せて欲しい。邪魔でしかないから。
「あはぁ、分かってるよぉ。じゃあ、早速――」
男が話した事は、ルシャージャに驚きを与える事だった。
予想外という訳ではないけれど。
余計な事を、とルシャージャが舌打ちをするには十分すぎる内容だった。
「で、どうするぅ?断っちゃあう?」
態とらしく首を傾げる。
相も変わらず無表情だが。
「・・・引き受ける」
溜息を吐いた後、渋々言う。
「そ、よかったあ。じゃあお願いねぇ」
男の目が細められた。
よかった、なんて言っていながらその声に感情は無い。
今すぐ止めさせたいけれど、そんな事に労力を使いたくなかった。
弾かれたように男から顔を逸らす。
視線の先は、先程までルシャージャが見ていた場所だった。
「へえ」
声が漏れ、ルシャージャの瞳が細められる。
その美しい顔には、笑みが浮かんでいた。
「綺麗な顔だよねぇ」
盛大に舌打ちをした。
「っていうか、どうしたのぉ?・・・あぁ」
視線を辿った男が、納得したように呟く。
「あはっ、面白くなってきたぁ」
男の口角が、歪に上がる。
気味の悪い笑み。笑みと言えない様な物だけど。
さあ、
「どうなるか」
「さあねぇ」
涼やかな彼女の声と間延びした抑揚の無い声が、夜に溶けた。
次話は続けて投稿。
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