18. 時間稼ぎの効果
駆けた勢いそのままに壊れかけた扉を蹴り飛ばし、自由な片腕で人影を殴りつける。
壁に叩きつけられた影を、さっきの部屋に放る。
ルイス達を窺っていたところを見るにお相手側――奴隷商の構成員だろう。ナイフを持っていたが、さっきルシャージャを狙って投げられたナイフの持ち主ではないだろう。別の方向から投げられたのだし。
「片手って・・・本当に人間?」下から呆れ声がした。
「こんな時でも失礼だなお前」
通常運転過ぎないか。
まあ、暴れないだけましか。暴れるルシャージャを傷付けずに抱えたまま戦う、なんてルイスでも出来ない。
「来るよ」
分かってる。
床に転がった影が窓から差し込んだ光に照らされる。
顔を確認すると、どこか引っ掛かった。
「此奴、どこかで・・・」まじまじと見てみるが、中々思い出せない。「ルシャージャ、分かるか?」
「君の頭どうなってんの?この短時間で忘れるとか」
「いいから。誰なんだ?」
はあ~、とルシャージャは盛大な溜息を吐いた後、口を開いた。
「ルイスを襲った奴等の一人だよ」
「あ!成程。道理で見覚えがあると」
ルシャージャからの視線が突き刺さる。
何か言ってやろうかと口を開くが、立ち上がった男が向かって来た事で閉口する。
首に回ったルシャージャの腕に力がこもる。
「落とさねえっての」
「無理。そこは信用してないから」
前科あるしと言われてしまうと、ルイスは黙るしかない。
突っ込んで来た男を避け、腹に膝を叩き込む。
そのまま全力で押し込むと、男はまた宙を舞った。
「うっわぁ・・・」
おい引くなよ。
「相変わらずの馬鹿力」
「うっせ」
私に向けないでねと言うルシャージャと軽口を叩きつつ、周囲の様子を窺う。
床に叩き付けられた男が動く様子は無い。
気絶しているみたい、とルシャージャが囁いた。
「反応は」
「あるよ。一つが気絶している男でいいと思う」
細かくは見れないんだったか。
「他の反応は?」
「すぐ近く」
(近く・・・か)
気に掛ける事が多く、ルイスに気配まで気にする余裕は無い。
元々ルイスは、複数の事を考えるのは不得手なのだ。
「・・・やろうか?」
ただし、とルシャージャは続ける。
ルイスの苦手な事、それくらいルシャージャも分かってる。
「守り切ってよ?」
――そっちに集中するからさ。
「当たり前だろ」
「じゃあ、お願いね」ルイスの肩の辺りに頭を押し付け、目を閉じた。
一瞬体が強張ったが、すぐに気を取り直す。
さらっと命預けんのか。・・・いつも通りだな?
抱え直し、ナイフが突き刺さっているところまで歩く。
拾われたら堪らない。
「っと」
辿り着く直前で後ろに下がる。
視界をナイフが横切った。
あのまま進んだら当たっていただろう。
背中を汗が伝った。
ルシャージャはピクリとも反応しない。その美貌も相まって、精巧なビスクドールの様だ。
(どこからだ?)
周囲を見回すが、気配は無い。
(魔法で隠蔽している?)
恐らくそうだろう。一度戦った時は気配を消せる程の力量は感じなかった。そして、ルイスでも察知できないとなればそれ以外に考えられない。
だとすると、厄介だ。
ルイスは魔法にあまり明るくない。避ける事は出来るだろうが、迎え撃てる余裕があるかまでは分からない。
だが、そんな事も言っていられないのだ。ルシャージャが見つけるまで、如何にか対応するしかない。
呼吸を整え、ルシャージャを抱え直す。目を細めて視界からの情報量を減らす。耳に意識を向ける。
通常の視界ではルイスに処理しきれない。ルイスが一人なら、考えず感覚で戦えるのならいい。だが、
(集中しろ)
ルシャージャを守り抜け。傷一つ付けるな。
守る存在が居るのなら別だ。
風を切る音がした。背後。・・・右側から。
ルシャージャの頭を胸元に寄せ、左に動く。通り抜けたのはナイフ。先程のナイフ二本よりも小さかったが、投げるようだったのだろう。
飛ばしやすいのは、以前試した時に知っていた。
にしても、
(なんで直接来ない?)
意気地が無いから、とも考えられる。だが、恐らくは・・・
(俺の実力を知ってるのか)
可能性は高い。戦っている様子を見ていたか実際に戦った、それか通達されているか。
一番厄介なのは通達だ。ルイスと対面していなくとも向こうの組織全体に伝わっているというのは、対策されている可能性が高い。
だがまあ、そこら辺はルシャージャが既に考えているだろうし、今ルイスが気にする必要は無い。
「っ」
考えてる場合じゃないな。今ルシャージャの腕には殆ど力が入っていない。避けるにしても、いつものように動いたら振り落としてしまう。
(仕方ねえ・・・)
片腕で抱えていたルシャージャの体を両手で抱え直す。
両手は使えなくなるが、落とすよりはマシだろう。最悪足を使えばいいし。
またナイフが飛んできた。
体を反らして回避する。ルシャージャの髪が首元を擽った。
ぞわぞわする。
にしても、
「・・・不味いな」
相手がどこに居るのか分からない。
どうする。このまま避けてナイフが出尽くすまで待ってもいいが、集中しているルシャージャをあまり揺らすわけにもいかない。それに、近付かれると危険が高まる。
ナイフが飛ぶ。
避けた―――筈だった。動いた先にもナイフが飛んできた。
舌打ちしてその場から大きく後ろに飛んだ。
(行動が読まれ始めた・・・)
ルイスが得意なのは短期決戦。長期戦は頭を使うから苦手なのだ。
次はどこから―――
「上飛んで」耳元で声がした。
咄嗟に従う。
今の声は、
「ルシャージャ、終わったのか・・・」
安堵の息が漏れる。
ルシャージャの顔が上がりルイスを向く。青に少しの紫を閉じ込めた宝石が、きらりと光った。
「時間稼ぎどうもありがとう」その顔には、いつもの勝気な笑みが浮かんでいた。
「言い方」
「それじゃあ、指示するから。肉体労働よろしく」
「嫌な言い方すんなよ」
それ自体は嫌でもなんでもなく寧ろ好きなのだが、ルシャージャが言うと何か嫌だ。こき使われそうで。
「頼むわ」
「はいはい」
自然と口に笑みが浮かぶ。
「んで、どうだったんだ?」
いつも通り軽口を叩く。邪魔になる緊張なんて要らない。
「全員この辺りに居るよ。隠ぺい魔法使ってて、それの解除に時間が掛かったの」
疲れたと言う声には確かに疲労が滲んでいた。
「何で解除?」
それに、解除だけならそこまで掛からないだろう。
「邪魔になるから。時間掛かったのは、解除の時にちょっとしたギミック仕込んでおいたから」
「何したんだよ」
碌な事じゃねえだろ・・・。
「解除が時間差になる、ってやつ」
「はあ、時間差?」
一体何で。
「解除されたら向こうも分かるでしょ?」
「ああ」
そういうもんだし。
「向こうは君の事を知ってる。それで多分、私の事も知ってる」
――まあ、大した情報は無いだろうけど。
だろうな・・・自分の事口外させないようにしてるし。
「私が魔法に長けているのも知っているだろうね。調べられていなくとも、ルイスを襲った奴等は知っているだろうし」
「そうだろうな」
「私が喋り出したら魔法の行使はお終いだと思う、実際終わりだしね」
すると――どうなるのだろう。
ルシャージャを知っているのなら当然警戒する。
「あ、油断する・・・?」
「そういう事。油断しているところで魔法が解除されたら?」
「混乱する」
そういう事か。
「でも、効果あんのか?」
疑わしい。相手だって馬鹿ではないだろう。
「あるよ。というか、あった」
‘‘あった‘‘・・・?
「これだけ好き勝手に喋っていて反応が無いのが証拠」
「あ・・・」
言われてみれば可笑しい。声もいつも通りの大きさなのに。いつの間にか、ナイフも止んでいる。
立ち止まっているルイス達なんて、格好の的だ。ルシャージャだって、ルイスに抱き上げられているから逃げる事も出来ない。そして、ルイスの背後から攻撃すれば、彼女からも確認できない。
「混乱してるだろうね」
「ああ、解除されたのか」
言われてみれば、気配が分かる。
「そういう事」
成功したからとクスクス笑う。
「こ、のおおぉぉぉ!」
突如背後から声がした。
「うおっ」
ルシャージャを抱く腕に力を込め、横に倒れ込むように動く。
「きゃっ」
驚いて目を瞬かせるルシャージャ。
「わり、大丈夫か?」
倒れ込むぎりぎりで止まっていた体を起こす。
「あ、うん」まだ驚いているようで声が呆けていた。
――ねえ、ルイス。ルシャージャが声を出す。
「今、ナイフが通ったんだけど・・・」
「ああ、ナイフだったのか」
「気付かなかったの?」
意味分かんないと瞳が揺れた。
「おう」頷く。
「じゃあ、どうやって避けたの」
――まだ言ってなくない。ルシャージャの顔が困惑に染まる。
「何で何で何でなんでなんで!避けんだよぉっ!」
振り返ると、さっきまで気絶していた男が頭を掻きむしりヒステリックに叫ぶ。近くにあった物を手当たり次第に投げてくる。
「勘!」動きつつ声を張る。
「勘って・・・脳筋」呆れた様な声が漏れ出た。
うっせえよ。とにかく、
「降ろすぞ」
姿が見えればこっちのものだ。
「殺すなよルイス」服を軽く払いながら言った。
「殺さねえっての」
俺を何だと思ってんだよ。
「だから脳筋でしょ?」
「失礼過ぎねぇ?」
(お前さぁ・・・)
「じゃ、とっとと片付けてくるわ」
「はいはい、よろしく」
適当に返される。
把握できる気配は四、か。早く片付けねえと。一先ず、叫び続けてる奴を落とさねえとな。いい加減耳痛いし。
拳を握り締め、叫ぶ男に向かって行った。
次話は5日20時に投稿。
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