19. 地下での発見
ふうと息を吐く。
ルイスの足元には気絶した4人の男達。
「終わったぞ、ルシャージャ」
五分ほどで全員気絶させた。一応、縛っておくか。また攻撃されたら堪らない。
「・・・ルシャージャ?」
いつもの落ち着いた声がしない。皮肉たっぷりの言葉もだ。
そういえば、いつもなら魔法を放って援護してくれる筈なのに何も無かった。その魔法も、ルイスに当たるぎりぎりの所を狙ってだが。
(どこに行ったんだ?)
周囲を見回すが、彼女の姿はどこにも無い。
ったく、離れんなつったのに。
ルシャージャは魔法に長けているが身体能力はあまり高くない。勿論、体術なんてできない。精々キレのいい蹴りが飛ぶだけだ。距離を詰められたら終わり。
疑似身体強化も、今日は既に使っている。流す量もだが回数でも危険度は変わる。
襲撃の時に限界ギリギリまで流したらしいし、これ以上はルシャージャの身が持たない。体だって、ルイスほど強くない。一般的だ。
(探しに行かねえと・・・)
もし、ルシャージャの身に何かあったら。
この部屋から行けるのは三ヶ所。一つは入ってきた扉。もう一つは最初の男が潜んでいたところ。もう一つは何があるか分からない。
入ってきたところはないだろう。通った部屋は既に調べていたし、外に出る必要性も感じない。
「何挙動不審なの?ルイス」落ち着いた声がした。
出所に視線を向けると、見慣れた色素の薄い美人が目に入った。彼女は男の一人が潜んでいた扉――ルイスが壊したからないが、その側の壁に凭れ掛かるようにして立っていた。
柔らかく腰下まで流れた白髪、青に少しの紫を閉じ込めた宝石の様な瞳。神秘的に光る瞳が、ルイスを映していた。
「ルシャージャ!どこに行ってたんだ」
「ちょっとね・・・縛っておかないの?」
「あ、ああ。すぐにやる」
「いいよ。私がやる」
「おっ、頼むわ。縄探すの面倒だったんだ」
「そう思って向こうを見てきたけど、縄は無かった」
面倒そうにルシャージャは長い指を男達に向ける。
薄らと発光した輪が男達を捕縛した。
「相変わらず便利だなそれ」
「君、本当に・・・」呆れた目が向けられる。
溜息を吐いた後、ルシャージャは男達の側に行く。
「どうした?」
「魔力を付け直すの。薄れてきたから」
「成程」
「終わったよ。じゃあ、進もうか」
「此奴等は」
「置いて行く。邪魔でしょ」
「おっしゃる通りで」肩を竦める。
残っていた扉を開け、奥へと進む。
二人分の足音が廊下に響く。
「・・・にしても」口角が上がる。
きっと今、ルイスの顔はにやけてしているだろう。
「何?気持ち悪いんだけど」
「いや、別にぃ?ただ、さっきの悲鳴・・・」
ルイスの言いたい事を察したらしい、ルシャージャの顔が歪む。
「‘‘きゃあ‘‘って、可愛かったよなぁ」
「ルイス、君さあ・・・」
呆れた様な困った様な声だった。実際、対応に困っているんだろう。
「それを言うなら・・・」
「ん?」
「君だって、固まってたじゃないか」
――私の胸に反応してさ。
「っ、ルシャージャ、おまっ」
気付いてたのか。
そう、探知に集中する前、ルイスに頭を預けた時にルシャージャの胸が当たっていたのだ。
「えっち」じとりとした視線がルイスに突き刺さる。
「・・・悪かった」
「別にいいよ」クスリと笑う。「そういう目で見てないの、知ってるし」
「それでも、だ。そんな場合じゃなかったろ」
ルシャージャがいいと言っても、ルイスにとってはよくない。
あと、ルシャージャに反応するとか何か嫌。
「まあ、ルイスも人間だって事で」
「それでいいのか・・・?」
「いいんだよ」軽い調子で言う。
――私が言ってるんだから。ルシャージャは微笑んだ。
それに、と続ける。
「当分の間揶揄うネタが出来た」
「おいこら」
可笑しいと思った。お前が簡単に許すとか。何かを要求される方がマシかもな・・・。
「此処かな」
足を止める。
ちらりとルイスに視線が向けられた。
気配があるかを問われているのだろう。黙って首を振る。
中からは何の気配も感じない。
「開けるぞ」
前に出て、少しだけ扉を開ける。
気配が無いとはいえ、警戒しない理由にはならない。
中に誰もいない事を確認して、ゆっくりと扉を開けた。
中へ踏み込むが、罠なんかも無さそうだ。
「汚い・・・」
ルイスの肩越しにルシャージャが覗き込む。
するりとルイスの横をすり抜け、部屋を見回す彼女。
「・・・やられた」目を見開き、すぐに眉に皺を寄せる。
「どうした、ルシャージャ」
「ここ、アジトじゃない」
「どういう事だ」ルイスの目が鋭くなる。
「でも、反応は」
ここからなんじゃないのか。
「此処から。それは、間違いないよ」
――魔法で誤魔化されてる感じもしない。口元に手を当てたルシャージャが言う。
「何より、さっきまた襲ってきた彼奴等が証明している」
それはそうだ。ルシャージャが魔力を付けたのは彼奴等なのだから。
「じゃあ」
一体どういう事なんだ、言いかけた言葉を飲み込んだ。分かっていたらルイスに言うだろう。
流石にルシャージャも、この状況でルイスの反応を楽しんだりはしない。
「相手は警戒心が強いみたいだね」
「警戒心?」
「私が魔力を付ける事を予測していた――そうじゃなくとも、何かされるって思った。その可能性が高い」
「そこまでか・・・。いや、そうだな。向こうは警戒してるんだったか」
ルシャージャとの会話で出てきた筈だ。
「うん」
「どうするんだ。当てが外れたが」
「勿論、予想はしてたよ。簡単に尻尾は掴ませてくれないだろうってさ。もしそうだったら、ルイス達がとっくに捕まえている筈だから」
「まあ、俺らも無能じゃねえしな」
脳裏に浮かぶのは、隈を作り徹夜で残って調べる同僚達。鬱病と診断されて毎日進捗を聞きに来る子供達の親類。
ルイス達が何度資料室を引っ繰り返しても、実際に尻尾を掴むことのできる情報は出てこなかった。
「知ってるよ。ルイスの隈、割と濃いし」ルシャージャの細い指が黒い手袋越しにルイスの目元を撫でる。
「あー・・・分かるか?」困ったように視線が泳ぐ。
「せめて、コンシーラーとか使ったら?」
割と隠せるよとルシャージャは言う。
「俺に出来ると思うか?」
「慣れればいけるでしょ。ルイス、不器用ではあるけど全く出来ない事も無いし」
――色とか、今度選んであげるよ。
「解決したら頼む」
今は正直コンシーラーよりも仕事片付けて寝たい。
「はいはい」
「下行こ」
手に冷やりとした布の感触がして、引かれる。
下。ああ、本当だ。部屋の奥、床に扉の様な物がある。一瞬、床下収納かと思ったが大きさ的に違うだろう。
取っ手を掴んだルシャージャが持ち上げる。
「梯子か」
覗き込むと、地下まで梯子が立て掛けられていた。
屈んで梯子に手を伸ばす彼女の手を掴む。特注のぴったりとした手袋は体温を感じさせない。
「ああ、先に下りる?」きょとんとした顔でルイスを見つめる。
「そうする」
ルシャージャが離れたのを確認し、慎重に下りていく。
「暗いな」
地下室にルイスの声が反響する。この感じだと、割と広そうだ。
「灯りある?」
上から少し張った声がした。ルシャージャの長い髪が垂れているのが、影で分かった。
「分かんねえ。ちょっと待ってろ」
目を細め、上からの光が入らない所に視線を向ける。
そろそろ目が慣れてきたな。改めて見回す。
出入口がここなら、近くに灯りを点ける物があると思うんだが・・・。
(ん、これか?)
壁にスイッチの様な物がある。近付いて押し込むと、室内が明るくなった。
眩しさでまた目を細める。
「ルイス」
「なんだ?」
梯子に足を掛け、此方を見ていた。
目が合うと、ルシャージャが手を放して梯子を蹴った。
体が宙を舞った。
「は?」
慌てて手を伸ばし、ルシャージャを抱きとめる。
「な、にしてんだ!」
「面倒だったから。ナイスキャッチ」楽しそうに笑う。
「お前さあ・・・」
溜息が零れる。
「いきなりは止めろよな。心臓に悪いから」
「御免御免」全く反省していない調子で言う。
「埃っぽいね」嫌そうに眉をひそめる。
「あー、だな」
あれ、とルシャージャが声を上げた。
「これ・・・」
何かを見つけたのだろうか。
「ん、どうした?」振り返ると、何かを見つめて固まっているルシャージャが居た。
視線を辿ると、蓋が開いて転がっている小瓶が。
「なんだ、これ?」近付いて、拾い上げる。
「っ、駄目!」さっと顔色を変え、ルイスの許に駆けて来る。
バチンと小気味のいい音が響き、瓶を持つ手に衝撃が走った。
「いっ」手から硬い瓶の感触が消えた。
瓶が宙を舞う。
バリンとガラスが砕ける音がした。破片が床に広がる。じわりと中の液体も床に広がっていく。照明を受けてきらきらと輝くそれに、綺麗だな、なんてどこかズレた感想を覚えた。
つんとするような甘いような、変な臭いが鼻を刺した。
「っ大丈夫、ルイス!?」珍しく必死な顔をしたルシャージャがルイスの肩を掴む。
「え、どうしたんだ?大丈夫って、何が?」
何々どうしたルシャージャ。確かに凄い臭いだけど。
「・・・目眩とか、体調に違和感はある?」
「ねえけど・・・本当にどうした?」
気でも狂ったか。
「馬鹿。能天気」じとりと睨まれる。
ええ、理不尽・・・。
(俺なんかしたか?)
さっきの瓶に何かあるのだろうか。
床に広がった瓶の中身を指ですくう。顔の前に持ってくると、変な臭いが鼻をついた。
人工的な強い甘さにツンと鼻を刺す嫌な臭いが混ざった臭い。凄く不快だ。
「ちょ、何してるの?」ルシャージャの顔が驚きに染まる。
「何って、・・・確認?」
「何で」
「気になったから」
意味が分からない、という顔をするルシャージャ。お前にもあるんだな。ちょっと優越感。
「~~っ、馬鹿」言いたい事が言葉にならないようで唸る。
「お前こういう時いっつも馬鹿って言うよな。語彙力あるのに何で?」
無言で頬を引っ叩かれた。
「ったいな、何すんだよ」
幾らお前が非力でも、痛いもんは痛いんだが。
「分かんないの?」
「何が」
信じられないといった顔をするルシャージャ。
「やっぱり馬鹿」
「理不尽だなおい」
盛大に溜息を吐いたルシャージャは、仕方なさそうに口を開いた。
「さっきの小瓶――」
次話は8日20時に投稿。
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