天華に捧げる竜の歌 6
旧大陸内に数多くある活火山の内のひとつで、ディートヘルは生を受けた。
ディートヘルの一族が暮らしていた活火山は、見上げる火口が常に噴煙を噴き出しているような、過酷な環境だった。赤蜥蜴の皮膚は固く高温にも強かったが、さすがに噴火活動の活発な時期は、洞穴に隠れ、天から降り注ぐ灼熱の炎から、その身を護っていた。
それでもディートヘルの一族がその火山から離れなかったのは、遥か昔から先祖がその火山の中腹で生活を営んできたことと、その火山自体が、ディートヘルの一族にとってある種の信仰の対象となっていたからだ。
ディートヘルの一族は、一族の者が死ぬと火口へその身体を投げ入れ、墓とした。それは、ディートヘルの一族が、ずっと続けてきた営みだ。ディートヘルもいずれ死んだ時には、火山に還り、残された一族を見守っていくことになるはずだった。
ディートヘルの父親は、一族を率いる長だった。長男として生まれたディートヘルも、いずれは父のあとを継ぐことを期待されていた。だが、必ずしも今の長の血統が、次代を継ぐわけではない。その長の子等に長たる資格がなければ、その親族から、あるいはまったく別の者が継ぐこともあった。
長たる資格とは、まずは一族を守れる程に強いこと、そして番がいることだった。
旧大陸の亜人たちのほとんどが、生涯の内、一度は番を手にすることになる。だが中には、一生涯かけて探しても、番には出会えない者もいる。亜人たちのほとんどが過酷な自然環境に身を置くため、互いに出会う前に、相手が死んでいる場合もあるからだ。
あるいはそれとは反対に、一度番を失った後に、再び番を得る者もいる。だがそういった者は稀であり、その上一度目の番に対する想いと、二度目の番に対する想いは、似て非なるものであるとも言われていた。
しかしどこがどのように違うのかは、二度目の番を得た者の少なさからか、あるいは当人が答えることを拒んだが為かはわからないが、少なくともディートヘルは、確実な答えを知っている者に会ったことはない。
とにかく、強さという点においては、ディートヘルに対し文句を付けようなどとという者は皆無だった。
番についても、生まれてから六年程経った頃、ディートヘルはその唯一無二の存在を得ることができた。父親の親友の家に生まれた娘が、ディートヘルの番だったのだ。
親友のところに娘ができたと聞いたディートヘルの父親は、ディートヘルを伴い生まれた赤子に会いにいった。そこでディートヘルは、番を見出したのだ。
花のように甘い香りが与えてくれた、目も眩むほどの幸福。弟が産まれた時よりもなお、深く感じた愛おしさ。
互いの子が番同士と知った父と父の親友は、それは喜んだ。ディートヘルも、そして互いの家族全員がその喜びを分かち合った。
番が生まれた瞬間から、ディートヘルの一家と番の一家は、幸福な時を過ごしてきたのだ。ディートヘルの番に、問題が見つかるまでは。
ディートヘルの番は、とても病弱だったのだ。
長命で、頑健。病気などほとんどしない赤蜥蜴に生まれたというのに、ディートヘルの番は火山の熱波にも耐えられないほどに皮膚が薄く、赤蜥蜴にとっては生まれた瞬間から生涯に渡っての食料である、主食である植物が食べられないほどに、内臓が弱かった。
はじめてその植物を与えた時、番は生死の境を彷徨うことになった。その時は母親が噛み砕き柔らかくしたものを与えていたため、幾分母親の唾液が混じっていたこともあり、番の命を奪うまでには至らなかった。
その植物は、赤蜥蜴以外の種が食せば即座に死に至る程の猛毒を持っていたが、赤蜥蜴の通常の個体ならば、何の問題もなく分解できるものだ。だがディートヘルの番の内臓は、その毒にも耐えられない程弱かったのだ。
ほとんどの者が生まれながらに与えられていた恩恵を、ディートヘルの番は持っていなかった。
だが、ディートヘルの番は、とても美しかった。
赤い鱗を持つ赤蜥蜴だったが、ディートヘルの番は白い鱗を持っていた。これは稀にだが生まれてくる個体であり、特に番の母親の血筋には、多く出る特徴だった。
そして、赤い鱗の代わりに、番は赤い瞳を持っていた。
通常の個体は濃い金色の瞳をしているのだが、ディートヘルの番の瞳は、まるで火山の中心に蠢く、炎のような美しさだった。
それから、甘く、優しい声をしていた。その甘い声で、よく歌を歌っていた。
だが、ディートヘルに呼びかけるその声が一番甘かったと、ディートヘルは記憶している。
その姿も、そしてこれは成長してから知ったことだが、その心根さえも、ディートヘルの番は美しかったのだ。
ディートヘルとその一家、そして番の家族は、病弱な番を何とか生かそうと、様々なことを試みた。
熱に弱い番のために、番の家族とディートヘルは、火山の中腹から麓近くまで下りて暮らした。だが火山の麓は、黒蜥蜴の生息域。赤蜥蜴と黒蜥蜴。子取りの時期以外は交戦のない両者だったが、自らの生息域の近くに孤立した赤蜥蜴がいるとあっては、欲が出るというもの。番と、番の母親が黒蜥蜴に狙われるようになった。
黒蜥蜴の襲来は、ディートヘルと番の父親が退けていた。時々は、長であるディートヘルの父親も、親友に会いに来ると言う名目で、麓へと下りてきていた。
何度か応戦するうちに、黒蜥蜴も、番と、番の母親を狙うことを諦めたらしい。麓へと下りてから一年も経たないうちに、黒蜥蜴の襲来はなくなった。
食料に関する問題も、解決することができた。
赤蜥蜴が主食とする植物だったが、赤蜥蜴は何もその植物のみを食べているわけではない。栄養が豊富だったことも、その植物を食べ続けて来た理由ではあったが、一番手近で、簡単に入手できることから、幾世代にも渡り食べ続けてきたという理由が、大半だった。その植物が食べられないのなら、別の植物を食べれば良いのだ。麓は中腹よりも、生えている植物は多種多様だ。その中で、番の身体を害せず、なおかつそれなりの栄養のある植物は、すぐに見つかった。
だがそれでも、番は内臓自体が弱かったため、それらの植物のみで身体の維持ができるのか、ディートヘルにはそれが心配だった。
だから、ディートヘルは番のために、滋養に良いとされる花を取ってきた。深い、深い崖の中腹に、崖下を見下ろすように生えるという花だった。言い伝えでは、火山の熱波から逃れるため、あえて崖下に川の流れる、風通しの良い場所をその花は選んだのだとされていた。崖下からその花を望む者にとっては、その花は天に咲く花とも言われていた。
それは、番の鱗のように、白く輝く花だった。
番の名は、その花から付けられていた。
だが、その花を崖から採ってくることは、身体能力の高い赤蜥蜴にさえも難しいとされていたのだ。
その花の生える崖は、あまりの急斜面故下から昇ることはできず、かといって、上から降りることも難しとされていた。そのため、その花は鳥族が気まぐれに手折る時以外、入手することができない花だった。
けれど、幸いにもディートヘルは優れた身体能力を有していた。降りることが難しいとされていた崖も、半日かければ花の在処まで辿り着くことができた。その花を、腰に巻いた植物の茎で編んだ紐に括りつけ、半日かけて、また崖を登った。
一輪食せば、十年は寿命が延びると言われていた花だった。その花を、ディートヘルは三日に一度、崖に取りに行った。時折、ディートヘルの事情を知った鳥族の者たちがその花を手折り、ディートヘルに渡してくれることもあった。その時に、のちに鳥族の長となる者と知り合ったのだ。
花を取り続ける日々を五年程続けたところで、番本人からもうやめてほしいと言われてしまった。
自棄になったのではない。もうその花を必要としないほどに、自分は健康になったからだと。
番本人の言う通り、番の身体は、一旦は健康を取り戻した。
それから二十年以上の年月、番の身体を労わりつつも、穏やかに幸せな日々を過ごすことができていた。
ディートヘルと番の運命が変わったのは、番がディートヘルの子を妊娠した時だ。




