天華に捧げる竜の歌 4
銀髪の青年が主であるという執務室に行く前に、一旦名付け子の職場に寄ることになった。名付け子は仕事の途中だというのに、わざわざディートヘルのために時間を取ってくれたのだ。そのことについては当然、申し訳なかったという気持ちを持っている。
そもそもが、友人にも名付け子にも誰にも知らせずの来訪だったのだから、こうなることは必然であったのだ。相手の都合を考えなかったわけではないが、ディートヘル自身、相手の時間が空くまでは、どれだけ待とうとも構わないと思っていたため、こうして無計画で出てきてしまった。
人間の社会で暮らすようになってもう二十年程になるというのに、時間などさほど気にせず生きていた頃の名残が、なかなか抜けきらない。
仕事を中断させたことについてもう一度名付け子に謝れば、「気にしないでください」と、ディートヘルを気遣う答えが返ってきた。
これ以上気にするのは返って名付け子に気を使わせてしまうかもしれないと思い、ディートヘルは気持ちを切り替えることにした。何にせよ、こうして名付け子に無事会えたのだから、今はその喜びを堪能するべきだ。
ディートヘルは名付け子たちの後を歩きながら、警視庁内を見回した。
視界に移る誰も彼もが、何かしらの亜人の特徴を備えている。耳だけ人間とは異なる者。皮膚の一部が人間とは異なる者。顔つき、身体つきなど、人間だか亜人だか判別がつきにくい者が大勢いた。
だがその姿形は、同じ亜人であるディートヘルにとっては、あまり馴染みのないものだった。やはり他種族との交配が進む中で、新大陸に暮らす亜人たちは、旧大陸の亜人たちとは異なる進化の道を進んでいるのだろう。
キョロキョロと物珍し気に周囲を見渡すディートヘルに、名付け子が声をかけてきた。
「もうすぐ売店に着きますよ、ディートヘルさん」
そうディートヘルに告げる名付け子の口調も表情も、気負わず楽し気だ。きっとここでの仕事は、名付け子にとって良い環境なのだろう。
警視庁内にある売店は、友人が経営する商会の支店でもある。本店の方は以前に一度寄ったことがあるので大体のことは把握しているが、こちらは違う。普段名付け子がどういった場所で働いているのか、その一端を見られるとあって、ディートヘルは若干高揚していた。
売店に着くと、そこには二人の美女が待っていた。だが、妙なことに一人は警察隊の制服を着ている。その警察隊員に向かって、名付け子が頭を下げた。
「ありがとうございました、リアーナさん! ごめんね、ミュッテちゃん!」
「いいええ。リアーナさんが手伝ってくれましたので、まったく問題ありませんでしたよ」
金髪の女性が微笑みながらそう言えば、茶髪の女性が「たいしたことはしていません」とわずかに口の端を上げた。
「それと、ラスフィアさん。これから本店の方から代理の者が来るそうですので、今日はもう上がって良いと、受付にオーナーから伝言があったそうです」
「え、そうなんですか? どうしてマルグリットさんが知っているんだろう……?」
オーナーからということは、どうやら外に出ていた友人がドアマンからの伝言を聞き、気を利かせてくれたらしい。首を傾げている名付け子に、ディートヘルは経緯を説明した。
「ここへくる前、マルグリット商会にも寄って来た。マルグリットはちょうどいなかったんだが、ドアマンに伝言を頼んでおいたので、気を利かせてくれたんだろう」
ディートヘルがそう言えば、名付け子が目を大きくした。
「ディートヘルさんとマルグリットさんって、知り合いだったんですか⁉」
どうやら名付け子は、ディートヘルとマルグリットが古い友人だということを知らなかったらしい。
「知らなかったかい? マルグリットと私は、トルロイを交えての古い友人だよ。てっきり知っていると思っていたんだが……。もしかしたら、皆そう思ってわざわざ伝えなかったのかもしれないな」
「……知りませんでした」
名付け子が、何故か気を落としている。その理由がディートヘルには一向にわからないのだが、もしかしたら名付け子は、一人仲間外れになったような気分でいるのかもしれない。
「何にせよ、あと五分もかからず来てくれると思うので、ラスフィアさんはこのまま上がってもらって大丈夫ですよ。あとは任せてください」
「……ありがとう、ミュッテちゃん!」
女性たちの仲の良さげな様子を見たディートヘルは、安堵した。名付け子はこの国で、周囲の人間たちとなかなかに良い関係を築けているようだ。
「エーレン嬢が休暇を取ったということなら、私の執務室へ行くのは取りやめることにしようか?」
青年の提案を聞いた名付け子が、ディートヘルを見上げた。決定は、ディートヘルに任せてくれるらしい。ディートヘルは青年の青い瞳を見つめ、微笑んだ。
「いや。君たちも、私のことは気になるだろう? もしよければ、当初の予定通りこのまま君の執務室へ向かいたいのだが」
ディートヘルの言葉に、青年がわずかに目を見開き、すぐに微笑みを返してきた。
「わかりました。では、このまま執務室へ向かいましょう」
青年の執務室へ入ると、これまた人間姿の亜人の青年が、ディートヘルを見て驚きの表情を見せた。やはり、人間と亜人、双方の姿を取れる存在は、そう珍しくもないのかもしれない。
「ロイ。こちらエーレン嬢の知人の、ディートヘル・サイムズ殿だ」
銀髪の青年からの紹介を受け、茶髪の青年がディートヘルに軽く頭を下げたあと名付け子を見た。僅かに眉を顰めたその表情にどういった感情が含まれているのかは、今日青年に会ったばかりのディートヘルにはわからなかった。
革張りのソファに座るよう促され、ゆっくりと腰を降ろす。するとディートヘルの隣には当然のように名付け子が座り、その姿を見た番の青年が衝撃を受けたような表情のまま、その場に固まった。
通常番が共に居れば番同士でまとまるものなのだが、どうやら人間である名付け子には、その感覚はないらしい。そもそもが、ディートヘルにとっては新大陸における別種を番と見出すその変化にも、驚いていたのではあるが。
女性警察隊員が淹れてくれた茶を一口飲み、ディートヘルは思わず感嘆の声を漏らした。なかなかに、良い茶葉を使っているらしい。
「うむ。素晴らしく美味い茶だ。良い茶葉を使っている。」
ディートヘルが褒めれば、銀髪の青年が「ありがとうございます」と微笑んだ。
「ああ……一応言っておきますと、そのお茶はあくまで個人で購入したものですので、警察全体でその茶葉を使っているわけではありませんよ。それにしても……驚きました。赤蜥蜴の亜人という存在を、私ははじめて見ましたよ。あなたの種は確か、旧大陸においても目にすることがかなり珍しい種族だったはずでは」
ディートヘルの正面に座った銀髪の青年が、まるで珍獣でも見るような目つきでディートヘルを見た。けれどその瞳に、警戒や恐怖の感情は浮かんでいない。その瞳から感じ取れるのは、純粋な好奇心だけだ。
「うむ。その通りだ。何しろ生息域が活火山の中腹なうえ、私の種族自体、あまり生息域の外には出たがらないからね」
活火山の中腹と言ったディートヘルに対し、銀髪の青年以外の誰もが驚いている。けれど、名付け子だけは驚きつつも納得していた。
「活火山……の中腹⁉ 亜人って、そんなところにも住めるんですね……さすが」
だがそんな素直な名付け子に対し、銀髪の青年がその勘違いを訂正した。
「いや、エーレン嬢……。彼の種族である、赤蜥蜴以外は無理だ。そもそも赤蜥蜴は亜人の中でも古代種に分類される種であり、別名竜種とも呼ばれている程に希少、かつ強大な力を有する種なんだよ」




