天華に捧げる竜の歌 3
意識のない亜人の男を伴ったディートヘルが門から敷地内に入った瞬間、その場に居合わせた警察隊員たちの間に、緊張が走るのがわかった。このようにピリピリと張りつめた空気は、ディートヘルにとっては、随分と久しぶりに感じるものだった。
亜人の警察隊はサーベルを、人間の警察隊に及んでは、すでに銃を抜いている。
さすがに血は薄いとはいえ日々犯罪と向き合う警察隊らしく、すぐにディートヘルの実力がわかったらしい。しかも今のディートヘルは、意識のない男を肩に担いでいる。
自分のスーツを駄目にした男を一緒に連れてくれば良い言い訳になると考えたのだが、どうやらそのせいで、警察隊の者たちを不必要に警戒させてしまったらしい。
今からでも引き返そうかとディートヘルが考えていると、一人の勇気ある警察隊の青年が、ディートヘルに話しかけてきた。見ればこの青年は、サーベルも銃も抜いていない。
「……あんた。ここに何の用だ」
見た所外見はただの人間のようだが、おそらく、この場にいるどの警察隊員よりも彼は強いだろう。
そう言えばと、ディートヘルは思い出した。
以前、新大陸の亜人の中には、自らの意思で人間と亜人、双方の姿になれる者がいるらしいと聞いたことがある。そして確か、トルロイから聞いた名付け子を番とした亜人も、そういった亜人の一人だったと記憶していた。
それを聞いた時には、なんとも珍しいものだとディートヘルは思ったのだが、もし目の前の青年もそうだとするならば、そう珍しくもないのかもしれないと考え直した。
「うむ。犯罪者を連れて来た。私のスーツを駄目にした男だ。私から金を巻き上げようとしたらしい。放っておいては他の者が被害に遭うかも知れないと思ったので、こうして……」
ディートヘルは担いでいた亜人の男を肩から降ろし、目の前の警察隊の青年に向けて差し出した。青年は一瞬だけ眉を顰めたが、諦めたように小さく息を吐いてから、ディートヘルからその男を受け取った。ただし、ディートヘルのように肩に担ぐのではなく、小脇に抱えている。
「そりゃ、ご苦労だったな。こいつはこっちで預かるから、あんたはもう帰った方がいい。他の奴らの気が立ってしょうがない」
「ところがそうもいかない。その男はただの土産で、私は警視庁内で働く知人に用があってきたのだ」
「はあ?」
「ここの売店で働く、ラスフィア・エーレンという女性に用があってね」
ディートヘルがそう言った瞬間、青年の放つ気配が変わった。殺気、とまでは言えないまでも、先ほどとは比べ物にならない程に、青年を取り巻く空気が張りつめている。だが青年はそこから即座に攻撃に転じることもなく、注意深くディートヘルの一挙手一投足を観察していた。
青年のその様子を見て、ディートヘルは気が付いた。名付け子の番は警察隊に所属していると、友人は言っていた。となれば、おそらくはディートヘルの目の前にいるこの青年こそが、名付け子の番なのだろうと。
「……何の用だ」
「ただ会いに来ただけだ。私は彼女の父親の友人でね。私の話を信じられないようなら、ディートヘル・サイムズが来たと彼女に伝えてくれ。彼女が来るまで、私はこの場から動かず待っている」
動かずにここで待つというディートヘルの言葉を信じたのか、青年は周囲の警察隊員たちにディートヘルのことを頼んでから、庁舎へと向かい歩き出した。青年から後を頼まれた警察隊員たちはと言えば、若干青い顔をしながらも、ディートヘルに向けた視線を逸らさなかった。
もちろん、手にした銃とサーベルも。
「やれやれ。これでは私が犯罪者のようではないか」
耳の良い亜人たちのことだ、おそらくはディートヘルのその呟きを聞いた者もいたのだろうが――誰一人、その呟きに応える者はいなかった。
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十分程待った頃、先ほどの青年が名付け子を伴い戻って来た。しかし、名付け子以外にも一人、新しい顔が増えている。しかもその人物は、名付け子の番同様、亜人でありながら外見上はただの人間にしか見えない者だった。
まるで背に隠されるように番の青年の後を歩いてきた名付け子が、ディートヘルの姿を認めた途端、笑顔を見せた。
「ディートヘルさん!」
その美しい容貌は友人の妻に似ている名付け子だったが、人懐こさところころと変わる表情は、友人とよく似ていた。
「久しぶりだね、ラスフィア君」
「びっくりしました! 来るって教えてくれれば、休暇を取ったのに……」
「いや。それでは、申し訳ない。それに、あまりにも騒ぎになるようなら、会わずに帰ろうかとも考えていたんだ」
「騒ぎ?」
首を傾げて不思議そうにしている名付け子に対し、亜人の青年たちは皆納得顔だ。
「私は少々、目立つからね」
「確かに、ガルストラでも蜥蜴の亜人は見かけますが、皆青い鱗か緑の鱗がほとんどで、赤は見かけませんね。それに、ディートヘルさん程に完全な亜人姿でもないし……。でも、それで騒ぎになりますか?」
人間故仕方ないにしろ、何もわかっていない名付け子に、番である青年が目立つ理由を教えた。
「色や姿じゃなくて、こいつが強いからだ。さっきこいつが姿を現わした途端、その場にいた奴ら全員、サーベルと銃を抜いたくらいだ」
「ええ⁉ 確かにディートヘルさんは強いですけど……それだけで銃を抜いたんですか⁉」
どうやらディートヘルのために怒ってくれているらしい名付け子に、番の青年が「俺は抜かなかったぞ……!」と慌てたように弁明をしている。番の青年ともう一人の青年が姿を現わした途端、銃とサーベルを降ろした他の警察隊員たちも、どこかバツの悪そうな表情を見せていた。
そんな彼らを尻目に、銀色の髪の青年が口を開いた。
「まあ……エーレン嬢の知り合いということなら、そう構える必要もないだろう。もしよろしければエーレン嬢の休憩時間まで、私の執務室でお過ごしになってはいかがですか」
青年の提案に、名付け子が喜色を顕わにした。
「いいんですか?」
「構わないよ。私も彼に、色々と話を聞きたいことだしね」
どうやらこの青年は、ディートヘルの正体に見当がついているらしい。知っている者もいるだろうとは思っていたが、まさか名付け子の身近にいるとは思いもしなかった。
「それは有難い。ああ……君は」
ディートヘルが問えば、その青年は忌憚のない微笑みを見せた。
「ライナス・マクスウェルといいます。エーレン嬢の友人で、彼女の番の上司ですよ」




