063.運命の恋など信じない/胸騒ぎ
積み荷の下から助け出したライナスは、頭から大量の血を流し、獣化も解けていた。
ライナスを集中治療室へと運び入れたあと、治療のためにリアーナを残し、レイドとロイはすぐに仕事に戻るつもりだった。
「リアーナ。ライナスさんは、絶対目覚める。大丈夫だ」
「ありがとう……」
まだこの班に来て三日目だというのに、ロイはすでにリアーナと打ち解けている。ロイも生真面目なところがあるので、同じく生真面目なリアーナと気が合ったのだろう。
リアーナにライナスのことを託しロイと二人警視庁に戻ろうとしたその時、沿岸警備隊の隊服を着た一人の男が、廊下を走って来た。
その沿岸警備隊の男は、確かルパートと呼ばれていた。特定の相手以外には表情がそう変わらない、ライナスと同類だと思っていた男が、一見してわかるほどにその表情を曇らせて近づいて来る。
「あんた……どうして」
ロイが、ルパートを見て眉を顰めた。
ルパートのお陰で、積み荷に埋もれていた者たちの正確な居場所がわかったのだ。ルパートがいなければ、救出はもっと遅れていた筈だ。
だが感謝はしているが、今この男がここにいることを、不可解に感じた。おそらく、ロイも同じことを思ったのだろう。
積み荷の下敷きになったのは、警察隊だけではない。沿岸警備隊もいる。だが、今は悠長にそいつらを見舞っている場合ではないはずだ。まだ山ほど、事件の後処理があるはずだからだ。
そう思っていたところ、ルパートの口から驚くべき言葉が飛び出して来た。
「ラスフィア・エーレンさんが倒れました。今彼女はこの病院にいます。ギーが付き添っていますが、あなたたちにも知らせたほうがいいと思いまして」
「ラスフィアが倒れた……⁉ どうして……」
ルパートに詰めよれば、「わかりません」と答えが返ってきた。
「私たちと話をしている最中、急に……」
ここでルパートを問い詰めていても、埒があかない。今は何よりもまず、彼女の無事を確かめたい。
逸る気持ちを抑え、ルパートの案内で三人ともに駆けつければ、そこには顔色を真っ青にしてベッドに寝かされているラスフィアがいた。
「おい! 何があった……⁉」
もう一人の沿岸警備隊の男、ギーに迫るも、ルパートと同じように「わかんねーよ」という答えしか返ってこなかった。
「話をしている最中、急に過呼吸を起こして……。まあ、あんな目にあったばかりだ、安心したことで今までの恐怖が一気に来たのかも知れねーが……」
そこでギーは一度言葉を区切り、レイドたちに向かって聞いてきた。
「なあ。このお嬢さん、首都で起きた連続誘拐事件の被害者なんだろ?」
「……ラスフィアから聞いたのか」
「ああ。その時の状況ってどんな具合だ。かなりギリギリだったのか? ……殺されそうになってたとか……」
ギーがその光景でも思い浮かべたのか、表情を歪めている。
だが、あの時のラスフィアは、捕らえられてからそう時間の経たない内に、救出できたはずだ。後の本人からの聴取によっても、それは確認されている。
「いいや。捕らえられてから、そう時間をかけずに助け出せた。薬は飲まされていたが、少量だ」
「……そっか。ああ……あと、その薬のことについても話しとかなきゃな……」
「どういう意味だ?」
ギーの話は、そのままルパートが引き継いだ。
「彼女が言っていたのですが、その時の犯人に薬を売ったのは、おそらく今回逮捕されたデレクではないかと……」
「あの亜人か……⁉」
ラスフィアの腕を掴んでいた亜人の男を思い出し、レイドは顔を歪めた。
「はい。あの男は、同郷の友人に白い猿の亜人がいると言っていました。そして今はガルストラ刑務所に入っているだろうと……。その言葉で、彼女は自分を誘拐しかけた犯人と、デレクの友人が同一人物だと気付いたようです」
「白い……猿」
ぽつりと落とされたリアーナの言葉が、廊下に響いた。
確かに、あの時の犯人は珍しい白猿の亜人。ガルストラ国内で、白い被毛を持つ猿の亜人で、今は刑務所に入っているとなれば、確かにリューンしかいないだろう。
「そ。というわけで、しばらくの間は、またあんたたちとの合同捜査になるかもな。デレクはずっと、貿易船で働いてた。メイウッド貿易会社の船に来る以前もだ。それに、小さいが個人所有の船も持っている。誘拐した人間運ぶには、うってつけの友人だよな。……そんでさ。その話をしている時に、お嬢さんが倒れたんだよ。だから、多分その時のこと思い出したのかと思ってたんだけど……。ちょっと、言ってたことが気になったんだよな」
「言ってたこと?」
急に表情を曇らせたギーに、レイドの胸にも妙な焦りが湧いてきた。
「私、あのまま誘拐されてたらいずれ死ぬ運命だったのにって」
ギーの言葉を聞いた全員が、一瞬言葉を失くした。
最初に言葉を発したのはロイだった。
「は……運命って……。何言ってんだよ、馬鹿らしい。未来でも見えてたってのか?」
馬鹿らしい。
レイドも普段ならば、そう言って相手にしなかったはずだ。けれど、それを言ったのはラスフィアだ。あれだけ事件に巻き込まれている彼女の口からそのような言葉が出てきたことに、妙な真実味を感じてしまう。
ロイの口調も、不穏な空気を掃おうとしているかのようなものだった。
「だよなあ? でもなあ……。言ったお嬢さん自身もなんだか驚いてたのが、無性に気になってさ」
ラスフィアが死ぬ運命。
そんな運命、許せるはずがない。
けれど、さすがに考え過ぎだろうとも思っていた。それは話を出して来たギーも、同じように感じていたらしい。
「まあ……そう危ない状況でもなかったってんなら、やっぱり今までのことが一気に来たのかもしれねーな。そんで、デレクは沿岸警備隊で調べることになるだろうから、白猿はそっちに任せてもいいんだろ?」
ギーの言葉に、レイドは頷いた。
「ああ、これから帰って本人に確認を取る」
「おい……良いのかよ」
ロイが言っているのは、己の番の傍を離れてもいいのかということだろう。
彼女の傍に、付いていたい。確かにその想いはある。だがそれはレイドが望んでいるだけで、レイドがここに残っても、彼女に対し何かをしてやれるわけでもない。
しかもつい先日、ラスフィアには番であることを気にしないでくれと言われたばかりなのだ。もしレイドが己の職務を蔑ろにしてまで彼女の傍にいたとして、それでは彼女の心に余計な負担をかけてしまうだけだろう。
「ライナスがいない今、これは俺の役目だ」
「レイド……私が……」
「お前は怪我をしてるだろーが。まずは治療を優先しろ。じゃなきゃ、あとでライナスに何を言われるか……」
「でも……」
「お前は残って、ライナスとラスフィアに付いててくれ」
レイドがそう言えば、リアーナが一瞬息を呑んだ後、小さく頷いた。
「わかったわ……。でも、ラスフィアさんが目覚めたら、私も一旦仕事に戻るから」
頑として戻ると言って聞かないリアーナに、レイドは溜息を吐いた。しかし、これがリアーナだ。どうせレイドが先ほど言った、ライナスがいない今、という言葉にでも反応したのだろう。
「……好きにしろ」
あとをリアーナに任せることにして、レイドはロイと二人、病院をあとにした。
☩☩☩
首都郊外に建てられた、ガルストラ刑務所。
ロイを連絡係として警視庁に残し、レイドは一人、刑務所へと来ていた。警視庁にリューンを引っ張ってくるよりも、こちらから出向いた方が早かったからだ。
面会希望を出してからしばらく待っていると、筆記具を持った刑務官がやって来て、面会室へと案内された。レイドは面会希望を出した際、刑務官による会話の調書の作成を頼んでいる。後からの言い逃れを防ぐためだ。
レイドが面会室に入るとほぼ同時に、狭い個室の奥の扉から、白い体毛の大柄な男が入って来る。黒い瞳は凪いでいて、その優しそうな容貌は、一見するととても犯罪者には見えない。けれどその瞳の奥を覗いてみれば、光がないことに気付くはずだ。
リューンが席についてすぐ、レイドは切り出した。
「お前、こっちに同郷の友人がいるようだな」
唐突なレイドの問い掛けにも、リューンはちゃんと答えを返した。
「……友人なら沢山いるよ。意外かも知れないけどね」
「ちゃんと話を聞けよ。同郷の友人だ。色々と世話になってるんだろ? 同郷なら気安いし、絆も固いだろうな。お前、今までその友人のこと、一言も喋らなかったしな」
リューンがこれ見よがしに溜息を吐いた。
「……あいつも捕まったのか。ガルストラなら田舎にいるよりも良い商売ができると言っていたが……お互いさんざんだったな」
確かに亜人は人間よりも、享楽的な性質を持つ者が多い。麻薬の売買にしても、おそらく人間を相手にするよりは、良い客になってくれただろう。実際田舎よりも都会の方が、犯罪率は高い。だがその分、犯罪と向き合う警察隊が踏むことになる場数も、田舎とは異なってくる。
「ガルストラの警察隊は、田舎の警察隊とは違うぜ?」
「確かに。法の元で働く警察隊が、あんなに暴力的だとは思わなかったよ」
あの時のレイドは、ラスフィアを助けるためになりふり構っていなかった。警察隊全員が、あのような行動を取るわけではない。だがそれをリューンに言う義理もないため、レイドは黙っていることにした。
そもそもあの時点でリューンはすでに四人の人間を誘拐し、売り払っていたのだ。同情の余地はない。
「そりゃ悪かったな。それより……お前も友人も、どのみち死刑か、良くても一生刑務所の中だ。仮出所も、恩赦もない。もう話してもいいだろ」
レイドがそう促せば、リューンは諦めたように話しはじめた。
やはり誘拐の被害者を眠らせるための薬は、デレクに調達して貰っていたらしい。それだけではなく、誘拐した人間を運ぶ際にも、デレクに頼み、近場なら貿易船の積み荷の中に、遠くならデレク所有の船を使っていたようだ。
「デレクが請け負っていたのは、お前の仕事だけか?」
「さあ。あいつの仕事を、私は関知していない。デレクが捕まったということは、密輸絡みだろう?」
「そうだな」
すでに捕まったデレクの罪状を、リューンに秘密にする意味はないので、レイドは正直に肯定した。
「新しい職場は楽そうだと言っていたが……そのせいで油断したのか」
「悪事はいつかバレるんだよ。それが今だっただけだ」
デレクとリューンの繋がりがはっきりした今、もうレイドがここにいる必要はない。リューンの余罪についての詳細な取り調べは、これから別の班が行うことになる。あとはこの情報を沿岸警備隊に渡せば、ひとまずの区切りはつくだろう。
レイドが刑務官に用は終わったと告げようとした時、リューンが話しかけて来た。
「あいつも君が捕まえたのか? そうでなければ、デレクが俺のことをわざわざ言うわけがない」
「俺じゃない。捕まえたのは沿岸警備隊だ」
レイドもデレクを捕えた現場にいたが、実際にデレクを捕まえたのはギーとルパートだ。嘘は言っていない。
「……そうか」
友人に売られたとでも思ったのか、リューンの表情が暗く陰った。だがすぐに気持ちを切り替えたらしく、レイドの目をしっかりと見つめ、忠告らしきことを言ってきた。
「あまりあいつを、侮らない方が良い。あれでも獅子だ。それに……追い詰められた獣は、何をするかわからない。君も狩る側なら知っているはずだ」
最後に虚勢を張ったつもりなのか、本当にこちらに対しての忠告だったのか。
去り際に言われたリューンの言葉に、何故か胸騒ぎを覚えた。




