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運命なんて信じない~小説の世界へ転生したら、ヒロインのお相手(ヒーロー)の番でした~  作者: 星河雷雨
第五章 運命の恋は掌の中に

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061.運命の恋をしてみたい/見つけた

 

 レイドがラスフィアを探しに行ったあと、ロイが目覚ましい活躍を見せてくれた。


 レイドはロイの能力に関し「同等は言い過ぎ」と言っていたが、「番」との仲が概ね良好なせいか、今のロイはなかなかに調子が良い。あるいは、ロイもレイドと同じく、意外にもこうして暴れ回る方が性に合っているのかもしれない。


「レイドが抜けても、心配いりませんでしたね」


 リアーナがロイを見ながら、微笑んでいる。ロイは二日前にライナスの班に入ったばかりだったが、リアーナとはすでに打ち解けているようだった。


「ああ。前からロイをこの班に入れたいとは思っていたんだが、レイドとの相性が心配だったからな。先延ばしにしていた」


 だが、お互い番を持つ者同士という接点があったためか、意外にもレイドとロイは上手くやっている。


「そろそろ、全員捕縛できたでしょうか」

「そうだな」


 麻薬密輸に関わっていた者の大半を逮捕したと思ったその時、ライナスは一人の亜人の男が、積み荷の影に隠れるようにして潜んでいることに気が付いた。そしてその男の背後には、長い木材が高い壁に立てかけるようにして積まれている。


 そして男が木材に手をかけようとしたと同時に、ライナスはこれから男が取ろうとしている行動に考えが及んだ。


「――やめろ!」


 だが、気付くのが一瞬遅かった。男が木材を崩したことで、山のように積んであった荷が、すべて崩れてしまったのだ。


 雷のような轟音を立てて崩れる積み荷に、敵味方関係なくその場から離れようとしている。その中で、今まさに崩れ落ちている積み荷に向かい、リアーナが走り出した。見ればリアーナが向かった先には、脚を負傷し、その場から動けずにいる仲間の姿がある。


「リアーナ――!」


 リアーナ目掛けて落ちて来る積み荷を視界に捉えた瞬間、ライナスの中に、とある想いが湧いてきた。


 何があっても、彼女を守らなければならない。

 たとえこの身に変えてでも。


 そんな強烈な想いに囚われて、ライナスは無意識に身体を動かしていた。


 積み荷がすべて崩れ落ちる寸前、ライナスは積み荷とリアーナとの間に何とか身体を滑り込ませることができた。


「……警部」


 小さく弱弱しいものだったが、身体の下から聞こえたリアーナの声に、無事だったかと安堵した。


「……警部。すみません、私のせいで……」

「……君のせいなわけがあるか」


 悪いのは、積み荷を崩したあの男。もっと言えば、密輸に手を出した犯人たちだ。


「でも……私が、逃げ遅れたから……」


 普段気丈なリアーナにしては珍しく、その声には嗚咽が混じっている。


「君は、人命救助を優先させただけだ……。大丈夫。亜人は生命力が強いから、これくらいで死ぬことはない」


 リアーナが助けようとしていた者も亜人だった。運が良ければ、死に至るようなことはないはずだ。


 だが、いくら亜人といえども、限界はある。けれどライナスが潰れれば、連鎖的にリアーナまでもが潰れてしまう。今でさえ、身体に感じる圧力は、相当なものだろう。


 肘を支えにどうにかリアーナとの身体の間に隙間を作り、なんとか衝撃を和らげようと試みる。だがどんどんと雪崩れて来る積み荷に、すぐに身体を支えていることが難しくなってきた。今の状態のままでは、声を上げることさえも難しい。


 積み重なった荷の上からは、大勢の者たちの声が聞こえてくる。何を言っているのかまではよく聞こえなかったが、おそらく、ライナスとリアーナ、リアーナが助けようとしていた者、その他にも下敷きになった者がいるのなら、その者たちに声をかけているのだろう。







 どれほどの時間が経ったのか、数秒のようにも、数時間のようにも思え、一瞬一瞬が、まるで永遠のように感じられた。


 身体中の筋肉が悲鳴を上げ、骨に亀裂の走る音が身体の中で響いた。死ぬまで力を抜く気はなかったが、そろそろ限界が近づいてきている。


 ライナスが救助を諦めそうになった時、馴染みのある声が、近くで聞こえて来た。


「―――ス!」


 ずっと隣にいて、時には背中を任せ、共に戦ってきた友人の声だ。


「ライナス!」


 わずかに視線を動かせば、作られた荷の隙間を器用に潜り抜け、こちらへ向かって来るレイドの姿が見えた。その姿に向かい、ライナスは声をかける。


「……俺よりも、先にリアーナを頼む。体勢を変えれば……荷がまた崩れてしまう」


 今のライナスは肘と膝で、己の体重と、圧し掛かっている荷を支えている状態だ。ライナスが僅かでも体勢を変えれば、今は均衡を保っている積み荷も、また崩れ出すだろう


 ライナスの言葉にレイドが顔を顰めるも、言う通りにライナスの下からリアーナの身体を慎重に引きずり出した。


「……警部、警部」

「……先に行くんだ、リアーナ。……命令だ」


 常に真面目なリアーナが、上司からの命令に唇を引き結ぶも、代わりにその両目からぼろぼろと涙が零れだした。


「……すぐに助ける」


 レイドの絞り出すような声に、口元の動きだけで返事をした。レイドがゆっくりと、慎重に、リアーナを抱えながら荷を登っていく振動が、周囲の荷を媒介として伝わって来る。二人が完全に崩れた荷の外側へ出たと思われた直後、均衡を保っていた荷が再び崩れ出した。


「――!―――!」


 リアーナの叫び声が崩れた荷が立てる音に遮られ、どんどんと小さくなっていく。


 頭に衝撃を受けたことを認識した直後、ライナスの意識はそこで途切れた。




 




 鼻腔をくすぐる甘い香りが、ライナスの意識を覚醒させた


 その香りはいつも近くで嗅いでいた香りだというのに、けれど、今までとは何かが違った。


 知っているのに、知らない香り。その香りの正体をどうしても知りたくて、ライナスは重い瞼を無理やり押し開いた。


 暗闇に慣れたライナスの目に、眩い光とともに、一人の女性の輪郭が映る。


「警部……警部……! マクスウェル警部!」

「……リアーナ?」

「……警部! 良かった。もう、目を覚まさないのかと……」


 どうやらリアーナは、左腕を負傷したらしい。包帯を巻いたその姿を見たライナスの心に、苦いものが込み上げてくる。同時に、自分に縋り泣き崩れるリアーナをみて、これまで感じたことのない愛しさも込み上げてきた。だが、まさかという思いも否定できない。


 花の蜜のような、甘い香り。これまで、嗅いだことのない香り。


 それは、「番」の匂いを感じ取ったレイドが、窓から飛び出す直前に言っていたことだ。


 だが、ライナスとリアーナとが出会ってから、すでに一年近くが経過している。


 ロイは近くで匂いを嗅いだ時に初めて番を認識したと言っていたが、レイドは出会ってすぐ、否、出会う前からその匂いを感じ取り、ラスフィアのことを番だと認識していた。


 二人とも、番を番と認識するのに、そう時間はかかっていない。


 だというのに、何故ライナスはこれほどの時が経過した今になって、リアーナを番であると認識したのか。


「……警部?」


 ただただ、己を見つめ続けるライナスを不審に思ったのだろう、リアーナが眉を顰めている。その瞳には、ライナスを心配する感情が、ありありと浮かんでいた。


 そのリアーナの様子を見て、ライナスはようやく、今はその理由を考えるより大切なことがあると気が付いた。


 ようやく見つけた、ライナスの運命。ライナスには、ロイを見て、レイドを見て、学習したことがある。


 番を見つけた時に、どう行動するべきか。しかもそれが、番を認識できない人間だったとしたら――。


「警部⁉ まだ寝ていてください!」


 慌てて起き上がろうとしたライナスを、リアーナが今にも泣きだしそうな声で制止した。痛みに思わず顔を顰めてしまったことで、余計心配をかけてしまったのだろう。


「いや……大丈夫だ」

 

 先ほどよりもゆっくりと、痛みを堪えながら上体を起こす。それから、こちらを心配そうに見つめるリアーナの瞳を見返し、口を開いた。


「……リアーナ」

「はい……」

「驚かないで聞いてくれ。いや、驚くなというのは、無理があるか……」

「……警部?」


 リアーナが、怪訝そうに眉を顰めている。そんな表情も愛らしいと思いながらも、ライナスは言葉を続けた。


「俺が君と出会ってから、すでに随分と時間が経っている」

「え……はい。私が本部に配属されてくる以前のことも含めると、すでに一年程になるでしょうか」


 リアーナを本部に引き抜いたのは、ライナスだ。用があり地方に出向いた時、偶然リアーナの優秀さを知り、本人と話す機会を得たことで、己の部下にと望んだ。


 思えばその時から、リアーナのことは憎からず思っていたのだろう。


「そうだ。一年近くの間、俺は気付かなかった。自分でも信じられないが、事実なのだから仕方ない。認めるしかない。俺は随分と鈍い奴だったらしい」

「ええと……警部、何を……? あの、大丈夫ですか? もう少し寝ていたほうが……」


 ライナスの言いたいことがわからないのだろう、リアーナが戸惑いの表情を見せている。そんなリアーナを見つめ、ライナスは断言した。


「君は、俺の番だ」

「…………はい?」

「君は俺の番だ、リアーナ」


 リアーナが息を吸い込み、そのまま呼吸を止めた。青緑色の大きな瞳で、ライナスを見つめている。その瞳の美しさに半ば心を奪われながらも、ライナスは続く言葉を紡いだ。


「呆れるだろうか。あるいは……君は怒るかもしれない。番だとわかった途端、君を愛しいと思うなど」


 ライナスがそう言った途端、リアーナの頬に赤味が差した。その表情を見て、少なくとも嫌われてはいないと感じたライナスは、勢いのまま言葉を続けた。


「それでも、リアーナ。悪いが俺はもう、君を手放せない。公私ともにだ」


 ライナスの言葉を聞いたリアーナが、わずかに肩を震わせた。そのリアーナの様子にライナスは小さく笑いを零す。


「安心していい。近くにロイやレイドという手本がいるからな。君に無理強いしたりはしない」


 本当に、ロイはまだしも、まさかレイドを手本にする日が来るとは思いもしなかった。だが二人のお陰で、番を認識できない人間相手に、一番必要なものが何かを知ることができたのだ。


「無理強いはしない……が、君を諦めるつもりもない。だから……」


 一度そこで言葉を区切り、顔を近づける。そしてライナスはリアーナの瞳を見つめながら、囁きを落とした。


「君には、俺を好きになってもらうことにした」

「な……警部⁉」

「何年かかってもいい。いつまででも待つ」


 人間の番を手に入れるために、一番大切なこと。それは忍耐だ。根気強さと言い換えることもできる。粘り強く、相手の心が動くのを待つ。


 それには強引に迫るだけでも、ただ待つだけでも駄目だ。


 ロイのように、むやみやたらに追いかければ、相手は逃げる。レイドのように、臆して番だという事実を知らせなければ、誰かに奪われそうになる。


 事実を告げつつ、相手を追い詰めない。だが、こちらの想いと覚悟は伝えておく。ようは、番相手とはいえ、普通の恋愛と変わらないということだ。真剣に想っていることが相手に伝われば、頑なな気持ちも解れやすくなる。


「だが、必ず君の心を手に入れる。……覚悟していてくれ」


 耳まで朱に染め、両手で顔を覆ってしまったリアーナを見て、その日もそう遠くはないのかもしれないと、ライナスは一人笑いを零した。


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