056.運命の恋をしてみたい/突入前
現場に到着してから、ライナス達は突入するタイミングを見計らい、倉庫の周辺に身を隠していた。今日はライナスも、レイドも、そしてロイも。最初から、亜人としての本来の姿をさらしている。
しかしそう考えた矢先、本来の姿という表現もおかしなものだと、ライナスは自嘲した。それではまるで、普段の姿は誰かを欺くためのものであるかのような言い方ではないかと。
けれど、ライナスたちのように、身体の外見を変化させることのできる亜人は、実は少数なのだ。
亜人たちのほとんどは、身体のどこかに元となった先祖の姿の一部を宿している。身体の一部が、毛で覆われている者。耳と尻尾のみ、あるいはそのどちらかが、人間とは異なる部位として現れている者。全身全てが、祖と同じ姿を取っている者。だがその者たちのすべてが、生まれ持った外見を変化させることは出来ないのだ。
けれどライナスたちのように、一見すると人間と区別のつかない亜人たちは、その限りではない。そしてそういった亜人たちのほとんどが、他の亜人よりも強いことが確認されている。この場合の強さとは、亜人としての能力の高さをも表している。
例えば――ライナスの臭覚やレイドの聴覚は、同じ科の亜人の中でも、群を抜いている。それは同じく、完全な人の姿を取る他の亜人にも当てはまることだった。
「おい、駄犬。足手まといにはなるなよ」
「うるせー! あんたこそ、番に振られたせいでいつもの調子が出ないんじゃないのか?」
「振られてねーよ!」
ライナスでさえ触れずにいたことに堂々と触れにいったロイを見て、二人は意外と良い相棒になるのではないかと感じた。当初と比べ、レイドもロイに対しては本気の殺意を飛ばすことが少なくなっている。
「ロイ。お前は組織犯罪対策課の援護を。俺は沿岸警備隊、レイドは双方の状況を見て動いてくれ」
ライナスの指示に、それぞれレイドが「おう」と、ロイが「はい」と返事をする。
「リアーナは、銃を持って待機。必要なら射撃援護を」
「承知しました」
ライナスは今回、リアーナは置いて来ようと考えていた。だが、当の本人から連れて行って欲しいと頼まれてしまったことと、リアーナの銃の腕は警視庁でも上位であり、助けが必要な場面も出て来るかも知れないと思ったので、本人の希望に沿うことにしたのだ。
「だが俺が逃げろと言ったら、すぐに逃げること。これは命令だ」
「……はい」
若干渋った返事をしたリアーナに、ライナスは苦笑した。
時間が来て、それぞれ必要な配置についた。
麻薬の荷が置いてある倉庫には、これから取引相手が来ることになっている。その取引が成立した瞬間、突入する流れとなっているので、それまでは各自待機となる。
ロイはすでに、組織犯罪対策課の者たちと合流している。ライナスとレイドも、取引場所を監視できる場所に、身を隠すことになった。そして、その場所で嗅ぎ付けた匂いに、ライナスは驚愕することになる。
残っていたのは、この場にそぐわない匂い。それも、よく知った人物のものだった。
慌てて隣にいるレイドを見れば、レイドも驚きに目を丸くしている。
「……何故、ここにいるんだ」
ライナスは倉庫にいる者たちに気付かれないよう、小さく声を出した。
売店にいるはずの彼女の匂いが、なぜ、この場に残っているのか。
だが、今日は誰も売店に顔を出していない。本当に彼女が出勤しているのか、ライナス達は知らないのだ。
この匂いはまだ真新しい。ここ数時間の間に着いた匂いだ。
「……警部、どうしましたか? ……レイド?」
ライナスとレイドの態度が急に変わったことに、不審を抱いたリアーナが問いかけてきた。
ライナスは、この場にラスフィアがいることをリアーナに伝えるべきか迷った。言えば、ラスフィアと親しいリアーナは、彼女を心配するあまり動揺してしまうかもしれないからだ。
だがすでに、一番動揺するであろうレイドがその事実を知ってしまったのだ。こうなったら、リアーナには万が一の時にレイドの補佐に回ってもらうことになるので、事実を伝えないことはこの場合得策ではない。
そう考えたライナスは、リアーナに真実を告げることにした。
「……エーレン嬢がこの場に来ている」
「ラスフィアさんが⁉」
「まったくどうして……。こうも自ら事件に関わって来るんだ、彼女は」
「……やはり、監視を付けておくべきでしたか」
リアーナが、半ば諦めたように呟いた。その意見には、痛い程同意できる。
「レイド。彼女は、メイウッド貿易会社の社長と知り合いだ。知り合いを訪ね、この港へ来ることだってあるかもしれない。だが、ここに彼女の匂いが残っていることが問題だ」
「ああ、わかってる」
この場所は、麻薬の入った荷が積まれている倉庫と近い位置関係にある。その荷に用がなければ、まず来るはずのない場所だ。しかもこれほど匂いが残っているということは、ある程度の時間、彼女はここにいたことになる。
ライナス達がここからあの倉庫を見張っているように、おそらく彼女もまた、ここから倉庫を見張っていたのだろう。
「もし、ここでエーレン嬢が麻薬の入った荷を見つけてしまったのだとしたら……」
ライナスの言葉に、レイドが眉を顰めた。
もしライナスの言葉通り、何らかの用があってこの港へ来たラスフィアが麻薬を見つけてしまったのだとしたら、彼女はおそらく、ライナスたちにその事実を告げようとするはずだ。
彼女にとって、ライナスたち以上に頼れる存在は、警視庁内にはいないと自負している。
今日警視庁にライナスたちはいないが、もし彼女からの報告を残された者たちが聞けば、無線でそのことはライナスたちに伝えられるはずだ。だが、その連絡はまだきていない。
となれば、彼女はまだこの港にいるか、あるいはここから警視庁へと向かっている途中か、すでに警視庁には着いているが、まだライナスたちには連絡がきていない状態かの三択だろう。
そしてその中で一番まずい事態が、まだ彼女がこの港にいることだ。
しかもその場合、彼女の意思で残っているのか、残らなければならない事態に陥っているのかで、状況は変わってくる。
今ライナス達が彼女のために取れる行動は、この港に彼女がいるかどうかを確かめることだ。
「リアーナ。君は元々、もしもの時のための援助要員だ。この港は、これまで沿岸警備隊が見張っていたはず。エーレン嬢がこの港に来ていなかったかどうか、来ていたならすでに帰ったのかどうか、わかる範囲で良いから、監視部隊のところへ行って調べてきてくれ。その際に、まだ彼女がこの港にいることがわかったなら保護を頼む。そして……もし、君一人ではどうにもならない事態になっていた時には、遠慮せずに俺たちに知らせてくれ」
「承知しました」
ライナスの指示を聞いたリアーナが、すぐにその場を離れる姿を確認してから、ライナスは黙ったままのレイドに話しかけた。
「……レイド。この場にはロイがいる。考えたくないことだが、もし、エーレン嬢が事件に巻き込まれていたとしたら、お前は彼女の元へ行け」
「……悪い」
「悪くはない。市民を守るのは、俺たち警察隊の役目だ」
「ああ……」
レイドは平静であろうとしているようだが、内心気が気ではないだろう。このような場所に己の「番」がいるのだ。しかも今は、その身の安全すら疑わしい状況。
どうか、すでに帰ったあとであってくれ。ライナスがそう祈っていると、焦った様子のリアーナが、知らない亜人の男を伴って戻って来た。
「どうした、リアーナ」
「……警部。ラスフィアさんは、この港にいます。しかもこの男が言うには、今は別の倉庫に、手足を縛られ捕らわれていると」
告げるリアーナの表情は蒼褪めている。そしてレイドの顔色は、リアーナを上回っていた。そのレイドが立ち上がる気配を感じたライナスは、レイドが動く寸前、肩に手を置いた。
「待て、レイド。どういうことだ。この男は、沿岸警備隊の者か? 何を知っている」
ライナスは、リアーナが連れてきた亜人の男を見つめた。見るからに軽そうで、とても沿岸警備隊とは思えない。服装も港で働く男たちのものだ。だが、ここへ連れてきたということは、この男はこちらの仲間――恰好を見るに、おそらくは潜入させていたという捜査官なのだろう。
「……ああ~。いやさ、あのお嬢さん間が悪く、坊ちゃん――クリストファー・メイウッドに入れた連絡を受ける前に、この港に来ちゃったみたいでさ。見学が中止になったって教えて、そのまま帰ったと思ってたんだけどなあ。まさか、戻って来て積み降ろしの見学してるとは……。しかも、麻薬の荷まで見つけちゃうし……。普通、あの葉っぱ見てもわかんないっての。そこで俺だけだったらそのまままた帰したんだけど、運の悪いことに本物の従業員に見つかっちゃってさ。仕方ないから、手足縛って大人しくしていてもらうことに……」
男がそこまで言った時、耐えかねたレイドが男の胸倉を掴み上げた。ライナスも今度はレイドを抑えることはしなかった。男のしたことは仕方のないことだと理解できたが、それでも知り合いを無下に扱われたのだ、寛容でいられるはずがない。
「……お前がやったのか」
「……だから! お嬢さんを助けるためだってーの! あの後すぐに仲間に救出するよう頼んだよ!」
男の説明を聞いたレイドが、表情を歪めた。
救出を頼んだと言うのだから、普通なら彼女は救出されているはずだ。だが、これまでの彼女の事件への巻き込まれ方を思い出せば、実際に無事を確認しないことには安心できないレイドの気持ちは、痛い程よくわかる。
「……悪い、ライナス」
「ああ、大丈夫だ。行ってこい。無事な姿を確認するまでは、お前も集中できないだろう。そこの潜入捜査官。案内してやってくれ」
「ええ~……。こいつと一緒に行くの……?」
渋っていた男も、レイドに睨まれた途端、黙り込んだ。




