046.新しい取引相手
「……ごめんなさい」
咄嗟に口を突いて出てきた言葉に、レイドとライナスが驚いている。けれど、ラスフィア自身も驚いていた。驚いていたけれど、納得もしていた。
ラスフィアはレイドに対し、申し訳ないと思っているのだ。
なぜなら、自分という存在はきっと、レイドに対する足枷となっている。重荷となっている。あるいは、ラスフィアがアレンに対してそうだったように、番としての義務のようなものさえ、感じてしまっているのかもしれない。
(何しろ、出会いが誘拐事件だったし……付き離せなかったのかもしれないわ)
もしレイドがすでにリアーナに惹かれていたとしても、番が現れてしまったことで気持ちが揺らぐ結果になってしまっているのだとしたら。否、思っていたよりも優しいレイドが、ラスフィアのことを知ってしまった今、放っておけないと思ってしまっているのだとしたら。
(ものすごく、あり得そう……)
考えて、気持ちが沈んでしまった。
そしてラスフィアの謝罪に対し、レイドが何も言わないことに不安を感じはじめていた矢先、レイドが口を開いた。
「……君が謝ることなんて、何一つない。謝らなきゃならないのは、俺の方だ」
レイドのその言葉に、今度はラスフィアが驚かされた。
「そんな……レイドさんが謝る必要だって、ないですよ! あ、あの……私のことは気にしないでください! 何だったら、忘れて貰っても構いません!」
ラスフィアがそう言い切った途端、レイドと、そして何故かライナスまでもが怯んだような表情をした。よもや番認定された者からそのような言葉が出るとは、思わなかったのかもしれない。
(うーん……確かに、普通気にしないでとか、忘れてくれって言い方はしないか……)
ラスフィアはレイドとリアーナのことを知っているから、先ほどのような言葉が出てきてしまったが、けれどもし、何事もなくアレンに告白の返事をしていた場合でも、きっと先ほどのような言葉は使わなかっただろう。
(でも、他に言いようがないし……)
「……悪かった」
気にしないで欲しいと言ったラスフィアに対し、レイドが申し訳なさそうな、そしてどこか悲しそうな表情で謝って来た。ラスフィアとしては、レイドにそんな表情をさせてしまったことが、やるせない。
けれどラスフィアには、そんなレイドに本当に気にしないで欲しいということと、まず告げるべきだった礼の言葉を告げたあと、もう少し休みたいと言って、半ば強引にその場を締めくくることしか出来なかった。
☩☩☩
クロエに付き添われて無事家まで帰ったラスフィアは、とても夕食を取る気になれず、帰って早々、ベッドに横になった。
(想定外のことが、起こり過ぎる……)
アレンに番だと言われたと思ったら、次にレイドに番と言われた。自分が誰かの番だったことにさえ驚いているというのに、それがレイドだとは思いもしなかった。
けれど、その想定外の事実を除いてしまえば、きっと小説の通り、レイドとリアーナは、これからでも上手くいくはずなのだ。
それこそが正解で、自分だってそれを望んでいるはず。そのはずなのに――。
今のラスフィアは、胸にぽっかりと、穴が開いてしまったかのような虚しさを感じていた。
天上の木目を見上げながら、ラスフィアはもう一度大きな溜息を吐いた。気のせいかとも思ったが、やっぱり胸が、スカスカしている。それと同時に、身体全体が重くて仕方ない。
まるで気力体力ともに、根こそぎ奪われてしまったかのようだった。
(レイドさんに、呪いって言われちゃった……)
レイドには、ラスフィアに聞かせる気はなかったとは思う。そうでなければ、ラスフィアが起きていると知った時、あのような気まずそうな表情はしなかったはずだ。二人はラスフィアが寝ていると思ったから、あの場でつい、立ち話を始めてしまったのだろう。
レイドがそう言いたくなる気持ちはわかる。現実にも番のことを「呪い」と称する者たちがいることを、ラスフィアだって知っていた。
「番」を得た亜人は、本能に抗えなくなるらしいと、そうまことしやかに噂されているのだ。そしてそれはあながち間違いではなかったのだと、レイドのことで思い知った。
レイドは、リアーナと結ばれる運命だ。なのに、本来なら物語の中には登場するはずのなかった「番」が現れてしまったことで、心を乱されている。出会ってからすぐにレイドがラスフィアに優しかったのは、ラスフィアがレイドの「番」だったからだ。
でも、もしかしたら本当は――。
優しくなんて、したくなかったかもしれない。しょうがないから、放っておけなかったのかもしれない。おそらくは、ラスフィアがガルストラに来てしまったせいで、レイドとリアーナの運命を、変えてしまった。ラスフィアはレイドの「番」として、レイドを縛り付けることになってしまったのだ。
まったく、レイドに惹かれていると自覚した途端、これだ。
(私は恋愛に向いていないって、わかってたじゃない……)
ラスフィアが誘拐事件の被害者になってしまったせいで、そのため、事件が早くに解決したことで、ラスフィア自身、二人のお邪魔虫になっている自覚はあった。けれどレイド自身の重荷になっていたなんて、思いもしなかったのだ。
番だという事実を知ったばかりということもあるが、それでも、呪いとまで思っていたレイドの本心に気付けないほど、前世を含め、ラスフィアは恋愛に疎いのだ。
(いえ……ここまで来ると、人の気持ちに疎いってことなのかも……)
商家の娘のくせに、人を見る目はないわ、人の気持ちに疎いわでは、これから随分と苦労しそうだ。
(……気持ちを切り替えましょう。私がレイドさんの「番」だとわかったからには、これからは、もうあまりレイドさんと親しくしない方がいいわ。……売店の仕事も、誰かに変わってもらった方が良いのかもしれない)
ラスフィアが傍に居る限り、きっとレイドは気にしてしまう。もしかしたら、ガルストラから離れることすら、考えなくてはならないのかもしれない。けれど、出て来て一年も経たない内に国へ帰るのは、実家にもマルグリット商会にも申し訳ないし、気が引ける。それに、マルグリット商会で働くことは楽しかった。
だからまずは、売店での仕事を誰かに変わってもらうことから考えた方がいいだろう。売店とは違い、本店での勤務なら、レイドがわざわざ商会に寄ったりしなければ、二人が顔を合わせる機会は大幅に減るはずだ。
(とりあえず……明日、朝一でマルグリットさんに相談してみよう)
番云々のことはできれば隠しておきたいので、マルグリットが配置換えをどうしても納得してくれなかった時までは言わないでおこうと決めた。
☩☩☩
明朝、マルグリットが出勤する時刻を見計らって、ラスフィアはマルグリット商会本店へと顔を出した。マルグリットは常に店にいるわけではないのだが、長期の出張でもない限り、ほぼ毎日開店時間前に店に顔を出すことは確実だからだ。
正面の扉はまだ開いていないので、ラスフィアは裏口に回った。裏口には、商品の入った箱を店内へと運び込んでいる業者の姿があった。その業者に挨拶をして、ラスフィアは店内へと入っていく。
店内の整理と掃除をしている同僚にも挨拶をしてマルグリットがすでに来ていることを確認したラスフィアだったが、そこで想定外のことを言われてしまった。
「え? お客さんが来ているんですか?」
ラスフィアにそれを教えてくれたのは、マルグリット商会に勤め始めて四十年という、古参の従業員であるゴードンだった。白髪頭に丸眼鏡をかけたゴードンは、とても優しそうな風貌をしている。聞くところによると、マルグリットの父親の代から働いているらしい。
「そうみたいだね。店長は、新しい取引相手と言っていたけど……」
(新しい取引相手……)
マルグリット商会は、現在複数の卸会社や貿易会社と契約を結んでいる。マルグリット商会は様々な品物を扱っているため、一社では店で取り扱う商品のすべてを調えることができないからだ。
「相手は結構若い男性だったよ。貴族らしくてね。資本金が潤沢とはいえ、あの歳で新たな貿易会社を立ち上げたっていうんだから、すごいもんだよ」
「へえ……そうなんですね」
仕事に戻っていくゴードンに礼を言いつつ、ラスフィアは考えていた。
(お客さんが来ているのなら、話はまた帰りに寄るか、明日以降ね……)
いつ終えるかわからない話し合いを待っていたのでは、売店の開店時間に遅れてしまう。これは出直した方が良いだろうとラスフィアが考えていると、ちょうど応接室から出来て来たらしいマルグリットと、若い男性の声が聞こえて来た。その柔らかく穏やかな印象を与える声を聞いたラスフィアは、なぜか懐かしい想いに捉われた。
(あれ……? 何だかこの声、聞いたことのあるような……)
マルグリットとともに現れた人物を見て、ラスフィアは目を丸くした。そして同じように、ラスフィアの姿を認めた人物もまた、秀麗な顔に驚愕の表情を浮かべて、ラスフィアを見つめている。
そして一瞬後に微笑んだあと、懐かしそうにラスフィアの名を呼んだ。
「久しぶり、ラスフィアさん」




