045.運命の恋など信じない/呪いⅣ
ep040,041辺りの裏話と、ep046(次話)のレイド視点を先取りです。
ライナスの言う通り、アレンはきっと、本気でラスフィアに惚れていた。
だが、ラスフィアはレイドの番だ。たとえレイドと彼女の仲がどうであろうが、その事実は変えられない。
確かに過去、アレンは見せしめと言われるような状態を晒しはしたが、そんなことはアレンだけが経験しているわけじゃない。力が物を言う亜人の世界では、比較的よくあることだ。
レイドへの復讐だけが、目的ではない。ライナスの言う通り、彼女に惚れていたからこそ、アレンはあのような暴挙に出てしまったのだろう。
「どちらにしろ、お前とレイドは比べるべくもないな。能力も、警察隊としての資質も。お前を採用しなかったことは正しかった。それに、本気とは言ったがお前のエーレン嬢に対する想いは単なる欲だ。それでよく、番などと口にできたものだな」
ライナスのその言葉に、アレンが強く反応した。
「……番は本来そういうものだろう! 子を作るために番う相手だ! 欲そのものだろうが!」
アレンが言い放った直後、レイドはアレンの顔を殴っていた。
力一杯、手加減などまったく考慮せずに。
おそらくは、何か所か顔の骨が折れているだろう。鼻は曲がっており、夥しい量の血が流れている。もし、その血が喉に流れ込めば窒息しかねないのだが、だが床に倒れ伏し意識のないアレンを、レイドだけではなく、ライナスもが助けることなく見下ろしたままだ。
「……まあ、今度は止めるつもりもなかったが。これはエーレン嬢には見せられんな」
――もう、会わせるつもりもないが。
そんな言葉を冷静に口にしているあたり、ライナスもアレンのことはかなり腹に据えかねていたらしい。もともと、アレンが取ったような卑怯な手段は、ライナスのもっとも嫌うところだろう。
そして、ライナスは上に顔が利く。
ライナスの怒りを買った時点で、アレンがこのまま警察隊に残る道は、ほぼ閉ざされたも同然だ。
そもそもが人間の女性を力で組み伏せようとしたアレンを、この警視庁に属するほとんどの者は許さないはずだ。この警視庁内において、警察隊員の名誉と誇りを穢すような行いをした、この愚か者を。
「とりあえず、次、誰かを殴る時は見えない場所にしとけ」
「……わかった」
「俺はこれから、上に掛け合ってくる。これ以上こいつを、視界に入れさせたくないからな」
誰の視界に入れたくないのか。ライナスは明言しなかったが、きっとそこにはラスフィアだけでなく、リアーナも含まれているのだろう。
「そんなにすぐ、刑は確定しないだろ。諸々すっ飛ばす気か?」
今は警視庁内の牢に入れられているアレンだが、これは刑が確定するまでの応急的な処置だ。だが刑が確定するまでには、通常は様々な手続きを踏まなければならない。
「その通り。裏技がある」
そう言って笑うライナスに対し、レイドは裏技の内容を聞かなかった。面倒くさい処理は、ライナスに任せておけば間違いない。昔からそうだった。
取り調べ室から出る時に、ライナスは見張りの者に「処理を頼む」とだけ声をかけていた。
☩☩☩
上との話し合いが済んだライナスが戻って来てから、レイドはライナスと共にラスフィアが運ばれた医療室へと向かった。
「もう済んだのかよ、話し合い」
「警察の不祥事だからな。簡単に話が付いた」
ライナスと会話をしながら、ラスフィアの寝ている部屋の扉の前まで来た時、レイドは足を止めた。中からは、ラスフィアに付いているはずのリアーナの気配がしない。規則正しい呼吸音がするのみだ。
「中にリアーナはいない」
「……本当だな。入れ違ったか。……エーレン嬢は寝ているのか? だったら、俺が寝顔を見るわけにもいかないな」
家族や恋人でもない女性の寝顔を、勝手に見るのは良くない。
ライナスには昔から、そういったレイドにとってはよくわからないマナーに拘るところがある。だが、実際自分が番を得た今となっては、ライナスのその心遣いは有難くもあった。
寝ているラスフィアの顔を、いくら友人だろうと他の男には見せたくない。勝手にもそんなことを思ってしまうのだ。
「お前は……」
それきり言葉を切ったライナスに、レイドは「俺も戻る」と伝えた。
「顔を見ていかないのか?」
「……俺だって、彼女の家族でも恋人でもねえよ」
そう伝えた時のライナスの顔があまりにも不満気だったので、レイドはしぶしぶ戻ると決めた理由を伝えた。最初にライナスに報告を上げた時には、意識的に省いていた話だ。
「彼女が意識を失う前、俺の番だと伝えた。……彼女にというより、周囲に対しての威嚇もあったんだが……」
あの時のラスフィアの表情。顔を青くして、触れている身体からは、微かな震えが伝わって来た。
番と言われ、その男に襲われ、彼女にとっては番など意味がないどころか、今や恐怖の対象になっているのだろう。
「今の彼女は、番なんて言葉、聞きたくもないだろ。……俺の顔すら、見たくないかもしれない」
レイドの言葉を聞き、ライナスが眉を顰めた。
「……お前と奴は違う」
ライナスはそう言うが、レイド自身はそう思っていない。
愛しい。恋しい。
傍に居たい。誰にも渡したくない。
どんどん、本能に推し負けそうになっているのだ。彼女の笑顔を目にするたび、レイドの名を呼ぶ、彼女の声を聞くたびに、腕の中に閉じ込めて、どこかへ攫ってしまいたくなる。
けれど、それでは彼女は、レイドに微笑んではくれないだろう。
だからこそ、これ以上近づけない。
怖くて、距離を縮めることができない。
もし、それを行動に移してしまったら――レイドはアレンと同じになってしまう。ラスフィアの意思を蔑ろにし、己の欲に走ったアレンと。
きっとラスフィアもそれを恐れたから、あのような表情をしたのだろう。
「……彼女にとっては違わない。――っ番なんて、呪いと同じだ」
呪いと同じ。
そう言い放った瞬間、レイドの耳が異常を聞きつけた。
先ほどまで規則正しく行われていたラスフィアの呼吸が、突如止まったのだ。弾かれるように音のした方向を見れば、扉の向こう側で衣擦れの音が聞こえた。
同じく、音に気付いたらしい友人の顔には、らしくない焦りが浮かんでいる。扉を開けると、泣きそうな表情でこちらを見つめているラスフィアがいた。
咄嗟に言葉が出てこなかった。
今の言葉を、聞かれてしまったのだとわかったからだ。
どこから聞いていたのか、どこまでが聞こえたのかはわからない。
「……ごめんなさい」
だが、彼女のその言葉を聞いた時、レイドの中に、諦めにも似た思いが生まれた。
何故、彼女が謝る必要がある。
レイドの「番」という事実を、受け入れられないからか。あるいは、レイドが言っていた、番とは呪いという言葉を、自分の存在に当てはめてしまったのか。
彼女が何に対して謝っているのかはわからない。けれど、これだけはわかっている。
彼女は、何も、悪くない。
「……君が謝ることなんて、何一つない。謝らなきゃならないのは、俺の方だ」
たとえアレンが本気でラスフィアに惚れていたとしても、あのような事態になってしまったのは、レイドに対する復讐心が原因だ。
そんなこと彼女は知らないだろうに、それでも、レイドに気にするなと言う。
自分が番だという事実を、気にするな。さらには、彼女が「番」だという事実を忘れろと。
彼女のその言葉を聞いた瞬間、レイドのみならず、隣にいるライナスまでも、怯んだのがわかった。
やはり、レイドの「番」だという事実を、彼女は受け入れる気はないのだ。
こうなることは、わかっていた。
それでも――。
たとえ避けられても、相手にされなくても、どうしても彼女を諦めることなどできはしない。
ロイの言っていた通りだ。彼女を忘れるなど無理だと、もう嫌と言うほどに理解している。囚われ、傷を負っても、そこから逃げ出そうという気すら起きないのだから、手に負えない。
レイドはもう、見つけてしまった。見つける前には戻れない。
こうなってしまった今、レイドは思う。
――やはり、番なんてものは、呪いと同じだと。




