044.運命の恋など信じない/呪いⅢ
ep039、040当たりの裏話
意識を失ったラスフィアを医務室へと運んだレイドは、その後のラスフィアのことはリアーナに任せ、一旦執務室へと戻ることにした。
リアーナは用事を済ませたあと、ラスフィアを心配して再び治安部に戻って来たらしい。そこで騒ぎを聞きつけ、レイドとロイのすぐあとに、現場に到着したようだ。
「医者は、ただ寝ているだけだと言っていた。きっと寝不足だったところに、衝撃が重なったためのものだろうと」
「そうか……」
ラスフィアの状態を告げれば、ライナスがほっとしたように息を吐いた。けれどすぐに、眉間に深い皺を寄せる。
「それにしても……まさか警視庁内でそんな馬鹿をやる者がいるとは……」
一見するといつもの表情と変わらないが、付き合いの長いレイドには、その表情にかなりの嫌悪が込められていることに、すぐ気付くことができた。
「それで、そのクズ野郎はどうした?」
「俺とリアーナはラスフィアを医務室に連れて行ったから、あとはロイに任せた。亜人の男による、人間の女に対する暴行未遂の現行犯だ。いくら警察隊とはいえ、牢に入れられただろ」
リアーナには、そのままラスフィアの傍に付いていて貰っている。目覚めた時傍に居るのは、きっと女性の方が安心できるだろうと思ったからだ。
「では、そいつのところへ行こうか」
ライナスの言葉に、レイドは無言で頷いた。
☩☩☩
アレンは一人、独房に入れられていた。
床に直接座り込んでいたアレンが、人の気配に気付き、俯けていた顔を上げた。レイドに蹴られたために顔は腫れており、その上たいぶおざなりに拭われたようで、顔中に薄く血の痕がついている。
アレンは気配の正体がライナスとレイドだと認めた途端、二人を睨みつけてきた。だが、あまり目に力が宿っていない。虚勢を張っているだけだと、容易にわかる視線だった。
「レイド。俺が話す」
自分が話すというライナスに、レイドは素直に任せることにした。アレンを前にして、再び怒りが湧いて来るのを感じたからだ。
レイドとライナスが牢内に足を踏み入れると、座っていたアレンが立ち上がり、後ずさった。
「アレン・ハマートン」
ライナスの声に反応し、アレンが身体を震わせる。
「どこかで聞いたことのある名前だと思っていたんだ」
ライナスのその言葉に、アレンが反応した。暗く光を失っていた両の瞳に、何らかの意思が宿ったように見えた。
「特別班を発足した当時、俺はレイドの他に隊員を募っていた。何人か上から推薦されたし、自ら志願してきた者もいた。確か……自ら志願してきた者の中に、お前の名もあったはずだ」
ライナスに言われて、レイドはそんなこともあったなと思い出した。
現在はリアーナを入れて三人の特別班だが、リアーナが来るまではレイドとライナスの二人だけだった。さすがに班と言うには二人では少なすぎると上から言われ、ライナスは当時増員を考えていた。
だが結局ライナスの眼鏡に適う人間が現れず、二人だけの班として発足したのだ。
そもそもこの特別班の発足にしても、当然ながら反対はあったのだ。そこはライナスが上に顔が利いたことと、群を抜いて優秀だったことから、許された面もあった。
「……その時志願してきた者には、レイドに殴打でも蹴りでもいいから、一発入れられたら合格という条件を与えた。結局誰一人達成できなかったわけだが……。まあ志願者は十数人程度だったが、途中で飽きたレイドがそれ以降の志願者の意欲を殺ぐために、本気を出したんだ。その時の相手は不憫だったな。言うなれば、見せしめにされたわけだ」
ここまで言われれば、ようやくレイドにもその時の記憶が蘇ってきた。最初からすべてを覚えていたらしいアレンは、今にもこちらに食らいついてきそうな勢いで、レイドを睨みつけている。
「その見せしめに伸された相手が、確かお前だったな。アレン・ハマートン」
ライナスの言葉に、アレンは無言だ。今度は、無言でライナスを睨んでいる。
「エーレン嬢に手を出したのは、レイドの番だったからか?」
だが、次の質問にははっきりと答えた。
「……そうだよ。あんたの番だったから、手を出したんだ」
あんた、という箇所で再びライナスからレイドに視線を戻したアレンが、レイドを挑発するように言い放った。
また、レイドのせいで、ラスフィアに迷惑をかけてしまった。リンジーのことだって、ラスフィアは何一つ、悪くないというのに。
それでも、実際に手を出したアレンを許すつもりはない。だがアレンを殴ろうとしたレイドは、その行為をライナスに止められた。それにはレイドも一瞬、ライナスに殺気を飛ばしてしまった。
「……おい」
だが、ライナスは別にアレンを守ろうとしたわけではなく、何か考えがあるらしい。ライナスが一瞬だけ、レイドに視線を向けて来たのだ。
ライナスのその行動を自分に味方しているとでも取ったのか、アレンが話を続けた。
「最初は、トレスタ巡査にしようかと思っていたんだ」
アレンのその言葉に、ライナスの眉が顰められた。
それと同時に、纏う気配が変わる。
だがアレンはライナスの変化に気付くことなく、話し続けている。
「人間の女のくせに特別班に入れたのは、きっとあんたに気に入られたからだろうと」
この場合のアレンの言うあんたとは、レイドの事だろう。
だがそれは、とんだ勘違いだ。
リアーナはライナス自身が望み、引き抜いてきた部下だ。レイドとて、今では一応はリアーナの実力を認めているが、当時は特別班に迎える程のものとは思っていなかった。それでも受け入れたのは、リアーナの件に関しては、レイドが何を言っても、ライナスが引かなかったからだ。
「あんたはトレスタ巡査にだけは、名を呼ぶことを許していた。トレスタ巡査が、あんたの特別だと思っていた。けど、あの売店での出来事で間違いに気付いたよ」
売店での出来事とは、レイドがラスフィアを友人だと言って、しつこい男を引き下がらせたことだろう。あの時売店の周囲にアレンの姿は見られなかったが、どこからか見ていたか、人伝にでも聞いたのか。何にせよ、レイドが近づいたことで、ラスフィアを危険に晒してしまった。
「番を他の男に取られたあんたの、顔が見たかった」
たったそれだけのことで、ラスフィアにあのような真似をしたのか。
やはり、一発殴るだけでは気が済まない。
レイドがそう思った矢先、ライナスがアレンに問いかけた。
「それだけか?」
ライナスの言葉を理解しかねたのだろう、アレンが露骨に顔を顰めた。
「他に何があるんだよ……。こいつの番だったから、それだけだ」
「違うな。お前は本気でエーレン嬢に惚れていた」
「……違う」
違うと答えたアレンだったが、その口調はどこか揺れている。
「エーレン嬢に断られると悟り、焦ったんだろう? レイドへの復讐のために近付いたのに、いつの間にか本気になっていたんだ。……いや、違うか。お前は彼女がレイドの番と知る前から、売店に通っていたそうだからな。己が彼女の番と偽ったのは、お前の願望だったのかもな。まあ、それも仕方ない。エーレン嬢は美しい女性だからな。それに気立ても良い。本気だったから、レイドから奪おうなどという、無茶なことを考えついたんだ。レイドに仕返しをするつもりだけだったなら、別の方法だってあったはずだ。お前はエーレン嬢に本気だった、だから――」
「違う――!」
ライナスの言葉を遮るように、アレンが叫ぶ。
「違う! 言っただろ! 番が他の男のものになった時の、こいつの顔が見たかったんだ!」
「自分の職と名誉を失ってまでもか? お前まさか、婦女暴行が罪だと知らないとは言わないよな。仮にも警察隊だ。たとえ本物の番だろうが、そんなことは関係ない。レイドへの復讐を果たしたあと、大人しく刑に服すつもりだったのか? それともまさか、エーレン嬢ならお前の薄汚い行為を許してくれるとでも? いくら彼女が優しいからと言って、その期待は都合が良すぎやしないか? ましてや、お前は彼女を騙していたんだ」
アレンは反論さえしなかったが、二人を睨み続けている。そんなアレンを見据えながら、ライナスがなおも言葉を続けた。
「お前は、彼女の本当の番ではない。お前と彼女の間には、何の絆もない。お前の勝手な、一方通行だ」
ライナスがそう言った瞬間、アレンが更なる怒気をみせた。こちらを睨む目に一段と力が籠り、牙を剥き出しに、威嚇している。
「惚れた女性は、レイドの番だ。さぞ悔しかっただろうな」
アレンを挑発するように、ライナスが笑った。




