043.運命の恋など信じない/呪いⅡ
前話からの続きと、ep037,038,辺りの裏話。
「さすがに女性だ。手は出してないだろうな」
帰って早々確認を取って来たライナスに対し、レイドは「脅しただけだ」と答えた。髪を掴んだくらいは、許容範囲だろう。
まあまあの効果はあったらしく、女はレイドが手を離した途端、泣きながら蒼褪めた顔で走り去っていった。男だったら殴り倒して済んだ話だというのに、相手が女というだけであんなまどろっこしいことをしなくてはならなくなるのだから、面倒この上ない。
「それでいい。今後もエーレン嬢の傍にいられなくなるようなことはするな」
そのようなことは、ライナスに言われなくともわかっている。
レイドが罪を犯せば、状況的にも心情的にも、ラスフィアの傍には居られなくなる。それで彼女の幸せが永遠に約束されるのなら良いが、そうではなく、ただレイドの気が済むというだけのことならば、それは単なる憂さ晴らしだ。
とりあえず、女の方は一応のケリはついた。もしまた何かしようものなら、今度こそは言葉だけでは容赦しない。
あとはアレン・ハマートンについてだが、こちらは女に脅しをかける次いでに、顔を見ておいた。女を呼び出したのは治安部隊の待機室を出てからの事だったので、相手はレイドには気付いていないだろう。
ライナスは名に覚えがあると言っていたが、レイドも盗み見たアレンの顔には、どこか見覚えがあるような気がした。だがやはり、どこで見たのかまでは思い出せなかった。
何故嘘を吐いたのかを含め、直接アレンに問いただすことも出来た。だが、それではラスフィアはレイドの番だと、アレンにはっきりと告げなくてはならなくなる。
脅しをかけて、ラスフィアへの口止めをすることも可能だが、絶対の効力はない。万が一、アレンの口からその事実がラスフィアの耳に入った時のことを考えると、自分でも妙だとは思うのだが、非常に腹立たしく感じてしまう。
それに、ロイの話では、アレンはあの女からラスフィアを守っている。番だと嘘を吐いたことは許せることではないが、彼女を助けられている以上、強引に問いただすことも憚られた。
そしてもし、番など関係なく、ラスフィアがアレンに惹かれているとしたら――。
その可能性を考えると、アレンを問い質すことは、ただラスフィアを奪おうとする者をレイドが排除したいだけなのではないかと、そう思えてしまうのだ。
そして――番だと告げもしない、彼女を特別な相手として求めてもいないレイドに、本当に、アレンを問い質す資格はあるのだろうかと。
アレンにどう対処するべきか、レイドは迷っていた。
☩☩☩
「なんだ……。リアーナは出かけたのか」
用事を終え執務室に戻ると、リアーナがいなかった。
留守を任されたリアーナが席を外す時、律儀なリアーナは必ずライナスの机にメモを置いておく。今回も、ライナスの机にはメモが置いてあった。
その書き置きを手に取った瞬間、ライナスが表情を歪めた。
「……どうやらエーレン嬢を、アレン・ハマートンのところへ送って行ったようだ」
聞いた瞬間、レイドの身体が強張った。
「……参ったな。リアーナにはアレン・ハマートンのことを伝えていなかったからな」
ライナスが額に手を当て、嘆息している。
リアーナには、アレンがラスフィアの番と偽っていることを伝えていない。
そもそも、ラスフィアがレイドの番であることすら、はっきりとは伝えていないのだ。
ただ、伝えていたからと言って、ラスフィアに対しこちらの都合を押し付けるわけにはいかない。アレンに用があるという彼女の行動を、止める事など出来なかっただろう。
けれど、どうにも嫌な予感がする。
「……様子を見て来る」
そう言って、先ほど通ったばかりの扉から出て行くレイドに対し、ライナスは何も言わなかった。
治安部を覗くと、すでにアレンの姿はそこにはなかった。
もちろん、ラスフィアの姿も、ラスフィアを送って行ったリアーナの姿も。
部屋の片隅に、数人の隊員がたむろしている。その中に、先日脅しをかけた女の姿を見つけたレイドは、咄嗟に耳に意識を集中させた。
『おい、リンジー。アレンに何を渡していた』
女に詰め寄っているのは、売店でラスフィアを困らせていた男だ。
『何って? 知らないわよ』
『お前、しらばっくれんなよ! なにか手渡してたろ? わかってんのかよ、あの子レイドの……』
『友人よ。本人がそう言ってたもの』
そうだ。確かにレイドは、女にそう伝えた。
間違ってはいない。
『いいじゃない。アレンが言ってたでしょ? あの子は僕の、番だって』
だが、女は都合の良いところだけを覚えているらしい。
レイドは足音を潜め、ゆっくりと女に近付いた。
女よりも早く男がレイドに気付き、表情を歪ませる。
男が慌てて女に制止をかけようとしたところで、女が得意げに言葉を放った。
「番同士が番うのは、当たり前のことじゃ――」
「確かに、友人だとは言った。だがこうも言ったはずだ。今度友人に手を出したら、女といえども容赦しないと――」
先ほどまでべらべらと男相手に話していた女は、今や一言もなく黙り込んでいる。
「何をした? 二人はどこへ行った」
「おい……! 待てレイド! 手を放――!」
纏わりついてきた男を、レイドは片手で振り払った。遠くに飛ばされた男を見た女の顔色が、赤から青へと変化していく。
「――おい⁉ お前、何してる⁉」
女の顔からレイドの手を引きはがしたのは、ロイだった。ロイはすでに帽子を取っていたが、一緒にいる者たちが帽子を被ったままなので、警邏から戻って来たところらしい。
「……っの馬鹿! 窒息するだろが!」
床に落ちた女を介抱するロイ越しに、レイドは女を問い質した。
「アレン・ハマートンに何を渡した。……答えろ」
女は一瞬身体を大きく震わせた後は、顔中を体液で濡らしながら、はあはあと荒い息を繰り返すだけ。レイドは一度舌打ちをしてから、もう一度女に向かって手を伸ばした。その手が女に届く前に、ロイによって女の身体が遠ざけられる。
「おい! 何したか知らねーが、さっさと答えろ! 殺されるぞ!」
ロイに促された女がようやく、喘ぎながらも言葉を紡ぎはじめた。
「……っあ、あ、ああ鍵……か、鍵をっ……!」
「どこの鍵だ」
「ふ……う、……備品、倉庫。か、解決、済みの」
女の答えを聞いたロイが、顔色を変えた。
「……お前まさか。……くそ! 着いて来い、ファルガス!」
ロイがリンジーを放り出し走り出したと同時に、レイドもその後を追う。女に対し、手加減などするべきではなかったという、後悔を抱きながら。




