042.運命の恋など信じない/呪いⅠ
ep034の裏話
ロイが去った後、ライナスがレイドを見て口を開きかけたのを、レイドは視線で制した。
だが一旦は口を噤んだライナスも、やはり驚きを口にせずにはいられなかったらしい。
「まさかこんなことになるとは……。リアーナの話では、これまでにも番だと言って口説く相手はいたようだが、まさか騙そうとする奴が現れるとはな……」
番をある意味神聖視しているライナスにとって、そんなことは考えもしなかったことに違いない。しかし、ラスフィアと会うまで番などまったく信じていなかったレイドとてそのことに思い至らなかったのだから、ラスフィアを己の番だと嘘を吐いているアレン・ハマートンとは、こちらが思っている以上に狡猾な男なのかも知れない。
「まったく盲点だったな。彼女が人間であることを、利用されたわけか。……これからどうするんだ、レイド」
レイド自身が今すぐにアレン・ハマートンのところへ行き、真意を確かめることも出来る。だが、そうなるとラスフィアがレイドの番だということを、相手に告げなければならなくなる。
黙っているレイドを見て、ライナスが眉を顰めた。
「まだ言わないつもりか? 何故そこまで躊躇する」
問われたレイドはずっと考えていたことを、ライナスに伝えた。
「……俺の番だという事実は、きっと彼女を苦しめる」
「……わからんだろ」
ライナスにも心当たりがあるのか、レイドを擁護する声にも力が籠っていない。
「ロイの言葉を聞いただろ? クロエ・テンプトンと友人になったそうだ。当初に比べたらえらい進歩じゃないか」
「友人ね……俺にも彼女の友人になれって?」
女性の友人など今まで持ったことのないレイドが、ラスフィアの友人に。
確かに、レイドはラスフィア本人の前で、ラスフィアを友人と言っている。そして、ラスフィアもそれを否定していない。否定できる状況ではなかったこともあるだろうが、それでも現状は、ラスフィアはレイドの「友人」宣言を、受け入れていると思っても良いだろう。
けれどそれは、自分がレイドの番であることを、ラスフィアが知らないからだ。
自分を番だと言う相手と友人など、普通は躊躇するものだろう。ライナスも自分の言葉に違和感を覚えたのか、レイドの言葉を聞いた後に渋い表情をした。
「まあ……友人から先へ進めなければ言わずとも変わらんか。……むしろ言わない方が双方のためかもな」
結局、レイドの行動をもどかしく思っているライナスとて、正解などわかっていないのだ。番だと告げればうまくいくものではない。けれど、言わなかったことでこのような事態になってしまっていることも確か。
レイドがラスフィアを己の番だと本人にさえ告げていない現状、誰か他の男が彼女に近付いたとて、本来ならレイドに口を出す資格などない。
もしアレン・ハマートンがただラスフィアに近付いただけならば、レイドの感情は別として、特に問題はなかった。
問題は、アレン・ハマートンがラスフィアを己の番と偽ったことだ。
番を認識できない人間であるラスフィアの気を引くために、あえて番という言葉を使ったのか。あるいは、他に何か企みでもあるのか。
ラスフィアを己の番と偽り近づいたアレン・ハマートンについては、どう対処するべきか決めかねていたが、まずは直接ラスフィアに危害を加えた相手に対しては、するべきことは決まっている。
レイドは一度ゆっくりと息を吐いてから「ちょっと外す」とだけライナスに告げ、部屋を後にした。
☩☩☩
ラスフィアに茶をかけたという女の名を、レイドは覚えていなかった。
おそらく最初から覚える気もなかったのだろうし、その程度の興味しか持っていなかったのだから、ロイから女の名を聞かされても、当然その名に思い当たることもなかった。
容姿の特徴を聞いた時に、そういえばそんな感じだったと、薄ぼんやりと当時のことを思い出したくらいだ。
今、女を目の前にしてようやく、ああ確かにこいつだったと確信がもてた。
しつこく粉をかけてくるのが、鬱陶しいと思っていた。一度相手をすれば気が済むだろうと思って、女の誘いに乗っただけ。それからもしばらくは纏わりつかれたが、いつの間にかいなくなっていた。
今回の事がなければ、名前どころか、存在すら思い出すことはなかっただろう。
「レイド……」
媚びたような、甘さの感じられる声が癇に障った。
しかも女は、レイドを名で呼んでいる。
許した記憶はなかったが、一度は関係を持った女だ、きっと当時の自分は名を呼ぶことを言葉にして許してはいないが、咎めもしなかったのだろう。
許すんじゃなかったと、今更ながら後悔した。
「久しぶりじゃない」
この女は、まだ自分が何をしたのか理解していない。今のレイドが、あの頃のままのレイドだと勘違いしているのだ。
「まさかあなたに呼び出されるなんて……。あの女、あなたの何なのよ」
「友人だと聞いてないか?」
レイドの答えを聞き、女が薄く笑った。
「友人? マクスウェル警部以外にもいたのね。どうやってあなたに取り入ったのかしらね」
「自分を基準に考えるな。俺に取り入ろうとするような人間なら、友人になったりしない」
女の顔が歪む様を、レイドは無感情で眺めていた。
「あなたと私がそういう関係だったと知ったら、あの女はどうすると思う⁉」
「言いたきゃ言えよ。友人だと言っただろうが」
ただの友人なら、友人の過去の女性関係など、気にしない。
そうでなくとも、ラスフィアがレイドを選ぶことはない。嫌われることを怖れていたことは確かだったが、それで彼女が守れるのなら、レイドが嫌われることなどたいしたことでもない。
「ああ……俺も大切なことを言わなきゃな……。今度俺の友人に手を出したら、女といえども容赦しないぞ」
「……友人のために、私に釘を刺しに来たの? 本当に友人?」
女の質問に、レイドは答えなかった。
これ以上この女と一緒にいたら、自分が何をするかわからない。そう思ったレイドが女から離れようとした時、女が叫んだ。
「ちゃんとこっちを見なさいよ! ……何なのよ! 番なんて、呪いだって言ってたくせに!」
今日この女に会った時から、レイドは女と一度も視線を合わせていない。はっきりと視線を合わせてしまったら、きっと怒りを制御できなくなると思ったからだ。
それを、この女は――。
レイドは足を止め、女を振り向き、手を伸ばす。
女の瞳が期待に輝くのを見て、レイドは眉を顰めた。
赤と茶の中間色のような髪を乱暴に掴み力を込めると、瞬間、女が悲鳴を上げた。
「……っ何するのよ!」
叫んだ女の髪をさらに引けば、その途端、レイドの目の前に女の細い喉が晒された。上向いた顔を見下ろせば、女と目が合った。
「……ひっ」
望み通り視線を合わせてやったというのに、女は顔を歪め、小さな悲鳴を上げるばかり。
「友人だって、言ったよな? せっかく見逃してやってたっていうのに……」
レイドの言葉に、女が身体を震わせる。
「……そうだな。お前の言う通り、呪われているかもしれない。今の俺は、いつにも増して正常な判断が出来なくなっている。彼女に怪我をさせたお前を、このまま首の骨をへし折って殺してやりたいと思っているくらいにはな」
レイドがそう言った途端、女の喉の奥でくぐもった音が聞こえた。目の縁が、涙で湿っている。
その怯えようを見たレイドは一瞬だけ、この細い首に歯を立て、さらに恐怖を与えてやりたい衝動に駆られた。
だが、結局それを行動に移すことはしなかった。これ以上女に触れたくなかったことと、まだかろうじて理性は残っていたからだ。
レイドが激情に任せて誰かを傷付ければ、ラスフィアの傍にはいられなくなる。彼女を守ることができなくなる。
「彼女が俺にとってどういう存在だろうが、お前には関係ない。関係ないが……次、彼女に手を出したら、二度と外を歩けない姿にしてやるよ。……うっかり熱湯をかけるのなんて、良いかもな」
しっかりと視線を合わせてから、レイドは女に微笑んだ。
切りが良いので、明日は三話投稿します。




