041.私じゃ無理
「ごめんなさい、ラスフィアさん……」
「リアーナさん?」
何故か急に謝って来たリアーナに、ラスフィアは面食らった。
「クリフ・シャンクリーのことを、言えた義理ではないんです……。私が、アレン・ハマートンの言葉が嘘だと見抜けていれば、貴女がこんな目に遭うことはなかったのに……」
自身を糾弾するかのようなリアーナの言葉に、ラスフィアは驚き否定する。
「そんな……! リアーナさんに気にしていただくことじゃありません!」
(そんなの絶対、リアーナさんのせいじゃないのに……!)
むしろ、あんな人気のない場所までのこのこついて行ったラスフィアが悪い。相手が警察隊の人間だからと、気を抜きすぎていたのだ。
アレンの様子が普段とは違うことに、気付いていたのに。それでも、きっとそんなことをする人ではないと、信じたかったのだろう。仮にもラスフィアのことを、番だというアレンのことを。
ラスフィアは思わず顔を俯け、布団を両手で握りしめていた。
(結局私……番という関係に夢を見ていたのかしら)
アレンの告白を断ろうと思っていたと言うのに、それでも、相手は絶対に自分を傷付けはしないだろうと、高を括っていたのだ。
実際にはアレンは本当の番ではなかったが、それは誰が相手であっても同じことなのかもしれない。亜人にとっての「番」と、人間であるラスフィアにとっての「番」。少なくとも、それはラスフィアが考えているような、単純なものではないのだろう。
(……レイドさんにとっての「番」って、どういう存在なんだろう)
一般的に言われているような、本能によって生み出されたまやかしの相手なのか。あるいは――。
「ラスフィアさん……」
リアーナからの呼びかけに、ラスフィアは顔を上げる。
「以前に言った通り、誰が相手であろうと、たとえレイドであろうと、貴女の気持ちを第一に考えてください」
「リアーナさん……」
「レイドは、アレン・ハマートンとは違います。けれど、一番大切なのは、やはり貴女の気持ちです。貴女は……何度もレイドに助けられている。でもそれを理由に、レイドを受け入れる必要はありません」
「はい……」
ラスフィアを見つめるリアーナの瞳は、真っすぐだ。真剣に、ラスフィアのことを考えてくれているのだとわかる。決して、ラスフィアに対する嫉妬からの言葉などではない。
やはりリアーナは、現時点ではレイドに恋をしていない。
けれど、そんなことは理由にはならないのだ。
(リアーナさんは……正義感溢れる、素敵な人。……私じゃ無理)
平凡で、面白味のない性格。常に冒険よりも、平穏を選んでしまう、事なかれ主義。とてもではないが、リアーナの代わりに、レイドの傍にいることなどできはしない。
そう考えた途端感じた胸の痛みに、ラスフィアは気付かないふりをした。
☩☩☩
リアーナとの話も終わったため、礼を言ってそろそろ帰ろうとしたラスフィアは、けれどこのような状態で一人で家に帰すわけにはいかないと、止められてしまった。
自分が送って行っても良いと言われたが、それではリアーナに迷惑がかかる。すでにかなりの迷惑をかけているので、これ以上は遠慮したい。
そういったわけで、結局ラスフィアはクロエの帰りを待つことになった。クロエとはほとんどいつも一緒に帰っているので、迷惑という程のことにはならないだろうと。
クロエへの伝達は、リアーナが請け負ってくれた。仕事場へ戻る途中に食堂へ寄るだけなので、大した手間ではないと言って。
クロエには仕事終わりにここへ来るように伝えるので、それまではゆっくり寝ていても良いと言われたラスフィアは、リアーナの言葉に甘えることにした。
リアーナが部屋を出たあと、ラスフィアは起こしていた身体を再びベッドに沈めた。だが精神を休めようと目を瞑ってみたが、なかなか眠れない。
考えてもみれば、ぐっすりと昼寝をしたあとのようなものなので、眠れないのも当然だ。仕方がないので、ラスフィアは目を瞑ったままこれからのことを考えることにした。
リアーナには自分の気持ちを第一に考えろと言われてしまったが、それもまた難しい要求だ。
もし自分の気持ちを第一に考えてしまったら、それはリアーナとレイドのこれから進むべき関係を、壊すことにもなりかねないからだ。
(というかもう……こんなことを考えている時点で、気持ちがどっちに傾いているかなんて明白……)
それに、悩むには悩んでいるのだが、アレンの時とは心持ちも、悩みの理由もまったく違う。
はっきりと、レイドのことを好きだと口にすることはできない。まだそこまでの想いではない。けれど、気にはなっている。もしかしたらはじめて助けられた時から、惹かれていたのかもしれない。
思っていたよりよほど優しくて、いつも助けてくれて、褒められて頬を染めるような、意外と純情なところがあって――と、どんどんとレイドの良いところが思い浮かんできてしまう。
先ほど自分には無理だと思ったばかりだというのに、一度自覚してしまった気持ちは、本人にさえコントロールできないらしい。
(リアーナさんに、聞けなかったな……)
せっかく二人きりになれたというのに、一番聞かなければならないことが、聞けなかった。
否、聞かずに済ませてしまった。
リアーナからはっきりと答えを貰ってしまったら、必然的にラスフィアのレイドに対する答えも決まってしまうからだ。
先ほどの様子を見るに、リアーナは、まだレイドに恋をしていない。
でもそれは、ラスフィアの勝手な憶測だ。あるいは、願望だった恐れすらある。
もしも、二人がすでに、お互い惹かれ合っているのだとしたら。あるいは、リアーナかレイドか、どちらか一方でも、相手に惹かれているのだとしたら。
たとえラスフィアがレイドに惹かれているとしても、ラスフィアがレイドの番だという事実は、なかったことにしてもらうべきだと思っていた。ラスフィアのことなど気にしないで、二人の気持ちを大事にして欲しいと。
それが、正しい二人の運命だ。
この小説の辿るべき、正しい道筋だ。
そうは思えど、やはり疑問も湧いてくる。
(なんで、レイドさんの番なの……? いえ、というか、まさかレイドさんに番がいたなんて……)
そもそも、小説の中ではレイドの番などという存在は、登場しなかった。小説の中での番の恋人たちは、ロイとクロエしかいなかったのだ。
けれど実際、レイドはラスフィアを番だと言い切っている。まだ本人にちゃんと確認出来てはいないが、おそらく確実だろう。もしあれがラスフィアを助けるための嘘だとしたら、それをラスフィア本人に言わないのはおかしい。
小説では登場しなかった、レイドの番という存在。何故この世界では自分という形をもって存在するのかと考えた時、あることが思い当たった。
(……私が、ガルストラへ来たから?)
前世の記憶を持っていたから、珍しい亜人が多く生活するこのガルストラで、自分も生活をしてみたいと思ったのだ。一人暮らしがしてみたいと。
もし前世の記憶を持っていなかったら、きっとここへは来ず、ラスフィアは店を手伝っていたか、お見合いでもしてどこかへ嫁いでいた筈だ。
となれば、小説と同じく、きっとラスフィアがレイドと会うことは永遠になかったに違いない。
自分が以前考えたような、正に二人にとってのお邪魔虫となっているという事実に、ラスフィアは今すぐに消えてしまいたい気分になった。
ちゃんと、レイド本人に確かめなければならない。
自分がレイドの番だということは、確実だとは思う。けれど、そうだとしたら他にも聞かなければならないことがある。リアーナに聞けなかったことを、ちゃんとレイドに聞かなければならない。
ラスフィアが明日、もう一度ライナスの執務室を訪ね、レイドに直接聞いてみうと決意した時、扉の外から人の話声が聞こえた。
(この声……レイドさんとライナスさん……)
すでに耳に馴染んでいる二人の声は、扉のすぐ向こう側から聞こえてくる。二人がここまで近づいてきていたことに、ラスフィアは全然気付かなかった。
(入らないのかな……)
もしやラスフィアが寝ていると思って遠慮しているのではないかとは思ったが、自分から声をかける気にはならなかった。
レイドに真実を聞こうと決意してすぐのことだったので、まだ心の準備が出来ていない。
入って来るなら対応する。ラスフィアが寝ていると勘違いして帰るなら、直接話すのは明日以降だと思い、ラスフィアはそのまま布団の中で息を潜めた。
二人の話し声はまだ聞こえ続けている。最初は何か話しているくらいにしか聞こえなかったが、意識を集中しはじめたのと、だんだんと小声を聞き取る状況に耳が慣れて来たせいで、話の内容がところどころだがはっきりと聞こえるようになった。
何だか盗み聞きをしているような状況になってしまったなと、ラスフィアがバツの悪い想いを抱いていると、レイドの発した言葉がやけにはっきりとラスフィアの耳に届いた。
《――番なんて、呪いと同じだ》
その言葉を聞いた瞬間、ラスフィアは呼吸を止めた。そして何故か時を同じくして、扉の向こう側で交わされていた会話までもが、ピタリと止んでしまった。
(どうして、このタイミングで……)
まさかラスフィアが聞いていることに二人は気付いたのだろうかと、そう考えた途端、不安が押し寄せて来た。二人は亜人。猫科のレイド、そして犬科のライナスだって、人間よりもよほど聴覚が発達している。気配にだって、敏感だろう。
聞いていたことを、気付かれてしまったのかもしれない。そう観念したラスフィアは、二人を迎えるべくベッドから起き上がった。
ラスフィアの注視を受け、ゆっくりと扉が開かれる。開け放たれた扉の向こう側に見えたレイドとライナスの顔は、何かを怖れているかのように緊張に満ちたものだった。
きっと二人ともラスフィアの事を、気遣ってくれているのだろう。
ライナスだけではない、レイドだって、本来は優しく、こうやって気遣いの出来る人なのだ。そのレイドに呪いと言わせてしまった自分の存在が、途端に忌まわしく感じられてしまう。
(やっぱり、私がレイドさんの番なんて……)
はっきりレイドと視線が合ったと感じた瞬間、ラスフィアの唇は無意識に言葉を紡いでいた。
「……ごめんなさい」
次話からは、四話連続レイド視点です。




