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運命なんて信じない~小説の世界へ転生したら、ヒロインのお相手(ヒーロー)の番でした~  作者: 星河雷雨
第三章 運命の恋は偽りの果てに

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039.本物の番

*注意。主人公が襲われかける描写があります。


「そう……。ならやっぱり、力尽くで手に入れるしかないね」


(力尽くって……)


 アレンは扉の前にいる。そもそも鍵のかけられた扉から、逃げることはできない。そしてこの部屋には、窓もないのだ。


 リアーナに、気を付けろと言われたのに。

 ミュッテにも、気を付けろと言われていたのに。


 それでもまさか、警察隊であるアレンがここまでするとは思わなかったのだ。


「……誰か! 誰か助けて! 誰か……!」


 助けを求めて叫んではみたが、ここに来るまで人にはせいぜい数人しか会っていない。しかもこの部屋の近辺では、人一人見ることはなかった。偶然通りかかった誰かに助けてもらえる可能性は、かなり低いだろう。


 だが、万が一ということもある。

 ラスフィアはその低い可能性にかけて、叫び続けた。


「誰か、助けて……!」


 けれど叫び続けるラスフィアを前にしても、アレンから余裕の表情が消えることはなかった。


「叫んでも無駄だよ。ここは備品倉庫、しかもすでに解決済みの事件の物証が保管されている場所だ。誰も来やしない」


 ラスフィアは悔しさに唇を噛んだ。

 きっとアレンの言う通りだからだ。


 アレンが穏やかな声で近づいて来る様子を、ラスフィアは震えながら見ていた。震える身体を疎ましく思っても、自分の思い通りにはなってくれない。


 それでも、近づいて来る脅威から何とか逃げようとしたラスフィアだったが、アレンに腕を掴まれ壁に押し付けられてしまった。背中から腰にかけての全体に、鈍い痛みが広がる。


 アレンの顔を見ていたくなくて顔を横に背けたラスフィアの耳に、アレンの呟きが届いた。


「……君が他の男のものになったと知ったら、さすがにあいつも諦めるよな」


 あいつとは、誰のことを言っているのか。

 諦めるとは、どういう意味か。


 ラスフィアはその言葉の意味と、それが誰に向けてのものなのかを考えようとしたが、無理だった。考え事をするだけの余裕など、すぐに奪われてしまった。頬にかかる熱い吐息に、肌全体が総毛立つ。


「……やめて」

「大丈夫。乱暴にはしないから」


 表情と言葉だけは優しく、けれどアレンのやっていることは最低だ。ラスフィアの気持ちなど、これっぽっちも考えていない。蔑ろにされている事実に、悲しみが込み上げて来た。


「番だって言ったのに!」

「番だからだよ。どうしても君が欲しいんだ」


 どこまでも自分勝手なアレンの言葉に、今度は腹の底から怒りが湧いてきた。


「――嫌、だってば!」


 ラスフィアが声を振り絞った時だった。


 背後から突然、大きな音が鳴った。


 その突然の轟音に、ラスフィアは正に心臓が口から飛び出しそうな心地を味わった。そして、驚いたのはラスフィアだけではないらしい。アレンもラスフィアから身体を離し、背後を振り返っている。


 アレンの背中越しに見えたその光景に、ラスフィアは心の底から安堵した。


 その人の姿を見た瞬間、思わず泣きそうになった。


 安堵のために力の抜けた身体が、ずるずると壁を伝い、地面へと落ちていく。


「レイドさん……」


 いつもレイドは、助けてくれる。もう駄目だと思った時に、いつも駆けつけてくれる。薄闇に光る金色の瞳が、アレン越しにラスフィアを見つめている。


 その瞳には、まごうことなき怒りが浮かんでいた。


 レイドがラスフィアから外した視線を、手前にいるアレンに移した。その拍子に、アレンの後ろ姿が大きく揺れる。


「なんで……」


 何故レイドがここにいるのか、何故この場所がわかったのか。おそらくアレンの短い言葉にはその問いが隠れている。


 けれどレイドはアレンの問いには答えず、邪魔だとばかりにアレンの身体を振り払った。ラスフィアの目にはレイドは軽く腕を振っただけに見えたが、アレンの身体は頑丈そうな木製の棚をへし折るほどに、強く吹き飛ばされたらしい。


 一部始終を特等席で見ていたラスフィアは、さすがに声を失った。


 亜人の身体が頑丈なことは、知識として知っていた。それでも、アレンの受けただろう衝撃は、見た目にもすさまじいものだ。もし吹き飛ばされたのが人間なら、ただでは済まないだろう。


 しかし、レイドは飛んで行ったアレンに一瞥もくれずに、座り込んでいるラスフィアの前に片膝を突いた。


「……怪我は?」

「な、ないです……」

「触れても平気か?」

「え? ……はい」


 アレンに襲われそうになったラスフィアを気遣ってくれたのだと理解した途端、一度は引っ込んだはずの涙が、また溢れそうになった。


 ラスフィアを番だと主張するアレンよりも、レイドの方がよほどラスフィアの気持ちを考えてくれている。


 ラスフィアの返事を聞いたレイドが、ラスフィアの身体を抱え上げた。初対面の時以来の、再びのお姫様だっこだ。


 けれど今回は、ラスフィアも抵抗しなかった。いまだに身体から力が抜けているため、到底一人では歩けそうにもなかったからだ。


 レイドがラスフィアを抱いたままアレンの横を通り過ぎようとしたその時、意識を失っていたかに思えたアレンが、声を上げた。


「……ま、待て」


 声が若干震えているような気がしたのは、きっとラスフィアの気のせいではないだろう。アレンは壊れた棚に身体を預けたまま、顔だけを上げてレイドを睨んでいる。


 アレンの声を聞いたレイドが歩みを止め、そして振り向いたと思ったら、アレンの顔を蹴りあげていた。


「口を開くな、クズが」


(うわ……!)


 同情はしない。同情はしないが、レイドがアレンを蹴った瞬間、条件反射で身体が震えてしまった。


 蹴られたアレンは鼻と口から血を流していたが、まだそれなりの余裕はあったらしい。レイドをさらに睨みつけながら、言い放った。


「……何が悪い! 僕の番だ!」


 悪びれもせずに叫ぶアレンに、ラスフィアは怒ると同時に呆れてしまった。


 もし、アレンが番同士なら何をしても構わないと、本気で思っているのだとしたら――。


 番を得られたなかったアレンが今後どうなろうとも、そんなことはもうラスフィアの知ったことではない。今のアレンの言葉で、一欠けらの情も残さず、付き合いを断つ決心がついた。


(番であろうがなかろうが、やって良いことと悪いことがあるのよ……)


 これ以上アレンの姿を見るのが苦痛で、ラスフィアがアレンから顔を背けた、その時――。


「……もう一度言ってみろ。誰が誰の番だって?」


 ラスフィアが顔を背けるとほぼ同時に、レイドが恐ろしく低い、聞いているだけで震えがくるような声を出した。


 レイドに横抱きにされているラスフィアは、その声を間近で聞いてしまい、背筋を凍らせた。普段ラスフィアと話をしている時には、一度として聞いたことのないような、冷淡かつ凄みのある声音だ。


(レイドさん自身は怖くないけど……声が、声が怖い!)


「彼女は、僕の番だ……!」


 声を震わせながらも、アレンが強い口調でレイドに答えている。アレンのその言葉を聞いた瞬間、ラスフィアを抱き留めるレイドの腕に、力が籠った。


「――お前じゃない!!」


 耳元で叫ばれたラスフィアは、驚きと衝撃に思わず身を縮ませた。そして次にレイドの発した言葉には、心底驚かされることになった。


「この女性(ひと)は俺の番だ!」


 ラスフィアだけではない、アレンまでもが、驚愕の表情でレイドを見つめている。


(……番? 誰? ……私?)


 まさか、と。


 ラスフィアは、レイドの言葉を信じることが出来なかった。


 自分はアレンの番、その筈だというのに。同時にレイドの番だなんてことは、あり得ない。そんな話は聞いたことがない。


 となれば、どちらか一方が嘘を吐いていることになる。


 けれど、レイドにそのような嘘を吐く理由はない。


(だって、レイドさんにはリアーナさんが……)


「……僕の方が、先だった。あんたは、言わなかったじゃないか。彼女のことを番だって……。あとからそんなことを言っても、誰も信じるわけが……」


 あんたは言わなかったじゃないか。


 アレンがその言葉を放った瞬間、ラスフィアは息を呑んだ。


(ハマートンさん、知ってたの……?)


 その言葉は、ラスフィアがレイドの番だという事実を、アレンは知っていたという証明になる。


 もし、それが言葉の綾だったとしても。


 少なくとも今のアレンの言葉は、レイドが嘘を吐いていると糾弾するような内容ではない。むしろ、早く言った方が勝ちだとでも言っているように、ラスフィアの耳には聞こえた。


 図らずも自らの嘘を曝露したアレンに、レイドが挑発するように言った。


「だったら、俺を排除してみろよ」


 その秀麗な顔に何の表情も乗せずに、レイドが言う。


「自分の番に手を出そうとする奴を、放っておく男なんていないよな? 俺だったら、どんな手を使ってでも、そいつを排除してやるよ」


 どんな手を使ってでも。


 その言葉を放つ際、レイドはしっかりとアレンを見つめていた。


 半ば放心状態のアレンをその場に残し、レイドはラスフィアを抱きながら部屋の外へと出た。外の光景を見たラスフィアは、驚愕する。部屋の外には、結構な数の野次馬が集まっていたからだ。


(何でこんなに……)


 アレンと共にこの場所へ来るまでは、人などほとんどいなかったというのに。


 その中に見知った人間の顔を見つけたラスフィアは、驚きに目を見開いた。


(リアーナさん……⁉)


 群衆の中にリアーナの姿を見つけたラスフィアは、とっさに顔を俯けた。


 その場にはリアーナだけではない、ロイもいる。けれど今大事なのはリアーナだ。ラスフィアは、今すぐレイドの腕の中から抜け出そうともがいたが、レイドにがっしりと掴まれていて逃げられない。


 そしてレイドは集まっていた者たちを睥睨するように見渡したあと、とんでもないことを告げた。


「いいか。ラスフィア・エーレンは俺の番だ。今後彼女に傷一つでも付けた奴は――俺が、ぶっ殺すからな」


(……リアーナさんの前で、何言ってるのよ、レイドさん)


 己の想い人の前で別の女性を番だと宣言するなど、ラスフィアにしてみれば正気の沙汰ではない。ラスフィアは顔を蒼褪めさせながらも、リアーナの今の様子を見ようと顔を上げた。


 すぐにリアーナと目があった。


 けれど、リアーナは何故かほっとしたような表情で、ラスフィアとレイドを見つめている。


 その表情を見たラスフィアは、驚愕した。


 リアーナの前で、ラスフィアを番と言い放ったレイド。


 その事実に、何の動揺も見せないリアーナ。


(……どうして? まさかリアーナさんとレイドさん、全然関係が進展していないってこと……?)


 どうして。


 しかしそう思ったのは一瞬で、ラスフィアはすぐにその原因に思い至った。


(私が……レイドさんの、番だったからだ……)


 きっと二人が親しくなる前に、ラスフィアがレイドの番だと判明してしまったから。


 それを、レイドが知ってしまったから。


「……ラスフィア」


 自分の名を呼ぶレイドに、ラスフィアは恐る恐る顔を上げた。


 きっと今のラスフィアの顔色は酷いものだろう。アレンに襲われるという衝撃と、レイドに番だと言われた驚愕。そして、自分がリアーナとレイドの関係が進むのを停滞させている、原因になってしまったという罪悪感で。


 ラスフィアとレイドの視線が交わった瞬間、レイドが眼を見開き、そしてそのまま悲しそうに表情を歪めた。


 その表情の意味するところを考えなくてはと思うのに、ラスフィアの頭はそれ以上、働いてはくれなかった。


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