038.番なんて、願い下げ
リアーナの話では、ロイの所属している警邏隊も、治安部の一部署なのだとか。
(……じゃあクローディオさん、ハマートンさんのこと知ってたのかな?)
話を聞いた時のロイが、何だか妙な表情をしているなとは思っていたのだが、それはアレンのことを知っていたからなのかもしれない。
そんなことを考えながら歩いていると、ラスフィアの隣を歩いていたリアーナが、少しだけ速度を緩めた。
「ラスフィアさん」
「は、はい」
リアーナから少しだけ固い口調で名を呼ばれ、ラスフィアは緊張した。
「アレン・ハマートンが、貴女の噂のお相手で、間違いないですか?」
(う……やっぱり聞かれてしまった)
だがリアーナの仕事中に訪ねて来た上、わざわざ案内までさせているのだ。まったく理由を話さないわけにはいかないだろう。
「……はい」
「……そうですか」
一旦はそれで終わったかに見えた会話だったが、そこからしばらく歩いたあと、またリアーナが口を開いた。
「ラスフィアさん。……先日私が言ったことを、覚えていますか?」
リアーナの言いたいことは、すぐにわかった。もちろん、ちゃんと覚えている。
誰に何を言われようが、自分の気持ちを、一番大切に。
「はい」
ラスフィアの答えに、リアーナが力強く頷いた。
そして、一つの開け放たれた扉の前で、脚を止めた。
「ここですね」
扉の上部を見ると、治安部と小さく書かれたプレートが出ている。
部屋の扉は開かれていたため、すぐに数人の人間がラスフィアとリアーナが来たことに気付き、ざわざわとし始めた。
(クローディオさんは……いないみたいね)
同じ部署だというから、ロイもいるものと思い込んでいた。
だがロイは警邏隊だ。警邏隊といえば、パトロール。おそらく今は外に出ているのだろう。
ラスフィアが部屋の中を見渡していると、すぐにこちらへと近づいて来るアレンの姿が目に入った。その口元には、笑みが浮かんでいる。心なしか、尻尾も揺れているような気がした。
「エーレンさん……どうしたの?」
「あの……ごめんなさい、お仕事中に」
「いや、大丈夫。会いに来てくれて嬉しいよ」
アレンのその言葉に、ラスフィアはうっと言葉に詰まった。
会いたいから会いに来たわけではないのだが、会いに来たことは事実なので否定できない。
ラスフィアに対し嬉しそうに微笑んでいたアレンだったが、ふいに表情を変え、ラスフィアの隣にいるリアーナを見て目を細めた。
「トレスタ巡査……。どうして貴女が?」
「あ、あの、ここまで案内をしていただいて……」
「彼女は私の友人ですので」
(う、嬉しい……!)
はっきりラスフィアのことを友人だと言い切ったリアーナに対し、ラスフィアの中に喜びの感情が湧いてきた。
小説を読んでいた時もリアーナに憧れていたが、実際に知り合ってからは、その憧れが加速度的に高まっている。レイドに友人だと言われた時は、恐縮する気持ちの方が強かった。だが、憧れであるリアーナに言われると、不思議と素直に喜べるのだ。
「そうですか……」
アレンはそれだけ言うと、リアーナから視線を外し再びラスフィアに視線を合わせた。
「……わざわざここまで来てくれたってことは、告白の返事を聞かせてくれるってことかな?」
(……それ、今言う⁉)
確かに間違ってはいないのだが、これでは場所を移したとして意味がない。それに、せめてリアーナがいなくなってからでもいいではないかと、ラスフィアは無神経なアレンを恨みに思った。
リアーナはすでにアレンが噂の相手だということは知っているが、それでもここまではっきりと言われてしまうと、気まずいことには変わりない。
「ああ、あの! ここまで案内していただき、ありがとうございました! あとはもう大丈夫です!」
ラスフィアは、リアーナを振り返りここまで連れてきてくれた礼を言った。
多少強引だという自覚はあったが、これ以上リアーナにアレンとのことを聞かれたくはなかったのだ。けれど、何故かリアーナはラスフィアの言葉を聞いた後も動こうとしない。
そして、驚くべきことを言い出した。
「あなたは……本当に、ラスフィアさんの番ですか?」
リアーナの予想外の発言に、ラスフィアの時が止まり、瞬時にアレンが表情を歪めた。
「……そうだよ? どうしてそんなことを?」
「リアーナさん?」
リアーナはじっとアレンを見つめている。
まるでその真偽を確かめるため、アレンのどのような仕草も、見逃さぬようにと。
「……ラスフィアさん。用件が終わるまで待っています」
「……いえ! お仕事中に案内していただいただけでも申し訳ないのに、さすがに用事がすむまで待ってていただくことは出来ません」
「でも………」
それでも引き下がろうとしないリアーナに、今度はアレンが口を挟んできた。
「トレスタ巡査。いくら友人とはいえ、彼女は立派な大人の女性ですよ? ちょっと過保護すぎやしませんか?」
にこやかに言い放たれたアレンの言葉に、今度はリアーナの目が細められた。
ラスフィアも、確かに今のアレンの言葉は少しばかり嫌味な言い方ではないかと思っていたので、慌ててリアーナを擁護する。
「あの、お気持ちは本当にありがたいんです。ですが……これ以上私用でリアーナさんを煩わせるのは、私も気が引けます」
ラスフィアがそこまで言って、リアーナはようやく納得してくれたようだった。
「……わかりました。気を付けてください」
(……何に気を付けろと!)
不吉な言葉を残して去って行ったリアーナの背中を見つめ、ラスフィアはすでにアレンの前から逃げ出したい気持ちになっていた。
けれど、そう簡単に行かないのが、世の常だ。
「じゃあ、エーレンさん。ここじゃなんだから場所を変えようか」
アレンを振り返れば、アレンの背中越しに大勢の視線がこちらを向いている。その中に見知った女性の姿を見つけ、ラスフィアは目を見開いた。
うねる煉瓦色の髪を背中に垂らした女性が、髪よりも鮮やかな朱色の瞳でラスフィアを睨むように見つめている。
(この女性も、ハマートンさんと同じ部署だったの……⁉)
だが確かに、この女性はあの時食堂で、アレンの名を呼んでいた。面識があるだけではなく、同じ部署で働く同僚だったというわけだ。
ラスフィアが偶然の一致に驚いていると、その女性が、何故かこちらに近付いてきた。
また何かされるのかと身構えたララスフィアだったが、女性はどうやらアレンに用があったらしい。アレンの耳元で、何かを囁いている。
アレンのごく近くに身を寄せる女性の行動は、まるでアレンにしな垂れかかっているように見える。女性のその行動に、アレンが一瞬だけ眉を顰めた。
けれどアレンの表情とは対照的に、女性は微笑んでいる。
そして――。
女性の視線が一瞬だけ、アレンからラスフィアに流れたような気がして、ラスフィアは動揺した。
(……何? まさか私を妬かせようとしてるの……?)
レイドの友人というだけで、嫉妬してお茶をかけて来た女性だ。とんだ見当違いではあるが、ラスフィアの気分を害すためだけに、わざとアレンに擦り寄り、妬かせるような行動を取ることもあり得るような気がした。
「行こう、エーレンさん」
女性から逃れたアレンが、ラスフィアを促してくる。
決戦の場は、他所へと移されることになった。
「エーレンさん。トレスタ巡査とも友人だったんだね」
治安部の部屋を出てすぐに、アレンに話しかけられた。
「はい。大変ありがたいことに……」
「そう……。ファルガス巡査部長と、トレスタ巡査。ということは……マクスウェル警部とも友人?」
「え、いえ……。マクスウェルさんのことを友人というには、大変烏滸がましく……」
「はは。確かに」
ラスフィアと会話をしながらも、アレンは何故か心ここに在らずと言った様子だ。何となくだったが、声に感情が乗っていない気がした。
それからも、どこか心の籠っていない会話を二人で続けるうちに、ようやく目的の場所に辿り着いた。
「着いたよ。ここなら誰にも聞かれない」
アレンに連れて来られた場所は、確かに人気のない場所だった。
ここへ来るまでに何度も廊下の角を曲がって、ようやく辿り着いた場所だ。
アレンが部屋の錠前に鍵を差し込み回転させると、扉が開いた。中に入るよう促されたが、少しだけ躊躇してしまう。
(……部屋の中に入るのは、ちょっと嫌かも)
しかも、アレンは鍵を持っている。
ここまで人気がないのなら、部屋の中に入らずとも扉の前で話すのでも構わない筈だ。確かにあまり人には聞かれたくない内容だったが、それでもここまで徹底するほどのものではない。
たった数分で、片が付く話の筈なのだ。
「あの……ハマートンさん。部屋の中に入らなくても、外でも十分っ……!」
最後の一言は、口に出すことが出来なかった。アレンに部屋の中に押し込まれてしまったからだ。
押し込まれた拍子に床に倒れてしまったラスフィアは、すぐに身体を反転させ、慌ててその場から立ち上がる。
床に倒れる瞬間、背後でカチャリと鍵のかかる音を聞きつけたラスフィアは、己の前に立ちふさがるようにして立つアレンを、信じられない思いで見つめ返した。
「……ハマートンさん?」
アレンはラスフィアの呼びかけに応えず、ただ微笑んでいる。
「どうして、こんな……」
今度はアレンも、ラスフィアの問い掛けに答えた。
「本当は、こんな手荒な真似はしたくなかったんだ。でも、エーレンさん。君、僕の告白を断るつもりだっただろ?」
(そ、それだけのことで……⁉)
確かに、ラスフィアはアレンの告白を断るつもりでいた。もしかしたら、態度にも出てしまっていたかもしれない。そのせいで、こうやってアレンに気付かれてしまったのかもしれない。
けれど、だからと言って、こんな犯罪まがいのことをしていい訳はないのだ。
(しかも……犯罪を取り締まる警察隊なのに……!)
「番」を得られないということは、亜人にとってはこんな真似を仕出かしてしまうほどに大事なのかと、ラスフィアは己の考えの甘さを突き付けられた思いがした。
「酷いね。君は僕の番だと言ったのに」
まるでラスフィアが悪いとでも言いたげなアレンの口調に、ラスフィアの胸の奥から、だから何だという思いが湧いてきた。
いくら亜人にとって「番」が特別なものだとしても、それを理由に相手の自由を奪い、蹂躙し、勝手に振舞っていいわけがない。これでは断ることに対し、申し訳ないと思っていた自分が馬鹿みたいではないかと。
「……こんなことをする番なんて、願い下げよ!」
ラスフィアが叫ぶと、アレンがこれまで見たこともないような獰猛な表情で口の端を上げた。




