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運命なんて信じない~小説の世界へ転生したら、ヒロインのお相手(ヒーロー)の番でした~  作者: 星河雷雨
第三章 運命の恋は偽りの果てに

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031.事故ではなく、事件。異論は認めない

 

 目の前に出された今日のおすすめメニューを見て、ラスフィアは唾を飲み込んだ。


 ジュワジュワと油の粒を飛ばしながら音を立てるステーキに、付け合わせのマッシュポテトと茹で野菜。小鉢に入った小さなナッツと、ドライフルーツが数種。そこに食べ放題だというパンを一つ付けて、今日のおすすめメニューの完成だ。


(美味しそう……だけど、何の肉? 見た感じチキンだけど、普段食べているものとはちょっと違うような……)


 ラスフィアの、じっとステーキを見つめる視線に気付いたのだろう。食事を運んできてくれた先ほどの従業員が、説明をしてくれた。


「今日はダチョウ肉のステーキだ。肉が柔らかいから、人間でも難なく噛みきれるぜ」 


(ダチョウ肉……! 初めて食べるわ……!)


「ま、ゆっくり食ってってくれ」


 再び爽やかな笑顔を残し去って行く従業員に、ラスフィアは小さく頭を下げた。


「良い人ね、あの人」

「ヒューゴーさんね、私がここに入った時、色々教えてくれた人なの」

「クロエがここで働き始めたのって、今年に入ってからだっけ?」


 ラスフィアの言葉に、クロエが「そう」と頷いた。


「それまでは、街の飲食店で、同じように配膳係をしていたの。でも、そのお店が閉まることになって……。店のオーナーに、ここを紹介してもらったの」

「へえ、そうなのね」


 クロエの話を聞きながら、ラスフィアは話しを切り出すタイミングを見計らっていた。食事を食べ終える前に、話をしなければならない。いつもより長く休憩時間を貰っているとはいえ、昼時は売店が混みやすい時間帯だ。用事が済んだなら、はやくミュッテの元に戻らなければ。


 ラスフィアは意を決して、クロエに話しかけた。


「あのね、クロエ」

「うん?」

「さっき、売店にね。クローディオさんが来てくれてね」

「……クローディオさんが」


 クロエがロイの名を繰り返した。


「うん。それでね、クロエの話になって……」

「私の?」

「うん。……クローディオさん、クロエに嫌われているんじゃないかって気にしてた」


 クロエが僅かに目を見開いた。クロエとしても、ロイがそのように思っていたことは、きっと予想外だったのだろう。


「クロエ……。お節介かなとは思うんだけど、一度ロイさんとゆっくり話す機会を設けてみない? 私が立ち合うから。もちろん、嫌なら断って良いのよ? 無理やりじゃ意味がないもの」


 ラスフィアの話を聞いたあとも、クロエは無言だ。ラスフィアは注意深くクロエの様子を見守った。けれど、今のクロエの表情からは、どのような気持ちでいるのかは読み解くことはできない。


(嫌がってはいないと思うけど……)


「……クローディオさんの気持ちが迷惑なら、はっきり言った方がいいと思うの」


 例えクロエがロイのことを嫌っていなくとも、想いを前面に出されること自体が、嫌だということもある。


「あるいは、二人が納得する線引きをしておくとか……」


 もう少し気持ちを表に出すのを抑えて欲しいと、それを言うだけでも、心の負担は変わって来るはずだ。


「そうね……。ラスが一緒にいてくれるなら」

「もちろんよ! あの、じゃ、さっそくだけど、今夜はどう? クローディオさんは今夜なら空いてるって言ってたし、もしクロエの都合が悪いなら、また日にちを変えるけど……」


 けれどクロエは「ううん、大丈夫」と首を横に振った。


「今日でいいわ。引き延ばしちゃうと、多分、逃げたくなっちゃう」

「……じゃあ、クローディオさんに伝えとく。今日の終業時間いつも通りなら、一緒に帰りましょう? それで、マルグリット商会に寄ってお惣菜買って、クローディオさんと一緒に夕食にしましょう?」


 ラスフィアの提案に、クロエはやはり無言で頷いた。けれどわずかに笑顔を見せてくれたので、心底嫌がっているわけではないようだ。クロエの様子を見たラスフィアは安心した。


(少し、強引だったかしら……。でも、クロエの気持ちをはっきり伝えれば、ロイさんはわかってくれると思うのよね……)


 そうでなければ、わざわざラスフィアにクロエが自分のことをどう思っているかなど、聞かないだろう


「良かった……。じゃあ、私食事が終わったら売店に戻るわ。午後またクローディオさんが来てくれることになってるから」

「うん、わかった」


 伝えなければいけないこと伝えることができたため心の重荷がなくなったラスフィアは、集中して残りの食事に取り掛かった。同じように、クロエもパクパクと食事を口に運んでいる。二人ともすぐに食事を終えた。


「ご馳走さまでした。レーテさんに、美味しかったって伝えておいてくれる?」

「うん。レーテさん、きっと喜ぶわ」


 残っていた食事を綺麗に平らげたラスフィアとクロエが、トレーを持ち席から立ち上がろうとしたその時、ラスフィアの半身に突如、衝撃と熱さとともに、痛みが走った。


「ラス!」


 クロエが叫ぶように、ラスフィアの名を呼んだ。


「ラス! 大丈夫⁉」


 クロエが椅子から立ち上がり、ラスフィアの傍に来て、ハンカチでラスフィアの顔を拭いている。


 一瞬、何が己の身に起きたのか理解できずに茫然としたラスフィアだったが、すぐに熱が冷めていく感覚と、熱を感じた箇所の服が肌に張り付いたことにより、熱い液体をかけられたのだと気が付いた。


(……もしや、お茶⁉ 水ですらなく⁉)


 驚きに言葉をなくしていたラスフィアの耳に、美しいが少々意地の悪さが滲み出てしまっている、女性の声が聞こえて来た。


「あら、ごめんなさい。手が滑っちゃって」


 お決まりの文句である。


 だがラスフィアとしては、なぜこの女性に熱いお茶をかけられるのか、その理由に心当たりがない。それにしてもと、ラスフィアは驚くと同時に憤慨した。


(こういう時、かけるのは普通水でしょう……⁉ ……いえ、まだ本当に手が滑った可能性も……)


 ラスフィアが己の横に立つ女性を見上げれば、その女性はしてやったりとばかりに微笑んでいた。


(……絶対、わざとだ!)


 その女性はうねる煉瓦色の美しい髪を手で払いのけ、「ごめんなさいね」とラスフィアに謝って来た。しかも、にやにやとした笑いを浮かべたまま。


 これは事故ではない。事件確定だ。


 ラスフィアは、高い位置から文字通り己を見下す女性を睨み上げた。


「あら? 睨むのね。レイドから友人なんて言われたから、強気になっているみたいだけど……人間が亜人に敵うと思っているの?」


 そして、この女性が亜人であることも確定だ。


 しかも、レイドのことを名で呼んでいる。レイドの知らぬところで勝手に呼んでいる可能性もあるが、しかしそれだけでただの「友人」にお茶をかけるほどに嫉妬をするだろうか。


 しばし思案したラスフィアだったが、思いのほか早くに女性の正体に思い至った。


(小説の中のレイドさんって、結構女性をとっかえひっかえしていたような……)


 それもリアーナと出会うまでのことだったはずだが、この亜人の女性が、過去にレイドと関係のあった女性と考えれば納得できる。


(そういえば、リアーナさんが嫌がらせを受ける場面も、あった気がするわ……)


 この女性は一体何の亜人だろうとラスフィアが女性を観察していると、女性の背後、腰の部分に、細く長い尻尾が見えた。そしてよくよく見れば、耳も普通の人間より尖っており、耳全体にびっしりと体毛が生えている。なんだかやけに、見覚えのある耳だ。


(リューンさんの耳に似てるわ。猿の亜人……かしら?)


 もしや己は猿系の亜人と相性が悪いのではとラスフィアが考えていると、驚いたことに横から助けが入った。


「おい、リンジー! 何してんだよ! その子レイドの友人だって言っただろうが!」


 先日、自分がマルグリット商会まで、売り切れた商品の補充に行くと言っていた男性だ。彼は女性の肩に手をかけ、止めようとしてくれている。けれど女性はまったく取り合う気がないらしい。


「なによ? 友人でしょ? それだって、売店の従業員であるこの()をあんたが困らせたから、仕方なく助けただけじゃないの?」

「お前……。だとしても、あいつがそれだけで友人だなんて言う訳ないだろ……。下手したら……」


 男性がそこまで言った時、急に女性が表情を変えた。そして睨むように男性を見たあと、すぐにラスフィアに視線を移した。


「……そんなわけないじゃない。この、人間の女が……」


 女性が一瞬の動作の制止ののち、鞭がしなるように片手を振り上げた。


 あ、ぶたれる。


 ラスフィアがそう思い、きつく目を瞑った時だった。衝撃が来ないことを訝しんだラスフィアが目を開ければ、そこには女性の手を掴んで止めている、アレンの姿があった。


「ハマートンさん……」

「アレン、あんた……」


 女性はアレンと面識があるらしい。


 アレンは女性を静かな表情で見つめ、そして衝撃の言葉を放った。


「僕の番に、手を出さないでくれるかな」


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