030.お見合いおばさん(お節介おばさんともいう)
「そこのナッツくれ」
売店に顔を出した人物を見て、ラスフィアは目を瞠った。
「クローディオさん……」
目の前にいたのはロイだった。わずかに眉を顰め、唇を引き結んだその表情は、どこか怒っているようにも見える。
差し出されたナッツの金額丁度の金を受け取り、ラスフィアはロイの指し示したナッツを袋に詰めるべく、手を伸ばした。
その間のラスフィアの動作を、ロイはじっと見つめていた。だが、その視線に何等かの意思が乗っているというわけではなく、ただ目の前にある事象を観察しているといった印象だ。
だが、やはり表情が硬い。というより、初めて会った時から、ラスフィアの知るロイは基本不愛想だ。
(あ、そういえば……)
亜人の男から助けてもらったことに対し、レイドには改めて礼を言ったのに、ロイにはまだ言っていなかったことを、ラスフィアは思い出した。
そんなことで怒るような人ではないとは思ったが、それでも思い出したからには、ちゃんと礼を言っておいた方が良いだろう。
「あの、クローディオさん。以前は助けていただき、ありがとうございました」
ラスフィアが礼を言うと、ロイは一瞬だけ何かを考えるように眉根を寄せたあと、「ああ」と口にした。
「あれから何日経ってると思ってるんだ? それに、あんたにはあの日、ちゃんと礼を言って貰った」
「まあ、そうなんですけど……本当に感謝しているので」
「……クロエを助けたついでだ」
(それ、言っちゃうのね……)
どうにもこのロイという青年は、初めて会った時と印象が変わっている。基本的に不愛想なところは変わっていないが、主に口調が変わっていた。
はじめて会った時は警察隊と事件の目撃者という関係だったから、ロイが畏まるのは当然のことなのかもしれないが、いつのまにか随分と気安く口を利いてくれるようになったものだと、ラスフィアはそのことを結構嬉しく思っていた。
「それでもですよ。はい、どうぞ」
袋に詰めたナッツを手渡せば、ロイは黙ってそれを受け取った。そして一瞬後、おずおずと話しかけてきた。
「……あんた、クロエと友人なんだよな」
「え? ええ、そうですね。お隣さんですし、歳も近いですし……」
以前確認したところによると、ラスフィアが十八、クロエが十九と、クロエの方がラスフィアよりも一歳年上だ。
「……クロエから、俺のこと何か聞いてるか?」
「え?」
驚いてロイを見上げれば、ロイが一瞬臆したように、表情を歪ませた。
「……付き纏われてるとか、言い寄られて、困っているとか」
言っている本人が、とても苦しそうだ。
「いえ……そういったことは、特に」
本当は、ラスフィアの方から、ロイについてどう思っているかは聞いている。だが、まさか本人を目の前にして、苦手だと思われているとは言えるわけがない。
それに、クロエも苦手とは言っていたが、ロイの好意を嬉しいとも言っていた。このままロイがクロエに対し強引な態度に出なければ、きっと小説のようなことにはならないだろう。むしろ、正反対な二人だからこそ、案外合っているのではないかと思っている。
「……あの、私はクローディオさんとクロエは、お似合いだと思います」
ラスフィアがそう言えば、ロイは目を見開きラスフィアを凝視して来た。
「……本当に? そう思うか?」
「はい。でも、自分が誰かの番だとは信じられない、クロエの気持ちもわかるんです……」
ラスフィアがそう言えば、ロイは今度はしょげたように下を向いてしまった。
「そうか……そうだよな。やっぱり番は、俺たち亜人にしか意味を成さないものなんだろうな……」
「い、意味をなさないというか……! あの、多分なんですけど……クロエは、番だからクローディオさんが自分に執着しているんだと、そう思っていると思うんです」
「……それは」
ロイはラスフィアの言いたいことがわかったようだ。
番という存在は、亜人にとって絶対のものと言われている。けれど、番を得たいと希求する想いは、子孫を残すために本能が仕組んだ、まやかしの愛情とも言われているのだ。
「番だったら、別に自分じゃなくてもクローディオさんは好きになったんじゃないかって、そしてもし自分が番じゃなかったら、クローディオさんも自分を好きにはならなかったんじゃないかって……。多分、クロエはそう思ってるんじゃないでしょうか」
実際、クロエはそう言った意味合いの言葉を言っていた。番という感覚がわからない人間のクロエとしては、きっとそう思ってしまうのだろう。
もし、自分が番ではなかったら、ロイは自分を好きになってくれただろうかと。
「クロエの気持ちがクローディオさんに追いつくまで、待っていて上げてください。クロエの気持ちを無視して、追い詰めるような真似は……」
「そんなことしない!」
声を張り上げ言い切ったロイに、ラスフィアは驚くと同時に安心した。
「そうですよね……。クローディオさんは、そんなことしませんよね……」
小説内の登場人物たちの性格や行動は、小説と現実であるこの世界とでは必ずしも一致するものではない。それをラスフィアは、レイドと会ったことで知ることができた。
現実のロイとクロエは恋人同士ではなく、友人とすら言い難い。けれど、二人次第で、小説の中よりも良い関係が築けるのではないかとも思っている。
「クロエと一度、話し合ってみたらどうでしょうか……?」
ぽつりと、そんな言葉がラスフィアの唇から零れ落ちたのは、ほとんど無意識からだった。
「クロエと? ……だが、クロエは俺を怖がっている」
「わ、私が同席するのはいかがですか?」
「あんたが?」
怪訝そうに眉を顰めるロイを見て、ラスフィアもこれはお節介が過ぎるだろうかと考えた。だが小説内で辛い別れを経験していた二人の今後を思えば、やはり何か助けになれないかと思ってしまう。
(いいじゃない、もう! お見合いおばさんのつもりでいけば……!)
だがそこで、いくらラスフィアが意気込んでも、当のクロエに断られる可能性もあるのだと気が付いた。なので一応、予防線を張っておくことにした。
「く、クロエには断られるかもしれませんが……!」
しかしそう言った途端、ロイが途端にしょぼくれてしまった。
今の言葉ではラスフィアの同席を断られるのか、ロイとの話し合いを断られるのか、どちらかわからなかったからだろう。きっとロイは、クロエが己との話し合いを断るものと思っているのだ。
そしてそれは、残念ながら大いにあり得ることでもある。
(あ、ああ、色々と余計なことを……)
「昼休みにクロエに聞いてみます! また午後こちらにいらしていただけませんか⁉」
焦るラスフィアをロイが不審の視線で見つめてきたが、それでも多少の期待もあったのだろう、結局はラスフィアの提案に黙って頷いた。
☩☩☩
かくしてロイとの約束を守るべく、ラスフィアは自身の昼休憩の間、売店をミュッテに任せクロエに会いに食堂へと来ていた。
クロエが働く食堂は、警視庁内で働く者なら誰でも利用できる。なので、ラスフィアもこの食堂を利用できることになっているのだ。
だが、クロエに会うため食堂へはちょこちょこ顔を出しているラスフィアだったが、客としては実はまだ一回しか利用したことがない。
小さな売店とはいえたった二人だけの従業員なので、いつもはお弁当を持って来て、売店の隅、小さく仕切られた衝立の裏で食事を取ることが多いからだ。
ラスフィアは黒の隊服でひしめく食堂内を、こそこそと、まるで敵地に入り込んだかのような心持でクロエの元へと急いだ。
黒い隊服を着た大柄な亜人たちの中、ラスフィアのような人間、特に女性は目立ってしまう。今もそこかしこから視線を浴びながら、ラスフィアは無心で歩を進めていた。
食堂の奥、厨房が見えて来た時には、ラスフィアもつい、ほっとして頬を緩めていた。
食堂内からは厨房の中が見えるようになっている。とはいえ、上半身のみだが、そこに見知った人物を見つけ、ラスフィアは声をかけた。
「レーテさん」
厨房の料理人レーテ・アモーディオは、ラスフィアがレイドにはじめて食堂に連れてきて貰ったときに、対応してくれた人物だ。
ラスフィアに気付いたレーテが、心得たとばかりに頷いたあと、他の従業員に何かを告げている。
その従業員が厨房から出て食堂内へと出て行き、奥のテーブルに料理を運んでいたらしい女性に声をかけた。その女性がこちらを振り返り、従業員に礼を言うと、共にラスフィアの所へ戻って来た。
「クロエ!」
「ラス! 珍しい、食べに来たの?」
「うん。ミュッテちゃんに、売店お願いして来た」
ラスフィアの言葉を聞いたクロエが「何食べる?」と聞いたところで、クロエを呼んできてくれた従業員の男性が、ありがたい提案をしてくれた。
「クロエ、友達と一緒に先に食事入れよ」
「いいんですか?」
「友達一人にしちゃ可哀想だろ」
ニカッという効果音が聞こえてきそうな笑顔を、従業員の男性がクロエに向けた。すかさずラスフィアも礼を言う。
「あの、ありがとうございます」
「良いって。二人とも何食べる?」
しかも注文まで取ってくれるとは、なんとも気が利く男性だ。
「ラス、どうする?」
「じゃあ、今日のおすすめで」
ラスフィアの言葉に同乗して、クロエが、「じゃあ、私も」と従業員の男性に視線を向けると、男性従業員は「待ってろ」と言って、厨房へと戻っていった。
(仲良さそうね……)
ロイに対してはオドオドとした態度を取るクロエだったが、先ほどの男性には自然体で接していた。やはり一緒に働く仲間というのは、別格なのだろうか。
(まあ……そもそもクロエって、別に人見知りでも男性が苦手ってわけでもないのよね)
ロイに対する態度を見ていたせいで、ラスフィアはしばらくの間クロエは男性が苦手なのだと思い込んでいた。けれどロイ以外の男性に対しては、クロエは先ほどの従業員に対するように、普通に接しているのだ。
きっと、ロイに対してだけああなのだろう。
(クローディオさん、ちょっと不憫……)
果たして、クロエはロイとの話し合いを承諾してくれるのか否か。
ラスフィアは今更になって、やはり余計なことを言ってしまったのではないかと、自らのお節介を後悔しはじめていた。
レーテはただの人間。レーテが声をかけた従業員(ヒューゴーと言います)は、ぱっと見人間に見えるけれど、爬虫類型(イグアナ系)の亜人の血を引いています。服の下にはグリーンの鱗がある。あと顔も爬虫類っぽい。




