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始終無シ  作者: 朝霧


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女神のゲーム

 斬るか避けるか、選択肢はその二つ。

 斬れば自分は死ぬだろう、相手を確実に殺す事はできるが、それにはどうしたって相手の銃撃を受ける事になる。

 避ける事は容易だった、自分が死ぬことはないだろうし、避けたその後に相手を殺す事もできるだろう。

 ならば避ければいい、だが。

 自分の後ろには彼女がいる、自分の傷を治すために使い慣れない治癒魔法を使って魔力切れを起こして身動きが取れない馬鹿な女が一人だけいる。

 自分が避ければ彼女はハチの巣にされるだろう。

 なら、選択肢は一つだけだ。

 刀を構える、どこをどう斬ればいいのかはもうわかっていた。

 自分が避ける選択肢を取らなかったことを相手は多少なりとも驚いたらしい。

 だけど、そんな表情すら目に入らない。

 乾いた銃声を聞いた直後、確かな手ごたえを感じた。

 自分の人生でおそらく最高の一撃だった。

 この極致に至ることが自分の目的で、生きる理由だった。

 ならばもう、後悔は何もない。

 銃弾によって左胸に開けられた穴から血液が噴き出すのは、自分が真っ二つに切り裂いた敵の体が地面に落ちるのと同時だった。

 痛みはほとんど感じなかった、それよりもこの手に残った感覚のほうがはるかに高い。

 悲鳴が聞こえた。

 やかましいその声に、なんだ大きな声もちゃんと出せるんじゃないかと思った。

 振り返ると彼女が青い顔でこちらを見ていた。

 彼女は自分の胸に開いた穴を見て、顔を真っ白にして両目からボロボロと涙を流し始めた。

 ――そんな顔で泣くなよ。

 そう声をかけようとした、確かに自分はそう思って口を開いた。

 だけど言葉の代わりに吐き出されたのは真っ赤な液体で、眩暈を感じたその直後に自分の体は崩れ落ちていた。

 甲高い悲鳴がもう一度聞こえた。

 同時に身体を抱き留められたような、温かく柔らかな感触がした。

 どうして、と彼女は叫ぶ。

 どうしてもこうしてもないだろうと思った、こうする事は言っていたはずだ、とも。

 いつの間にか閉じていたらしい目を開くと、彼女はまだ涙を流していた。

 まだアレを斬った感覚の残る右手を伸ばして、涙で濡れるその白い頬に触れる。

 暖かかった、柔らかかった。

 そのぬくもりと柔らかさに先ほどの手ごたえが上書きされて消えていく。

 少し前の自分だったらそのことを深く嘆いただろうけど、今はもうそれでいいと思った。

 むしろ、そちらのほうがいいとすら思っているから不思議だった。

 ――自分を大切にしてくれる人を守って死にたい、それが彼女の願いだった。

 かつて自分はその願いを狂っていると断言した、そんな願いはおかしいと。

 だけど、実際自分が同じことをしてみると、確かにそう願いたくなるのも頷けた。

 だって、こんなにも心が穏やかだ、こんなにも満ち足りている。

 ――最高の人生だった、最後に至りたい境地に至ることができた、それに、彼女を守れた。

 多分、自分は今笑っているのだろう。

 だからゆっくり目を閉じる。

 目を閉じた後も彼女の叫び声が聞こえてきた。

 だけど、その声も遠ざかる。

 どうせなら最後に笑った顔を見たかった。

 そんなことを思いながら、意識を手放した。


 次に目を開いた時、目の前にはなぜか自分がたった今真っ二つに切ったはずの敵がいた。

 自分の胸にはまだ穴は開いておらず、当然、敵も無傷のままだ。

 時間が巻き戻った? いつの間にか予知能力でも手に入れたのか?

 そんな疑問は一瞬で捨て置いた。

 どちらにせよ、やることは同じなのだから。

 だから、自分は先ほどと同じように刀を構えて――斜め後ろから衝撃が。

「――は?」

 後ろから自分の体を真横に突き飛ばすようなその衝撃に、唐突なその衝撃に耐えきれなった身体がよろめいた。

 そして、銃声が響く。

 先ほどまで自分が立っていた場所で、彼女の胸から赤色がはじけた。

 その赤色を目視した直後、僕は自分と対峙していたはずのそれを切り裂いていた。

 充足感も何もない、大振りで、ただ力だけが込められただけの太刀筋だった。

 振り返る、左胸に穴を開けられた彼女の体が地面に倒れるのはそれと同時だった。

「なに、やってる」

 地面に倒れる前に抱き留めた彼女の顔を見つめて、乾いた声が自分の口から洩れていた。

 彼女は何も言わなかった。

 口から血を流して、何も言わずに――おそらく何も言おうともしないで、ただ微笑んだ。

 きれいな笑みだった、満足そうな、幸せそうな、嬉しそうな。

 その笑みをみて、身体の芯が燃え上がるような怒りを感じた。

 何をやっている、何をやっている、何をやっている!!

 何故あんな真似をした、何故あんな余計なことをした。

 自分を大切にしてくれる人を守って死ぬのが自分の願いだとこの女はほざいた。

 そんな狂った願いを叶えさせるつもりはないと自分は言った、自分が死ぬまで守り抜く、と。

 それなのに、何故お前は自分の願いを叶えようとしている?

 ――これは間違いだ、死ぬのは自分だったはずだ。

 だって、先ほど自分は確かに彼女を守って死んだはずなのだから。

 これはいったいなんだ?

 だけど、そんな思いを抱えたのはほんのわずかな時間だけ。

 温かいものが頬に触れたその瞬間には消え失せていた。

 彼女の白い指先が自分の頬に触れている。

 ああ、温かい。

 彼女が満足そうな笑みをより一層深めて、目をゆっくり閉じる。

 自分の頬に伸びていた彼女の手が落ちたのもそれと同時。

 彼女はもう、息をしていなかった。

 それに気付いた直後、世界が真っ暗になって、足元が音を立てて崩れていく。

『それがあなたが、あなたの大切な人に背負わせた絶望だ』

 落下する感覚を味わいながら、最後にそんな声を聞いた。



 次に目を開くと、視界は真っ白に染まっていた。

 右を見ても左を見ても上を見ても下を見ても、ただ白い。

 その白の中で、自分以外に唯一色彩を持つ者がいた。

 黒いドレスを身にまとった女だ。

 その女は、彼女と同じ顔、同じ姿をしていた。

 女がこちらを見て満面の笑みを浮かべる。

 性格の悪そうなその笑顔に、その女が彼女でないことにすぐ気付いた。

 彼女はそんな顔では絶対に笑わない、もっときれいに笑うのだ。

『はぁい、お疲れ様です♪』

 お前は誰だと口を開く前に、黒いドレスの女がそう言って笑みを深める。

 声も彼女と同じものだったが、やはり違う。

 彼女はそんなふざけた口調で話さない。

「あんた、誰?」

 不快感に近い怒りを覚えながら問いかける。

 黒ドレスの女はにやにやと人の悪い笑顔を浮かべながら口を開く。

『初めまして、参加者さん。私は女神です♪ 女神ってわかります? 女の神さま、って書いて女神。つまり私は神さまなのです❤︎』

 両腕を広げて黒ドレスの女はそうのたまった。

「はあ?」

『やあん、こわぁい。そんな怖い顔しないでくださいよぅ。そんな顔をしていると、女の子に怖がられますよ?』

 誰のせいでそんな顔をしていると思っているんだ、と苛立ちながらもう一度何者かと問いかける。

 黒ドレスの女は笑みを消して、少しだけ真面目な顔で口を開く。

『ですから、女神です。神さまです。もう少し砕いて説明すると、大量に存在する世界を管理している存在のうちの一人、です』

「……何を言っている?」

「うーん……その説明、今したほうがいいんですかねえ……? まあ、いいでしょう、さわりだけ教えて差し上げます。まず、世界というものはたくさんあるんです。あなたが住んでいた世界の外側に、いくつもの世界が、たくさん。数えきれないくらいに。そうですねえ……百万とか一千万とかそれよりもずっとずっと多いです。そして神さまも同じくらい存在しています。私もそのうちの一人。神さまのお仕事は主に世界の管理。一つの世界に常駐してる神さまがいたり、私みたいにいろんな世界に干渉している神さまもいます……私もぶっちゃけその全てを把握しているわけではありません、だって、あまりにも数が多すぎるので』

「……で、その神さまが僕に何の用?」

 なんか長々と説明されたが、ぶっちゃけ何を言っているのかよくわからない。

『ええ、では本題に入りましょう❤︎ 先ほど申し上げたように、たくさんの世界があって、たくさんの神さまがいます。多くの神さまは真面目に世界を管理していますが、時々不真面目に遊ぶ神さまだっているのです』

 真面目そうな表情から一転、先ほど同様の趣味の悪い笑顔を顔面に張り付けた黒ドレスの女が生き生きとした声色で話し始める。

『私もその一人。私は死者の魂を引き込んで、とあるお遊戯(ゲーム)をしているのです♪』

「ゲーム……?」

『はい❤︎ ……あなたは先ほど、お亡くなりになりました。大切なひとを守って、満ち足りた最期を迎えて死にました』

「……」

 確かに、自分は死んだ。

 なら、ここにいる自分はなんだ?

『そんな素晴らしい最期を迎えたあなたに朗報です♪ あなたは生き返る権利と義務を得ました。これは私のゲームに参加する上での参加賞です』

「生き返る……?」

『はい♪ 私は神さまですから。ただの人間を生き返らせるくらい簡単なのです。というわけで、あなたはこのゲームの後、確実に生き返ります、そしてなんと、最低でも100歳まで生きられる保証付き!! イエーイ、よかったですねえ♪ ゲームの参加者であるあなたには、ただ参加するだけで生き返って、更に長生きできる特典を得る事ができるのです』

 やったね、と黒ドレスの女は満面の――とても人の悪い笑顔を浮かべていた。

 絶対に、何か裏がある。

 そう確信すると同時に、黒ドレスの女の口元が歪む。

『しかし、悲しい事に何をするにしても代償というものはつきものなのです……ゲームの参加者の皆さんは確かに生き返ります。ゲームに負けたとしても、勝ったとしても、それは確実な事なのです』

「……そのゲームとやらに負けると、どうなるんだ?」

 そう聞くと、黒ドレスの女はよくぞ聞いてくれました、とでも言いたげな表情で目を輝かせる。

『はい。よくぞ聞いてくださいました♪ あなたはこの白い部屋……【待機室】に来る前とあなた自身が死んだ直後との間に、身に覚えのない体験をしましたよね? 死んだはずの自分が生きてしまう未来、誰かを守って死んだはずの自分が、その誰かに守られて生き残ってしまった、そういう感じの』

「……!」

『あれはバッドエンドのお試し版。自分が守ったはずの誰かが自分を守って惨たらしく死んだ未来を生き続ける、たった一人でつらく苦しく寂しく長い人生を生きるしかない未来――それが敗者に与えられるペナルティ』

「……っ!!」

 冗談じゃない。

『それはあなたにとって――大切なひとを守って満足に死んだあなたにとっては生き地獄以外の何物でもないでしょう♪』

 人の悪い醜悪な笑みを顔に貼り付けて黒ドレスの女はそう言った。

 生き地獄、確かにその通りだろう。

 結構前のネタ、元々女神のゲームに参加させられたいろんな人の話をするつもりだったらしい。

 ゲームに優勝すると機械仕掛けの神という名の都合のいい幸福を与えられてそこそこ幸せに生きられるらしい。

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