一本足のホラ吹き女、もしくは三つ足の狂犬の懺悔
いやまさか、お前がシスターになってるとは思ってもいなかったよ。
つーか、お前はとっくにくたばってると思ってた。
あれから十年かあ、長いようであっという間だったな。
一五だった私ももう二十五だ、本当に思えば遠くに来たものだ。
変わんねえな、お前、口煩いったらありゃあしない。
わかった、わかった、ちゃんと話す。
……そういえばさ、シスターといえば教会、教会には確か懺悔室っていう謝れば神様にお許しをもらえる部屋があるって聞いたことがあるんだけど、それホント?
ふーん、お前もやったことあんの?
あるんだ、じゃあ私も懺悔しちゃおうかなあ、絶対許されはしないんだろうけど……
それでもいもしない神様相手でいいから、一度くらい誰かに懺悔をしておきたい。
謝らなければならない人に、私の声はもう届かないから。
ねえ、私のたった一人の妹よ、昔話のついでに私の懺悔を聞いてくれる?
……ふふ、ありがと。
それでは、懺悔します。
たとえこの残りの一生でどれだけの償いをしたとしても、けして濯げぬ罪を私は犯しました。
私は、どこまでも愚かでした、目も当てられないほど愚かだったのです。
そのせいで、私はある人の心を、すべてを粉々に砕いてしまったのです。
まずは……まずはなにから話すべきか。
……過去から語るのが妥当ではあるのだろうけど、先程の質問の答え合わせも兼ねて、まずは今の私が何者かであるかをはっきりとさせておこう。
今、私はとある塔である獣の世話係……のようなものをやっている。
その獣は、とても強くて、とても恐ろしくて、とても美しくて悲しい獣だ。
人の言うことなど理解しない、理解しようともしない、そういう凶暴な獣だ。
相対する人間、いや生物全てに敵意を向け、気が悪ければただ視界に入ったただそれだけの理由で簡単に人を殺す――そういうどうしようもない存在だった。
それでもそんな獣が唯一敵意を向けない存在がいた、言うことを聞くわけではないけれど、それを愛玩するためにおとなしくするような例外が一つだけあった。
その例外が私だ。
私はあの獣の世話係。
強くておぞましくて美しくて、悲しいくらいに寂しがりなあの獣の、たった一つの玩具。
玩具が傍にいる間、玩具以外の誰もいないその時だけ、ケモノはその凶悪さを潜めている。
その様子を、まるで子猫のようだと私は思ったことが何度かある。
私は、そんな獣をおとなしくさせるためだけに、あの事件以降、ほとんどの時間をあの塔で獣と共に過ごした。
何度も繰り返すけど、あの獣はとても恐ろしい、もしあの塔から解き放たれたら多分冗談抜きで国が滅びる、ひょっとしたら世界も滅びるかもしれない。
……それでもどうして生かされているのかだって? 色々とあるんだよ、その辺はまた後で、ということで。
……ああ、今? 今私がここにいる理由?
いやあ、実は久々帰ってきた塔の主人に追い出されてしまってね。
……あの塔の主人は、私の事をとても嫌っている、とても憎んでいる。
そんな感情を向けられる程度のことをやらかした自覚はあるから、辛いとは思わない。
けど、毎度毎度『ごめんなさい』の『ご』の字を言う前に問答無用で追い出されるのは少し心苦しかったりする、自業自得ではあるのだろうけど、ねえ?
……私がいなくて塔の獣は大丈夫なのかって?
確かにあいつ、私がいなくなったと気付いたその瞬間に塔から脱走して目についた障害物すべてを薙ぎ倒して私を捕まえに来るけど、『今』だけは大丈夫なんだ。
塔の主人があの塔にいる間は、大丈夫。
問題は塔の主人がいなくなったその瞬間なんだけどね、最近はなんとかなってるけど最初は結構、死傷者が出た。
……とっくにやってるよそんな事、でも塔の主人は鼻がよく効くから、塔のどこかに隠れても即座に発見して追い出してくるし、塔の近くに待機してても追い払ってくる。
だから適当な場所でぶらつく以外、どうしようもないのが現状。
お前も噂くらいは聞いたことくらいはあるんじゃないか? 突然国の兵士が大勢街まで降りてきて、『恐ろしい獣が出たから今すぐ建物の中に避難して、物音立てずにおとなしく隠れていろ』って命じて回ることがある、っていうようなかんじの。
あー、やっぱり? それ私を探しに街まで降りてきたあいつのことなんだよね。
私もあんまり人里には降りない方がいいとは思ってるんだけど、離れすぎても被害が増えるだけだからなるべく近く、ってなるとこの辺りしか待機できるところがなくてさあ。
……塔の主人はなんで私を追い出すのかって、私のことがすごく嫌いだからに決まってるじゃん。
獣による被害が出ることなんてあいつも百も承知だ、それでも追い出さずにはいられないんだろうよ。
例え誰が死ぬことになろうと、例え国が滅ぼうとも、あいつはそれでも私を傍においておくのは嫌であるらしい。
「と、いうわけで職場を追い出された私はあてもなくふらついて、なんとなく立ち寄った親の墓の前でお前とばったり再会した、というわけだ」
姉はそう言って仕様がなさそうに笑った。
疲れたような笑みだった、十年前の姉からは想像すらできないようなその顔に、私は咄嗟になんの言葉も出てこなかった。
そんな私の頭を姉は昔のような手付きで乱暴に撫でた、その手は冷たかった。
「そんな顔すんなよ、お前がそういう顔をする必要はないんだから」
そう言う姉に、私はなんの言葉も返せなかった。
なにも言わない私に、姉は話を続けることにしたようだ。
「今の私の事情はある程度話したから、今度は私が何故こうなったのかを、初めから順番に話していこうと思う」
そう言いながら、姉は何故か椅子から立ち上がった。
何だろうかと見ていると、姉はやけに長いスカートの裾を掴んで、持ち上げた。
一体何を、そう叫びかけた喉がスカートの中身を見て締め上げられる。
「多分気付いてなかったから今見せたけど、色々あってこうなった」
顕になった右脚は、傷だらけだった。
刃物による傷もあった、火傷のような傷もあった。
でも、それよりも真っ先に目をひくものがあった。
左脚。
姉の左脚の太ももから先は、錆びてボロボロになった鉄の棒切れだった。
よく見るとその棒切れは一応は義足の形をしているようだが、あまりにも傷んだそれが正常に機能しているとはとても思えない。
私はこの家に着くまでの道中を思い出す、あのせっかちな姉にしてはやけにのんびり歩くなと、そう思ったことを。
せっかちなのはきっと変わっていない、ただあの頃のように早く歩くことができなくなっていただけだったのだ。
むしろあれでも凄く早かった方なのだと思う、杖もなしにこんなに傷んだ脚と錆びた棒切れで、どうしてこの姉はあんな風に普通に歩いていたのだろうか。
なんで、とかすれた声が辛うじて口から漏れた。
「それを今から話すんだよ。ああでも、少しお前には嫌な話になるかもしれない、それでも聞いてくれる?」
姉は錆び付いた義足を片手で一撫でして、私と目を合わせてくる。
「私はね、自分で言うのもなんだけど割とひどい目にあってきた。普通の人なら泣いて絶望しておとなしくなるところで、そうはなれなかったからさらに足掻いて、足掻いて、そうすることで事態を悪化させて、より酷い目に遭ってきた」
だから、聴きたくないのならここでやめると姉は静かに呟いた。
この脚を見て、これ以上はもう無理だと思ったのなら、もういい、と。
そんなふうに泣かせるつもりはなかったんだ、と言った姉の言葉で、自分が今更のように泣いていることに気付いた。
――小さい頃、私にとって姉はヒーローのような存在だった。
強くて、大抵のことにはへこたれずに前を向いて突っ走って、どれだけの痛みを抱えても力強く笑ってくれる人だった、そうやって私の前を軽やかに進んでいってくれる人だった。
そんな私の幼少期のヒーローの脚は無残なほどボロボロで、何もかもを笑い飛ばしていたその笑顔の残滓はほんのわずかしか感じられない。
姉は私がとっくに死んでいると思っていたらしい、そう思われるのは当然だ、だって私は弱かった。
でも、私は絶対にこの姉が生きていると思っていた、この広い世界のどこにいるのかはわからないけど、きっとどこかでいつもどおりの笑顔で、生き続けているのだろう、と。
確かに生きてはいた、それでもかつての面影はあまりにも薄れていた。
その変化が恐ろしかった、一体どれだけのことが、どれだけの不幸がその身にふりかかったのだろうかと思うだけで怖気が湧く。
それでも。
それでも私はきっと知らなければならない、聴かなければならないのだ。
妹として、そしてシスターとして、今となってはたった一人の肉親が苦しんんでいるというのなら、話くらいは聴かねばバチが当たるだろう。
「……続けてください」
泣きながら、辛うじてそれだけを絞り出すように言った。
姉は一瞬目を見開いて、そして呆れたように笑った。
「そっか。ありがとう。それじゃあ私の、この一本足のホラ吹き女の後悔を聴いてよ」
十年前、父さんと母さんが流行病で死んで、数日経ったあの日。
私は人攫いに拐われた。
かなり抵抗したんだが、大の男数人がかりでボッコボコにされて、最後には呆気なく。
拐われた私は花街に端金で売り飛ばされた。
連れて行かれた店先で、それでも抵抗して逃げようと頑張ったけどあえなく失敗。
水揚げの時にもだいぶ抵抗したけど、相手が運悪く癇癪持ちだったのもあって、片足ちょんぎられて容赦なく呆気なく。
……あー、あー……そっかシスターだから、そういう業界用語はわからんか。
わかりやすく言うと、純潔を散らされた、って感じ。
うわっ、そんな泣くなよ、やっぱもうやめとく? ここからもうちょいロクでもない話が続くけど。
……強情だなあ、それじゃあ続けるよ。
片足切られて乱暴に犯されても、当時から頑丈だった私は運良く……後々のことを考えると運悪く生き延びた。
一応治療はしてもらえた、あんな粗悪な店の娼婦にしてはだいぶ適切な処置を私は受けたのだと思う。
その分借金になったけど、まあ当時の私は『んなこと知るか』と逃げる気満々だったんだけどね。
ああ、そうさ、当時の私はその程度で簡単に折れるような性格をしていなかった。
片足がちょん切られた? それがどうした犬畜生のように地を這ってでも逃げればいい。
純潔を散らされた? その程度なら怒り狂うことはあっても、絶望して泣き叫ぶほどのことではない。
……あの頃の私は、本当に怖いもの知らずで、強かったのだと思う。
心が折れたら完全に負けだと思ってたし、負けてたまるかって思ってたから。
その分色々やらかしているから思い出すだけで両手で顔を覆いたくなるけど、それでも話を続けよう。
店の側からすると、私は口が悪くていうことを全く聞かなくて、片足のくせに何度も逃亡を企てるようなろくでなしだったと思う。
いっそ殺して内臓売っぱらっちまえという話が出たのも一度や二度じゃあないだろうさ、多分、いや実際聞いたことないから知らんけど。
でも絶対そう思われてたと思う。
それでもそうならなかったのは、私に地味に客がついていたからだった。
おとなしい人形みたいな女を可愛がればいいのに、私みたいなくそがきを無理矢理手篭めにして快楽を覚えるようなろくでなしがあの街の客には結構いたみたいでね。
大人気、ってわけじゃあなかったけど当時の私はそこそこ人気があったらしい、糞食らえだなって今でも思う。
それで、毎日のように見ず知らずの男にだいぶ手荒に犯され続けていた。
逃げようとはしてたし、何なら客や店の連中を殺してでも脱出しようとしていた。
それでも大体失敗した、やっぱり片足じゃあ限界があってな。
それでもめげなかったよ私は、今日が駄目でも明日はわからないって本気で思ってたからな。
それで、その日も私はいつものように逃亡を企てた。
もう何十回目か、数えることすらばかばかしいくらいの失敗を積み重ねたあの日。
今から多分八年くらい前の、私が十七になった頃のことだったはずだ。
この日が、この日までの日々全てが私の後悔のうちの一つ。
あんなことになるのならもっと早くに絶望していればよかった、反骨精神など捨ててしまっていればよかった。
いっそ、運良くあの日までに死んでいればよかったのに。
……本当のことを言うと、あの日までにあの街から逃げ切っていられたのなら、そもそも人攫いなんぞに捕まっていなければいい話だったんだけどな。
そうすればきっと私はあの頃の怖いもの知らずな私のまま生きて、どこかでその報復を受けて呆気なく死んでいたんだろうと思う。
後々の事まで考えると、どちらがより良かったのかはわからない。
だって、あの日あの時に私があの場所にいたから、最終的にあんな惨劇が起こった。
私さえいなければ、あんな惨劇は起こらなかった。
それでも、私がいなければ多分あいつはきっと自らその命を捨てていた。
だから、後悔はたっぷりしているけど、それでも心の底から『死んでいればよかった』とは思い切れない、本当はきっとそう思わなければならないのだろうけど。
それでもと私は考えるのをやめられない、結局多少は良くなってもこの性根はそう簡単に直ってくれないらしい。
私があの場所から逃げて、その後何事も起こらずあの人の心も何もかもも壊れない、そんな平穏な日々が続くような道筋が、本当はあったんじゃないかって。
「死んどきゃよかったとは思うけど、それでも『逃げ切っていれば案外全部何とかなっていたかもしれない』なんて浅ましく能天気なことをまだ考える時点で、私は多分根本的にはさほど変わってはいないんだろうな」
そう言って、姉は情けない笑顔を浮かべた。
何も言えなかった、姉が受けた仕打ちがあまりにも酷すぎて。
人攫いに拐われて? 脚を切られて純潔を散らされて?
毎日のように見ず知らずの男に犯され、その上で『死んでいればよかった』だって?
その挙句に、死ななくてもなんとかなったのではないかと考える自分自身を、能天気だって? 浅ましいだって?
「あー、もう泣くなよ。これでもだいぶ端折ったんだけどなあ……こんなのどこにだってある話さ、私一人が特別不幸ってわけじゃない。むしろまだマシな方だろうよ。片足切られて生き残っちまったこともだが、私のやらかしっぷりだと片足どころか両足両腕切り落としてダルマにしたってまだ足りないくらいだったのだろうし。結構色々、やらかしてたからな」
姉はそう言ってけろりとしていた、自らの四肢が切り落とされていたかもしれない可能性を、何事もないように、本当に大したことがなさそうに。
そうやって何事もないようにそれを語ってしまえる姉の姿だけで悲しかった、それだけで辛かった。
きっとどこかで元気に呑気に生きているのだと思っていた、あの姉のことだろうから私のことなんて忘れて一人で楽しく笑っているのだろうと勝手に恨んだ日さえあった。
ああ、なんて浅ましい。
自分は姉をもっと注意深く全力で探すべきだった、死に物狂いで探して、そうして助け出さなければならなかった。
「……とにかく、泣き止んでくれ。ここまではまだ序の口、これからの話をする上での前提でしかないんだから」
困ったようにそう言った姉に、表情が引きつった。
これ以上ひどい話があるのかと戦々恐々としていたら姉は慌てて首を横に振った。
「あ、待ったごめん落ち着いて。これ以降はそこまで痛々しいのはあんまり出てこない……と思うから、安心して欲しい。ほらさっきの話で切られた脚以外の五体はしっかり揃ってるわけだし……ね?」
だいぶ前のネタ。
シスターのところに姉の関係者が次々懺悔に来る話だったらしい。
姉はこんな感じの設定だった。
人攫いに拐われる際、大の男に取り囲まれて袋叩きにされ気絶する寸前まで全力で抵抗した。
水揚げの際に激しく抵抗しすぎたせいで左脚を切断されるも、失血によって気絶するまで抵抗を続けた。
花街から拾われるまでの二年間のうちに何度も逃亡を企て失敗する、火事だとホラを吹いて逃げようとしたことが何度もあるが、実は三回ほど本当にボヤ騒ぎを起こしている。
片足のため逃亡の際には両腕も使って畜生のように走る、しかも回り込んで囲まないとどうしようもないくらい早い。
塔の主人に拾われて数日、顔を知らなかったとはいえ孫に襲撃をかけてきた国王陛下を曲者扱いし、ちょろまかして隠し持っていた銀食器のフォークで刺しにかかる。
義足を与えられたものの、実は三つ足状態の方が断然早い。
曲者に襲撃された際に咄嗟に義足を外して襲撃者に投げつけ、それでも足りなかったため口に(側近からちょろまかした)短刀を咥えて立ち向かった。(この辺りで実はどっかのやばい戦闘民族だと思われ始める)
革命直前に普通だったら死んでもおかしくないような毒を盛られるが普通に生き延びる。
毒の後遺症で絶対安静にもかかわらず革命時には主人救出のために見張りをしていた反乱軍の数人を蹴散らして主人の元に駆けつけ、差し違える覚悟で敵の大将首をとりにかかった。




