そのきゅう:うさぎさんは安心する
「愛兔、頭乾かさないと風邪引くよー?」
お風呂上り、タオルを首に掛けてミネラルウォーターを一気飲みする愛兔にひっそりと眉根を寄せる。
私は先にお風呂に入っていて髪もドライヤーで乾かして終わっていた。昔は一時髪が長い時期があったのだが、やはり髪が短い方が手間がかからなくて楽だ。そもそも髪が長いと単純に乾かす時間の長さも違うので、短いのに慣れるときっかけがない限り伸ばそうという気になれない。
でもそんなショートヘアの私よりも、頭のてっぺん付近だけふさふさしてる愛兔の方が絶対に手間がかからないと思うのに、愛兔はその些細な手間を毎日面倒くさがる。
「んー・・・」
「もう、仕方ないなぁ。ソファに座って。風邪引く前に乾かすから」
「うん!」
ミネラルウォーターが入ったペットボトルを片手に持ったままにかっと笑った愛兔は、いそいそと私が座っていたリビングのソファの横に腰掛けた。
入れ替わりで今度は私が席を立ち、延長コードに仕舞いかけだったドライヤーのコンセントをもう一度伸ばして差し込む。温風の勢いを掌で確認してからへにゃっと萎れてる髪に当てた。
毎朝ワックスでツンツンにしてるけど、何もつけてない髪は昔と同じで柔らかい。今は緑に見慣れているものの、中学生の頃は物凄く綺麗な金髪にしていた。ふわふわの栗色の髪も可愛かったけど、金髪もとても似合っていた。中学三年になってからの一年は黒髪だったが、やはり元の素材がいいと基本はなんでも様になる。
髪を染めた当日は物凄く驚いたけど、お父さんのデジカメを借りて写真を撮らせてもらった。今でもちゃんと金髪記念日と名づけてアルバムに飾ってある。
触り心地のいい髪をふわふわさせていく。基本的に愛兔の髪は髪質が柔らかいから、短くてもふんわりしてボリュームが出た。
「あら、愛兔。また虎珀ちゃんに髪の毛乾かしてもらってるの?いい加減自分で乾かしなさい」
「・・・いいだろ別に。はくちゃんは嫌がってないし」
「虎珀ちゃんもあんまり愛兔を甘やかしすぎないでね。虎珀ちゃんが優しくすればするほど愛兔はものぐさになっちゃうから」
「はーい。愛兔、明日は自分で髪乾かすんだよ?」
「わかった」
お母さん相手にはぶっきらぼうに返した愛兔は、ドライヤーの電源を切った私を見上げて素直に頷いた。
少しばかり態度が鋭いけど、お母さんと愛兔の関係が悪いとかそんなことはない。中学の頃はいっときまったく話をしないときがあったものの、今では普通に話をするし二人で買い物に行って荷物持ちをしたりするので関係は良好だろう。
「昨日も返事だけだったじゃない。虎珀ちゃん、愛兔は虎珀ちゃんにはずるずる甘えるから嫌なら嫌ってきっぱり言うのよ」
「はーい」
「・・・虎珀ちゃんも返事はいいのにね」
『もう何度繰り返したのかしら』と頬に手を当てて嘆息するお母さんは、実は愛兔とよく似てる。愛兔の髪型と髪色、あとは普通にしてる時の顔がちょっと怖いのもあって中々似ていると気付かれ難いのだけども、髪の癖の付き方や、虹彩の色、瞳や眉の形がそっくりだ。
でも性格は愛兔の方がちょっと面倒くさがりだ。本当は私より要領も良くて器用だからなんでも自分で出来るのに、私がいると私に甘えてくることも多々あった。
お母さんは可愛らしい顔立ちでも行動はてきぱきしてて、人に何か言うより自分で先に動いている。誰かにしてもらうより自分で気付いて動けがモットーで、まるで回遊魚みたいな人だ。
私も気付ける限りお手伝いは率先してするものの、とてもじゃないがお母さんほどてきぱき動けない。慣れや経験に差があるのだろうけど、そもそも私の要領が悪いのだと思う。私が手伝いをしてるといつの間にか隣に来て手伝いを始めている愛兔は、私より後に仕事を始めて大抵先に終わっているのだから。
「お母さん、食器洗おうか?」
「ありがとう、でも大丈夫よ。今日は課題は出ていないのかしら」
「今日はラッキーなことに課題はないんだ!ねー、愛兔」
「うん。今日は二人でゆっくり出来るね」
我が家には洗面所とリビングにドライヤーが置いてあるので、話しながら定位置に仕舞う。
その間に台所に行ってオレンジジュースをコップ二つに注いで来てくれた愛兔は、さっきまで座っていた箇所に腰を落とすと隣を掌でぽんぽん叩く。弟の無言の要求に応えて愛兔の隣に座ると、ぎゅっと横から抱きつかれた。
愛兔は家でお風呂上りのあとに一息ついてから私に抱きつく。多分これは幼い頃の癖が抜け切ってないんだと思う。
私たちがまだ小さい頃は二人で一緒にお風呂に入り、上がって髪を乾かすとそのまま一緒に一つの布団でリビングの隣の部屋で眠っていた。これはうちのお父さんの仕事が終わるのが遅かったからだ。
仕事が終わったお父さんは、ご飯やお風呂よりもまず一番に私たちの顔を見たがったらしい。平日はほとんど一緒に過ごせる時間がないので寝顔だけでもと考え、結果リビングに隣接する和室に私たちを寝かせた。
リビングからは襖さえ開けとけば私たちの様子はよく見えるからご飯時もお父さんはずっと私たちを見てられるし、お母さんも家事をしながらちゃんと眠ってるか確認できるので一石二鳥でそうしたそうだ。
しかしある日、たまたまお母さんがトイレか何かに行ってるタイミングで暗闇の中愛兔は目を覚ました。私たちが眠りやすいよう和室だけじゃなくリビングの電気も落として小さな明かりだけつけていたのだが、小さな愛兔は暗闇に混乱して泣き出した。
私は最初ぐっすり眠っていたけれど愛兔の鳴き声で目を覚まして、泣いてる愛兔が眠れるようにぎゅっと頭を抱え込んで、いつもお母さんがそうしてくれるように背中を軽く叩いて眠りを促した。やがて愛兔が眠る頃には幼い私もすっかりと眠りに落ちて、お母さんがその騒動を知ったのは数日後になるのだが・・・多分、あれが根底にあるのだろう。
それまでも毎日手を繋いで眠っていたのだけど、その日を境に抱きついて寝るのが習慣になってしまったらしい。真夏でも唸りながら互いを放そうとせず、汗疹が出来たのは懐かしい思い出になっている。
「・・・愛兔」
「ん?どうしたの?」
「眠くなってきた」
とろとろと瞼が落ちてきて、つけているテレビのドラマも右から左へ抜けていく。今クール開始のドラマの中でも二番目に好きなものなのに、これじゃあ最後まで起きていられそうにない。
堪えきれずに口元を手で押さえながら小さな欠伸を噛み殺すと、隣の愛兔も釣られたように欠伸をしていた。ぼんやりとその光景を眺めながら、どうして欠伸って人から人に移るのだろうとどうでもいいことを考える。笑いも伝染するけど、誰かが欠伸してるのを見たらなんとなく移ってしまうのは私だけだろうか。
「はくちゃん」
「んー?」
「俺も眠くなってきた。やばそう」
「そっかぁ・・・もう寝る?」
「まだはくちゃんと一緒にいたい。せっかくくっついてられるのに」
甘えるように乾かしたばかりの頭を首元に擦り付けられて、擽ったさに首を竦めた。
ああもう本格的に眠気が襲ってきた。もう一度欠伸をしてすぐ隣の体温に身体を預ける。昔と構図は違ってもやっぱりくっついてるのは心地よく、家の中に入る安心感も相乗効果を生み出して条件反射で身体が眠る状態に持ち込まれる。
癖が抜けてないのは愛兔だけじゃないのかもしれない。そんなことを考えながら今度こそ眠気に白旗を上げて、重たい瞼をゆっくり閉じた。




