第1部 開拓者達 第1章 王権事始め 第2話 血脈
前節では、理想の国づくりについてお話しました。
崇神天皇率いる集団は、ひとつの国家を作るために各地の首長を配下に治めることを目的に血縁を派遣しました。その政策のひとつが四道将軍でした。北陸道・東海道・西道・丹波に軍隊を派遣したのです。派遣された将軍の血筋を示すと、『日本書紀』によると北陸道に派遣された大彦命は第八代孝元天皇の第一皇子、東海道の武淳川別は大彦命の子で阿倍氏の祖、西道の吉備津彦命は第七代孝霊天皇の皇子、丹波の丹波道主命は第九代開化天皇の皇子、彦坐王の子となっています。しかし、神武天皇以後の天皇、綏靖天皇、安寧天皇、懿徳天皇、孝昭天皇、孝安天皇、孝霊天皇、孝元天皇、開化天皇の八代は、『古事記』と『日本書紀』では血筋しか記載されていなくて、それらの天皇は「欠史八代」と言われています。実際に存在していたのは、崇神天皇以下四道将軍でした。これらの人達は、女系から流れてくる人達だったと思われます。それか、もしかするとヤマト王権に賛同したその地域の首長だったかも知れません。
実在した崇神天皇の血筋としては、大彦命の娘、御間城姫を皇后に迎え、活目入彦五十狹茅尊後の第十一代垂仁天皇を産みます。その他に和歌山県和歌山市秋月にある日前神宮と國懸神宮を祖殿とする紀国造族の荒河刀辨命の娘、遠津年魚眼眼妙媛を妃にして、豊城入彦命と豊鍬入姫命を産みました。
豊城入彦命は、『常世の国物語』の第一話の主人公です。『日本書紀』崇神天皇六年条に、百姓の流離や背叛など国内情勢が不安になった時、皇居で天照大御神と倭大国魂神を祀っていることについて、崇神天皇にどちらの神を選ぶようにお告げがあって、豊城入彦命の妹、豊鍬入姫命が天照大御神を、崇神天皇の妃、尾張大海媛の娘、渟名城入姫命が倭大国魂神を祀らせた。その結果、渟名城入姫命の髪が抜け落ちて体も衰弱したので、最後まで倭大国魂神を祈ることが出来なかった。その逸話がある豊鍬入姫命の兄です。豊城入彦命にも『日本書紀』での逸話があり、崇神天皇四十八年条、崇神天皇の後継者を選ぶ段に、豊城入彦命と活目入彦五十狹茅尊にそれぞれの夢を聞き、判断しようとした。豊城入彦命は「御諸山(三輪山)に登り、東に向かって槍や刀を振り回す夢を見た」と答え、活目入彦五十狹茅尊は「御諸山に登り、四方に縄を張って雀を追い払う夢を見た」と答えた。結果、崇神天皇は、豊城入彦命を吾妻の国を治めるように命じ、活目入彦五十狹茅尊を後継者にしました。豊城入彦命は、吾妻の国に下野し、北関東の群馬県の南部と栃木県南部の毛野地域を支配するようになります。この地域から上毛野氏と下毛野氏が育っていきます。律令制が確立した頃には、毛野も上毛野国と下毛野国に分かれ、群馬県の南部を上野国に上州とも言われるようになり、栃木県南部は那須と合体して下野国となりました。余談ですが、茨城県筑波市は常陸国に所属していますが、もとは紀の国と言われ、畿内に関係が深かったようです。その筑波は『常陸国風土記』によると崇神天皇時代、筑波国造に派遣され、筑波命が紀の国から筑波国に改めたようです。筑波にも紀国造族を母系に持つ豊城入彦命が吾妻の国に派遣された頃、紀国造族も同行して、筑波にやって来たかも知れません。
この後、物語に登場人物が現れます。




