それだけ
駅の改札前。
夕方でも夜でもない、
判断に迷う時間帯。
ヒナタは、
柱の影に寄りかかって立っていた。
スマートフォンは見ない。
ケースも持っていない。
人の流れだけが、
一定の速さで通り過ぎていく。
少しして、
見慣れた姿が視界に入る。
小雪。
一瞬だけ、
視線が合う。
小雪が足を止めるより先に、
ヒナタが声をかけた。
「……偶然」
自分でも、
雑な言い方だと思う。
「時間あったら」
一拍。
「ご飯、行かない?」
小雪は、
すぐには返事をしなかった。
ヒナタを見る。
立ち方。
声の調子。
何も持っていないこと。
コートの肩に、
溶けきらない雪が残っている。
少しだけ、
目を細める。
「偶然?」
「偶然」
間。
「……急だね」
小雪は、
責めるでもなく、
驚くだけでもなく言った。
「うん」
ヒナタは頷く。
「だから」
一拍。
「断ってもいい」
小雪は足を止める。
ヒナタを見る。
少しだけ、眉が上がる。
「……相変わらずだね」
「何が」
「逃げ道、ちゃんと用意してから声かけるとこ」
ヒナタは、苦笑した。
「一応」
「一応じゃないでしょ」
小雪は小さく笑う。
「昔からそう」
少し、間が空く。
「でも」
「嫌じゃない」
「ありがとう」
並んで歩き出す。
夕暮れの空気は冷たく、
雪がまた、ちらちらと降り始める。
「最近、どう?」
「相変わらずだよ。
音ばっかり」
「俺も」
少しだけ、笑う。
店は駅前の、小さな定食屋だった。
騒がしくもなく、静かすぎもしない。
ヒナタは、席に着くなり
メニューを一度だけ見て、
すぐに言った。
「これで」
迷いはなかった。
小雪は、その声に
少しだけ目を見開く。
ヒナタを見る。
次に、メニュー。
一瞬、視線が止まる。
考える。
ほんの、数秒。
「……じゃあ」
小雪は言って、指を差した。
「同じの」
ヒナタは、何も言わない。
食事が運ばれてくる。
湯気が立ち上って、
皿がテーブルに置かれる音だけがする。
会話はない。
ヒナタは、
一拍置いてから箸を取る。
迷いなく、
口に運ぶ。
黙々と食べる。
噛む。
飲み込む。
次を取る。
味を確かめるようでもなく、
考え込む様子もない。
ただ、
ちゃんと食べている。
小雪は、
その様子を一度だけ見てから、
同じように箸を動かす。
皿が、空く。
一拍。
ヒナタは箸を置いて、
一度だけ、ゆっくり頷く。
「美味かった」
それだけ。
小雪は、動きを留めて、
ヒナタを見る。
視線だけが、少しだけ留まる。
何も言わないまま、
小さく息を吐く。
「……ずるい」
一拍。
「でも、ヒナタらしい」
そう言って、
笑った。




