結構、幸せ
スタジオの明かりを落とす前、
コウタは最後に譜面を一枚ずつ、丁寧に揃えた。
「最近さ」
誰にともなく言う。
「前より、音が怖くなくなった」
「どういう意味」
ヒナタが聞く。
「失敗しても、
全部自分のものだって思える」
ハヤテが笑う。
「大人じゃん」
「たぶん」
コウタは少し考えてから続けた。
「誰かに認められなくても、
書きたいって思えるの、悪くない」
椅子に腰を下ろす。
「それに」
一拍置いて。
「好きな人が、
俺の歌を“好き”って言ってくれる」
ヒナタは何も言わずに頷いた。
「だから、今」
コウタは小さく笑う。
「結構、幸せ」
ハヤテが一瞬、目を丸くして、
笑う。
「言うようになったな」
「茶化すな」
「で、次は?」
コウタは少しだけ視線を落としてから言った。
「ずっと考えてた」
ヒナタが顔を上げる。
「……仕事、辞める」
「音楽、一本でやる」
スタジオの空気が、
ほんの一瞬だけ静かになる。
ハヤテが笑う。
「覚悟決めたな」
コウタは肩をすくめる。
「まあな」
「怖くなくなったんだろ」
ヒナタが静かに言う。
コウタは小さく笑う。
「うん」
「だから、辞める」
ハヤテが笑う。
「じゃあ俺、頑張って働くわ」
コウタが吹き出す。
「なんだそれ」
「だってさ」
ハヤテは肩をすくめる。
「俺、もう少し外を見ておきたいし」
コウタが眉を上げる。
「外?」
「中にいるだけじゃ、
見えないこと、結構あるだろ」
ヒナタが小さく笑う。
「研究熱心だな」
ハヤテも笑う。
「仕事だからな」
スティックを指で回す。
「じゃ、行く?」
ハヤテが、立ち上がって軽く言う。
「どこに」
「甘いの」
一瞬。
ヒナタが笑う。
コウタも笑う。
「行くか」
ケースを肩にかける。
「この流れ……
今日は俺、奢り?」
ハヤテが肩をすくめる。
「当然」
「ごちそうさま」
ヒナタも、
何でもない顔で続けた。
三人でスタジオを出る。
夜の空気が、少し甘かった。




