埋めない時間
楽曲の制作に入った。
表向きは、変わらない。
ヒナタ名義の、単独オファー。
窓口も、責任も、ヒナタ。
そこは揺らがない。
ただ、作り方だけが変わった。
ヒナタは、音の核だけを決める。
コード。テンポ。輪郭。
詰めようとすれば、
いくらでも詰められた。
ここで音を足して、
ここで展開を変えて、
ここで全部、自分の中に収めることもできた。
でも、
今はそうしない。
一度、音を鳴らして、
そこで止める。
「……こんな感じ」
そのまま、置く。
コウタが、低音を拾う。
鳴りすぎる音を一つ外して、
残る輪郭だけを支える。
ハヤテが、刻む。
拍を決めすぎず、
流れだけを置いていく。
また合わせる。
誰も、無理に形にしようとしない。
びっしり埋まっていたスケジュールも、
少しだけ組み直された。
移動と移動の間に詰めていた作業を外す。
深夜の締切を、一本ずらす。
「……空いたな」
ハヤテが、スマホを見て言う。
「久しぶりじゃない?」
コウタが、椅子に深く座り直す。
「飯、どうする?」
ヒナタは、ギターを置いて、
一息ついた。
空いた時間は、
空白みたいで、
少しだけ落ち着かなかった。
けれど、
何も鳴っていない時間を、
無理に埋めなくてもいいのだと、
今は思えた。
「蕎麦食いたい」
他愛もない声が、スタジオに落ちる。
アンプの余熱が、まだ残っている。
誰も、次の音を急がなかった。




