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Snow flakes   作者: 山吹 ことり
ヒナタ編

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190/217

距離

 スタジオの隅に置かれたドラムセットを、

 ヒナタは少し離れたところから眺めていた。


「叩いてみる?」


 ハヤテが、

 何でもないみたいに言う。


「……いいの?」


「全然」


 スティックを渡されて、

 ヒナタは椅子に座った。


 思ったより、距離が近い。

 思ったより、音が出る。


 軽く叩いたつもりなのに、

 バスドラが腹に響いた。


「……むず」


「だろ」


 手と足が、

 まったく言うことを聞かない。


 頭の中では、

 できているのに。


「こんなに考えるもんなんだな」


「考えないと、

 逆に無理なんだよ」


 ハヤテはそう言って、

 ギターを手に取る。


 慣れていない指先が、

 弦の上を迷う。


 人差し指を置いて、

 中指を少しずらして、

 薬指の位置を探す。


 押さえきれていない弦が、

 小さく鳴った。


「……これで合ってる?」


「たぶん」


「たぶんかよ」


 ハヤテは笑って、

 もう一度、指を置き直す。


 叩く時みたいな迷いのなさはない。

 けれど、

 音を出す前に逃げる感じもなかった。


 ぽろ、と鳴る。


 少し濁っている。

 少し遅れている。


 上手いとは言えない。


 それでも、

 ちゃんと前に出た音だった。


「叩く側からすると、

 弾く人が何見てるか、

 結構わかる」


 ヒナタは、

 スティックを膝に置いた。


「……俺、

 見すぎてるのかも」


「何を?」


「周り」


 ハヤテは、

 何も言わず、

 もう一度コードを鳴らす。


 ヒナタはスティックを揃えて、

 静かに置いた。


「……向き合う時期、

 来てるかな」


「ん?」


「いや、

 独り言」


 ハヤテは深く聞かず、

 ギターを鳴らし続ける。


 不格好で、

 まっすぐな音。


 ヒナタは、

 静かにそれを聞いていた。


「見ててもいいんじゃね」


 ヒナタが顔を上げる。


「周り」


「見すぎてるって思うくらいなら、

 ちゃんと見えてるってことだろ」


 ハヤテは、

 上手く鳴らないコードをもう一度鳴らした。


「俺なんか、

 だいたい勢いで叩いてるし」


「それは嘘だろ」


「まあな」


 ハヤテが笑う。


「でもさ」


 ハヤテは、

 ギターを抱えたまま言う。


「向き合うって、

 一人で考え込むことじゃないんじゃね」


 ヒナタは、

 すぐには答えなかった。


「音出せばいいだろ。

 見えてるもん、全部」


「……全部?」


「全部」


 ハヤテは、

 軽くスティックケースを指で叩いた。


「変な音でも、

 たぶん俺らが拾うし」


 ヒナタは、

 少しだけ笑った。


「かっこつけたな」


「今のは、ちょっとな」


 不格好なコードが、

 もう一度、スタジオに落ちる。


 ヒナタはその音を聞きながら、

 今度は、少しだけ前を向いた。


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