距離
スタジオの隅に置かれたドラムセットを、
ヒナタは少し離れたところから眺めていた。
「叩いてみる?」
ハヤテが、
何でもないみたいに言う。
「……いいの?」
「全然」
スティックを渡されて、
ヒナタは椅子に座った。
思ったより、距離が近い。
思ったより、音が出る。
軽く叩いたつもりなのに、
バスドラが腹に響いた。
「……むず」
「だろ」
手と足が、
まったく言うことを聞かない。
頭の中では、
できているのに。
「こんなに考えるもんなんだな」
「考えないと、
逆に無理なんだよ」
ハヤテはそう言って、
ギターを手に取る。
慣れていない指先が、
弦の上を迷う。
人差し指を置いて、
中指を少しずらして、
薬指の位置を探す。
押さえきれていない弦が、
小さく鳴った。
「……これで合ってる?」
「たぶん」
「たぶんかよ」
ハヤテは笑って、
もう一度、指を置き直す。
叩く時みたいな迷いのなさはない。
けれど、
音を出す前に逃げる感じもなかった。
ぽろ、と鳴る。
少し濁っている。
少し遅れている。
上手いとは言えない。
それでも、
ちゃんと前に出た音だった。
「叩く側からすると、
弾く人が何見てるか、
結構わかる」
ヒナタは、
スティックを膝に置いた。
「……俺、
見すぎてるのかも」
「何を?」
「周り」
ハヤテは、
何も言わず、
もう一度コードを鳴らす。
ヒナタはスティックを揃えて、
静かに置いた。
「……向き合う時期、
来てるかな」
「ん?」
「いや、
独り言」
ハヤテは深く聞かず、
ギターを鳴らし続ける。
不格好で、
まっすぐな音。
ヒナタは、
静かにそれを聞いていた。
「見ててもいいんじゃね」
ヒナタが顔を上げる。
「周り」
「見すぎてるって思うくらいなら、
ちゃんと見えてるってことだろ」
ハヤテは、
上手く鳴らないコードをもう一度鳴らした。
「俺なんか、
だいたい勢いで叩いてるし」
「それは嘘だろ」
「まあな」
ハヤテが笑う。
「でもさ」
ハヤテは、
ギターを抱えたまま言う。
「向き合うって、
一人で考え込むことじゃないんじゃね」
ヒナタは、
すぐには答えなかった。
「音出せばいいだろ。
見えてるもん、全部」
「……全部?」
「全部」
ハヤテは、
軽くスティックケースを指で叩いた。
「変な音でも、
たぶん俺らが拾うし」
ヒナタは、
少しだけ笑った。
「かっこつけたな」
「今のは、ちょっとな」
不格好なコードが、
もう一度、スタジオに落ちる。
ヒナタはその音を聞きながら、
今度は、少しだけ前を向いた。




