走り出す
スタジオを出たあと、
ヒナタは一人で歩いていた。
夕方と夜のあいだ。
判断に迷う時間帯。
ヒナタは立ち止まり、
ポケットの中で指を曲げる。
次に鳴らす音。
次に言う言葉。
どちらも、
まだ決めなくていい。
今は、
立っていればいい。
そう思って、また歩き出す。
数日後。
スタジオの空気が、
目に見えない速度で変わっていた。
資料が増える。
メールが増える。
決定事項が、追いつかない。
机の上に置かれた一枚。
ツアースケジュール案。
タイトルの横に、
小さく添えられた文字。
タイアップ。
全国。
主要都市。
間隔は短い。
ハヤテが、
ざっと目を走らせて言う。
「……詰めたな」
コウタが頷く。
「間、空けると流れ切れるって判断だろ」
ヒナタは、
日付の並びを見ていた。
移動。
リハ。
本番。
同じ形が、
連続している。
「ドラマの放送開始に合わせる」
「露出は、前半に集中」
「後半はライブの熱で押す」
説明は淡々としている。
誰も、
無理だとは言わない。
言えない。
ハヤテがペンで丸をつける。
「ここ、連チャンだな」
コウタが確認する。
「音、削る?」
ヒナタは、
一拍置いて言った。
「削らない」
「移動で休む」
二人が、
同時に見る。
「いける?」
ハヤテ。
「いける」
ヒナタ。
決まっていく。
予定表に、
余白がなくなっていく。
コウタが、
ふと手を止める。
「これ、
俺たちだけのツアーじゃないな」
ヒナタは頷く。
「でも、
鳴らすのは俺たちだ」
一拍。
「まって、これ」
ハヤテが、
スケジュールの一点を指す。
「初日の、三日前」
視線が集まる。
「……結婚式?」
「結婚式」
言葉が落ちたあと、
スタジオの空気が、
一瞬だけ張った。
「やろう」
一拍。
「ちゃんとやって、
そのままツアー行こう」
ハヤテが、少し驚いた顔をする。
「いいのか」
「いい」
「逃げる理由にしないなら」
ハヤテは、ゆっくり頷いた。
「しない」
コウタが、ぽつりと言う。
「……スピーチとか、
頼まれたらどうする」
「断る」
ヒナタが即答する。
「絶対泣くから」
小さく笑う。
「泣いたまま、
ツアー入ればいい」
コウタが笑う。
ハヤテも、つられて笑った。
スタジオの外に出ると、
夜風が冷たい。
ヒナタは、
息を整える。
生活は動き出し、
仕事は、
もう走っている。
立ち止まる余地は、
最初からなかった。
それでも、
音だけは置いていかない。
ヒナタは、
ケースを握り直して歩き出した。




