報告
朝。
ヒナタは、
目覚ましが鳴るより先に目を覚ました。
カーテン越しの光は弱い。
まだ、完全な朝ではない。
スマートフォンを手に取る。
未読は、思ったほど増えていない。
制作の連絡。
日程の仮押さえ。
一本だけ、取材の確認。
どれも、急ぎではない。
けれど、放ってはおけない。
一つずつ確認し、
必要なものだけに印をつける。
スタジオの予定。
移動時間。
衣装の指定。
生活の中に、
音楽以外の項目が増えていく。
洗面所で顔を洗い、
タオルで拭く。
鏡に映る自分は、
少しだけ、疲れて見えた。
でも、
悪くはない。
机の上に、
昨夜そのまま置いたメモがある。
曲名。
キー。
テンポ。
その横に、
小さく書かれた文字。
「集合、早め」
ヒナタはそれを見て、
小さく息を吐いた。
準備は、
もう始まっている。
ドアに鍵をかける。
太陽の光は、思ったよりも明るかった。
スタジオには、
すでに二人が到着していた。
「……あのさ」
機材を準備しながら、コウタが言った。
声が、いつもより少し低い。
「報告がある」
ハヤテがすぐに反応する。
「やだ、怖い」
ヒナタは手を止めた。
「……何」
コウタは、一度だけ息を吸ってから言った。
「婚約した」
一瞬、音が消えた。
「……え?」
ハヤテが、さっきとは逆に固まる。
ヒナタは、ゆっくり頷いた。
「そうか」
それだけ。
「待って待って」
ハヤテが、少し遅れて声を上げる。
「展開早くない?」
「順は追ってる」
コウタは即座に返す。
「派手なことはしてない」
ヒナタが静かに聞く。
「指輪は」
「渡した」
短く、でも確かに。
「サイズ合った?」
ハヤテが聞く。
「そこは失敗してない」
コウタが、珍しく即答する。
少し間があって、ヒナタが言った。
「覚悟は」
コウタは迷わなかった。
「ある」
「ならいい」
その一言で、場の空気が落ち着いた。
「……なあ」
ハヤテが、少し声を落とす。
「バンド、大丈夫?」
コウタは首を縦に振る。
「大丈夫。
むしろ、
ちゃんと続けたい」
ヒナタが、いつもの調子で言う。
「変わるのは、生活だけ」
コウタは、少し照れて笑った。
「……そう言ってもらえるの、
助かる」
「……あー」
ハヤテが、ぽつりと言う。
少し、視線を外す。
ヒナタが振り向く。
コウタも手を止める。
「こんなときに、なんだけどさ」
前置きが長い。
それだけで、二人は身構える。
「何、怖い」
コウタが返す。
「今日これ以上の発表、ある?」
ヒナタも続ける。
「……式、やることになった」
一拍。
「……え?」
「何の式?」
「ん?」
ハヤテがあっけらかんと言う。
「入籍した、
って言ってなかったっけ?」
「聞いてない」
「聞いてない」
同時。
「一気に情報ぶっ込んできたな」
「すでに既婚者だった」
ハヤテは苦笑する。
「いつ?」
ヒナタが短く聞く。
「引っ越した後、すぐ」
少し、間を置く。
コウタが、息を吐く。
「……お前、
ほんとに人生イベント詰め込むよな」
「効率いいだろ」
ハヤテは、冗談めかして笑った。




