音が、跳ねた
スタジオの床に、夕方の光が差している。
窓は開いていないのに、
空気だけが少し動いていた。
ヒナタはアンプの前に立ち、
何も鳴らさずにギターを持っている。
ハヤテが、ドラムスローンに腰を下ろす。
スティックを回して、止める。
「さっきの」
何でもない調子で言う。
「もう一回、やる?」
コウタは、
ベースを肩に掛けたまま首を傾ける。
「曲?」
「いや」
ハヤテは笑う。
「さっきの“途中”」
ヒナタが、
少しだけ考えてから頷く。
「……うん」
カウントはない。
ハヤテが、
一拍だけ床を踏む。
ヒナタが、
同時にコードを鳴らす。
今度は、
迷わなかった。
音はまだ荒い。
整ってもいない。
コウタのベースが、
少し遅れて入る。
前に出ない。
でも、消えない。
ハヤテが、
リズムを詰めすぎない。
余白が、
そのまま残る。
ただ、
置いている。
誰かが前に出ると、
誰かが下がる。
下がった分だけ、
全体が見える。
ハヤテが、スティックを膝に置く。
「……悪くないな」
コウタが、短く言う。
「嘘じゃない」
ヒナタは、ギターを下ろす。
一拍。
「今日さ」
二人を見る。
「これ以上、
決めなくていい気がする」
ハヤテが頷く。
「同意」
コウタも、小さく息を吐く。
「十分、進んだ」
「あったよな。最初のやつ」
ハヤテが、笑い混じりに言う。
「うん」
コウタは少し考えてから頷く。
「名前も決めてなくて」
ヒナタは、ケーブルをまとめながら、ぽつりと続けた。
「小さくて、溶けそうで」
一瞬、三人とも手を止める。
「でも、消えなかったやつ」
言葉にした途端、
当時の音が、曖昧な輪郭のまま蘇る。
合わせたわけでも、
狙ったわけでもない。
なんとなく集まって、
なんとなく音を出して、
なんとなく、悪くなかった。
「……あれが、始まりだったんだろうな」
ハヤテが、
ケースを閉じながら言う。
「結局さ」
一拍。
「残ってるの、
ああいう音だよな」
コウタは、
少しだけ考えてから答える。
「決めてないのに、
決まってたやつ」
ヒナタは、
まとめ終えたケーブルを置く。
「完成してなかった。
でも」
顔を上げる。
「完成させたいって、思えた」
ヒナタは、手を止めて、
一拍おいて口を開いた。
「あのさ」
「この間の、ドラマタイアップの制作」
コウタの手が、一瞬止まる。
「うん」
「……このまま進める」
「了解」
ハヤテの短い返事。
コウタは黙って、ベースを握り直す。
「でも」
ヒナタは、言った。
「三人で、音作りたい」
一拍。
「一人じゃなくて。三人で
やりたい」
ヒナタは、まっすぐ二人を見る。
ハヤテとコウタは、顔を見合わせる。
一瞬の沈黙。
次の瞬間、
ハヤテが笑った。
「やっと言った」
コウタも、わずかに口角を上げる。
「遅いくらいだ」
ヒナタはコードをひとつ、
適当に鳴らした。
少し遅れて、
コウタが低い音を重ねる。
ハヤテのリズムが、
少し遊ぶ。
誰ともなく、
視線が合う。
音が、跳ねた。




