一拍
移動中の車内は、
思ったより静かだった。
エンジン音と、タイヤが路面を噛む音だけが一定に続く。
ラジオはついていない。
ハヤテは窓の外を見ている。
信号で止まるたび、視線だけが前後に動いた。
コウタは、膝の上に置いたケースに手を乗せたまま、動かない。
指先が、ほんの少しだけ力を入れて、また緩む。
ヒナタは、助手席でシートにもたれていた。
誰かが話し出せば、会話にはなる。
それは分かっていた。
それでも、
誰も、口を開かない。
スタジオに着き、
いつも通りの手順で機材を運び入れていく。
挨拶。
準備。
音出し。
クリックが鳴る。
ドラムが入る。
ベースが続く。
ギターが重なる。
音は、揃っていた。
一曲、終わる。
誰も顔を上げない。
もう一曲。
止める理由はない。
それでも、
誰も「よかった」とは言わなかった。
休憩に入る前、
スタジオのドアがノックされた。
エンジニアが応対に出る。
短いやり取りのあと、戻ってくる。
「このあと、取材が一件だけ入ります」
誰も驚かない。
「三人で、ですよね」
「はい。簡単なコメントだけ」
立ち位置の確認。
「真ん中、ヒナタさんで」
自然な配置だった。
カメラが回る。
「最近の制作はいかがですか?」
「順調です」
嘘ではない。
「三人で、いいバランスで進めています」
それも、間違ってはいない。
ハヤテが頷き、
コウタも、少し遅れて頷く。
取材は短く終わった。
機材を片づけ始めた頃、
ヒナタのスマートフォンが震える。
一度。
少しして、もう一度。
エンジニアが言う。
「来週の件、時間が前倒しになりそうです。
ヒナタさんの入り、早めで」
「分かりました」
それだけのやり取り。
コウタは、
ケースの留め具を一つ閉めてから、
閉め忘れに気づき、やり直す。
誰も、何も言わない。
帰り支度は、いつも通りだった。
翌日。
スタジオは、昨日と変わらない音をしていた。
ヒナタが構える。
ハヤテが椅子を引く。
コウタがケーブルを差し直す。
クリック。
音は揃う。
一曲。
二曲。
止めない。
止める理由がない。
曲が終わる。
間。
「次、行く?」
「うん」
クリック。
同じ音。
それなのに、
ヒナタは一拍、迷った。




